国内に目を転じると病院の倒産、学校の荒廃など問題山積です。バブルがはじけて高度成長時代の終焉を迎えて混乱、当時世界を席巻していたサッチャー、レンガーンが主導する新自由主義に救いを求めました。聖域なき構造改革を標榜して規制改革という名の「民営化」を強力に推進したのです。矛先は医療、教育にも及びその結果は今、病院の倒産と大学の基礎研究の衰退となって表れ、ノーベル賞の日本人受賞はあと3~5年もしないうちにゼロになって以後現れることはないであろう惨状を呈するに至っているのです。
なぜか。新渡戸稲造は『武士道(1899年)』でかく述べています。
あらゆる種類の仕事に対して報酬を与える現代の制度は、武士道の信奉者の間には行われなかった。金銭なく価格なくしてのみなされるる仕事のあることを、武士道は信じた。僧侶の仕事にせよ教師の仕事にせよ、霊的の勤労は金銭をもって支払わるべきでなかった。価値がないからではない、評価しえざるが故であった。この点において武士道の非算数的なる名誉の本能は近世経済学以上に真正なる教訓を教えたのである。けだし賃金および俸給はその結果が具体的になる、把握しうべき、量定しうべき種類の仕事に対してのみ支払われうる。しかるに教育においてなされる最善の仕事――すなわち霊魂の啓発(僧侶の仕事を含む)は、具体的、把握的、量定的でない。量定しえざるものであるから、価値の外見的尺度たる貨幣を用うるに適しないのである。弟子が一年中或る季節に金品を師に贈ることは慣例上認められたが、これは支払ではなくして捧げ物であった。したがって通常厳正なる性向の人として清貧を誇り、手をもって労働するにはあまりに威厳を保ち、物乞いするにはあまりに自尊心の強き師も、事実喜んでこれを受けたのである。彼等は艱苦に屈せざる高邁なる精神の厳粛なる権化であった。彼らはすべての学問の目的と考えられしものの具体化であり、かくして鍛錬中の鍛錬として普く武士に要求せられたる克己の生きたる模範であった。
国民生活の基礎をなす社会インフラである教育・医療をはじめエネルギー、水道、鉄道などは競争原理に馴染まない領域に属する機能です。それを一律に民営化(あるいは民営化手法による管理体制の導入)した結果、医療・教育の崩壊、地方の疲弊を招いているのです。ここは一旦立ち止まって「公共財」という範疇を設定して「純粋な競争原理」ではない「管理基準」を定めて運営するよう方向転換するべきではないでしょうか。
生成AIの活用を政府は強力に推進しようとしています。かって我々は兵器の野放図な進化、原子爆弾の開発と使用、原子力発電の廃炉、核ゴミの処理技術も確立しないままに実用化するという愚挙を行なってしまいました。現在の生成AIの活用策は再び同じ過ちを犯しかねない危険性を含んでいます。
なぜこんな愚かな過ちを繰り返すのでしょうか。それを中谷宇吉郎はこんなふうに諭します。
このごろ音速をはるかに超えるような立派なジェット飛行機ができている。これは今までの自然界にはなかったものである。(略)これには非常に強い空気の抵抗があるが、そういう問題を、現在の流体力学は、見事に解いて、超音速のジェット機の翼の設計をしている。(略)しかしそれならば、塵紙を一枚とって、頭の上から地面に落とした時に、それがどういう落ち方をするかといったら、これは解けないのである。超音速のジェット機の翼ができるのに、なぜ塵紙が落ちてくる問題が解けないかというところに、非常に重大な点がある。(略)「火星へ行ける時代になっても、テレビ塔の天辺から落ちる一枚の紙の行方を予言することはできない」のである。この点に、科学の強力さと、その限界とがある。(『科学の方法』1958年)
科学を万能のように信奉する風潮がはびこっていますが科学が解明した部分は限られています。科学は発展しやすい方向へ進化しがちです。だから科学は謙虚でないといけないのです。中谷宇吉郎はそう言いたかったのだと思います。ところが今科学は傲慢です。暴走しています。危険極まりない状況にあります。
科学もそうですが政治も混迷の極にあります。なぜこんな事態に至ったのでしょうか。晩年の読書でそれを追求してきたのですがその答えが思わぬところにありました。
天皇制そのものに問題があるとして、これを廃止し、あたらしい国の仕組みをつくるのは、途方もない作業だよ。そのためには、自分たちの過去に向かって、これから再建する未来に向かって、ゆるぎない目標を掲げてみせること、これが必要になる。さらに、それを実現させる道筋を描いてみせなければならない。つまり基本設計だね。それを内外に宣言し、実際の行動に移すには、法律や教育を整備しなければならない。これは実施設計だ。そうした面倒なこと、忍耐力の必要なことを乗り越えようとする気構えや勇気、知恵が、政府はもちろん、国民にもなかったんじゃないのかね。天皇が、お上がいてくれたほうがひとまずは安心だというような。(『天使も踏むを畏れるところ』松家仁志著2025)
『天使も――』は昨年読んだ最高に面白かった小説です。皇居の昭和新殿建設をテーマにした人間模様を描いた上下巻千頁を超える長編ですが詳細な資料に基づいて細部も疎かにしない作者の総決算的作品ですがその一節に上の章句があったのです。
戦後80年経ってわが国の政治状況は多党化時代を迎え混迷の極に至っています。それは「そうした面倒なこと、忍耐力の必要なことを乗り越えようとする気構えや勇気、知恵が、政府はもちろん、国民にもなかったんじゃないのかね。天皇が、お上がいてくれたほうがひとまずは安心だというような」という作業を怠ったつけが今になってわれわれに降りかかってきているからではないかと思うのです。東京裁判で捕虜虐待の責任を問われたいわゆる「BC級戦犯」、命令を出した上官でなく実行した下級兵士が死刑されたという矛盾を含めて「戦争責任」――天皇も含めた――を丁寧に総括せずに今日に至っているために、シベリア抑留という紛れもない「捕虜虐待」をソ連に、従ってロシアに問えない。アメリカの日本人強制収容も原爆投下責任も、そもそも東京裁判という勝者が敗者を裁くという裁判そのものの正当性もうやむやの内に不問に付す以外にない屈辱を受容しなければならないのです。戦争犠牲者への謝罪、甚大災害の被災者の慰撫、アジア諸国への謝罪と慰霊の哀悼――このすべてを天皇にお願いして「われわれの子どもや孫にまで責任を負わせてはならない」などと言い放つ政治家さえ出てくる昨今の状況は「アジアの盟主」を誇った先人たちの矜持の欠片もありません。
84才という紛れもない「晩年後期」になって、体力の衰えは隠すべくもなく生きていくことの覚束なさをひしひしと感じる今、弱者という立場を甘受しなければならないだろうことを覚悟して、それでも我が現在地を明確に認識するためにこの稿を記そうと思いました。今後の選択と決断に責任を持って行えるように意識づけしようと試みたのです。
あとどれほど生きるかは誰にも分かりませんが先達として振舞えるよう願うばかりです。