しかれども他国を論ずる眼もて支那を観るは誤れり。支那は当座の目的を遂げんがためには、過去の恩義を埋没し去りて微塵も良心の苦痛を感ぜざるのみならず、恩義の主たる日本を不利の地位に陥れんがために、一時あらゆる手段を用うることをも已まざりしもののごとし。これその一方には頑固に日本の施政に反対して日本をして知らず識らず強硬の手段を取らしめ、また同時に他方には盛んに営口等に在住する欧米商人を煽動して、日本の専権に関する真偽の報道を世界に伝播せしめたる所以なり。
これは朝河寛一の『日本の禍機(1909年刊)』にある言葉です。見事に中国の本質を捉えた一文に感じますが日本人だからでしょうか。彼は日本人初のイェエール大学(アメリカ)の教授になった歴史学者で終生彼の地で過ごしました。アメリカから世界的視野で日本の政治動向を注視し非戦を主張しました。
回顧すれば1899年以前、英国が二原則の形成に力を尽くしたるの功は大なり、この年に米国がその一原則の重要なるを列国をしてますます意識せしめたる功もまた少なからず、1900年列国が我慢を抑えて一時相共に二原則を護りたる功もまた没すべからず、しかれどもこれらは皆その後の露国が驚くべき大胆なる偽善貪欲を抑うる力なかりき。
アヘン戦争によって国力の疲弊した中国を欧米列国が簒奪の限りを尽くし利害関係が錯綜して収集困難に陥ったのを「清国主権」「機会均等」の二大原則で安定を図ろうとした経緯を述べたもので、にもかかわらず抜け駆けをして満州を侵略したロシアの暴挙を指弾したのです。日露戦争は利害関係の深い日本が二大原則順守を迫ってロシアと交渉を重ねたのですが決裂した結果勃発しました。国際的には正義は日本にあり、しかも「後進国日本」が無敵を誇るバルチック艦隊を擁するロシアを破ったのですから全世界が喝采するとともに日本を「一等国」として認識しました。
ところが戦勝国日本の民衆はロシアの賠償金拒否など犠牲に見合う給付を得られなかったことに不満を抱き「日比谷騒動」など全国で暴発行動を示しました。それに乗じた陸軍が満州を浸潤したのです。これによって国際社会は一挙に日本批判に転じます。
日本が国際的に窮地に陥ったのは、原理原則として、対清二大原則を世界に向かって扶植しておきながら、その実南満州における利権を、対ロ対清において、自ら作為し獲取したるの内外の相矛盾するところを遂行せんとするところにあり。
されば日本が南満州における経済的首位に立たんとするは、決して遠国の少数者が植民地の富源を独占せんとすることがごときの類と同日に語るべきにはあらず。実に彼我の蒼生の発達の相頼り運命の相継がるところなるがゆえに、我は前には非常の犠牲をもってこれを清国のために保存したり。今は力を極めて共同の成長を促し、兼ねて遍く列国をも利せんとことを志すにいたれるなり。
こうした状況下で当の中国人はどんな考えを持っていたのでしょうか。
米国は常に支那の友邦にして、機あるごとに無私の態度を示したるがゆえに両国間の交情変わるざるべきは最も必要のことなり。米国は元来東洋諸国に対して厚意を有し、未だ一度もこれを侵略せんとしたることなし。もし近い将来において、支那の主権および領土を危うくするがごとき事情起こることあらば、余は米国が支那の権を確保せんがために力を尽くさんことを望みかつ信ずるなり。勿論これすべての友邦のなさんことを望むところなれども米国に信頼するの情最も深きものあり。(袁世凱のことば)
我が日本が支那と同じ東洋にあり、これと人種および文字相通じ、文明の縁故深く、かつ将来の利害極めて親密なるべき自然の地位に立ち、過去の宣言および事業を継ぎて、最も誠実に支那の主権を擁護し、もっとも熱心に支那における機会均等を確保するの首動者なり。これによりて米国とかつ競争しかつ協同し、もって相共に東洋の進歩・幸福を助成せんことにあり。是豈地理及び歴史の自然の配置にあらずや。日本もし正路を踏みて誤らずば清国に関する日米衝突の一の理由だになく半ばの機会だになかるべし(以下略)。
日本は正路を踏み外し、かくして日中の隔絶は修復不能の段階に転げ落ち開戦の止むなくに至るのです。
朝河寛一は在米という特殊な環境にあった人ですが明治知識人の一典型でもあります。そんな彼の存在は現在ほとんど知る人がありませんが今度『日本の禍機』を読んで(戦前の文語体に少々手こずりましたが)この書は戦前の日本を知る必読の一書だと認識しました。
翻って現在の日米関係を鑑みるにトランプ関税は論外としても、核抑止力を紛争解決の手段として振りかざす勢力の跋扈する現状において「唯一の被爆国」を常套句とする政治家蓮はアメリカ追従ではなく核保有国以外を集約して現在の緊張関係を緩和する運動の中心的存在として明確な方向性を打ち出すべき時期にあるのではないでしょうか。現状は余りに情けない日米関係です。
最後に一つの事実を分かり易く述べている池上彰さんの文章を掲げてこの文を閉じたいと思います。
2015年秋の叙勲に旭日大綬章を受ける人物に「リチャード・リー・アーミテージ」の名前がありました。(略)安倍政権の安保関連法の改正を前に、その内容について、早くから提言をしていた人物です。(略)彼らの提言によって、安倍政権が集団的自衛権の容認に動いたことは明白だ(略)/「ドナルド・ラムズフェルド」の名前もありました。ブッシュ(息子)政権時代の国防長官です。イラク攻撃を中心になって推進し、イラクの大混乱を招いた責任者の一人。ラムズフェルド長官は、イラク攻撃の計画立案にあたって(略)戦後の治安維持ができなくなり、本人まで更迭されてしまいました。その人物に勲章を与える!これが日本なのですね。/そういえば、太平洋戦争中、東京大空襲で一晩に10万人の一般市民を殺害する結果になる計画を立てたアメリカ空軍のカーチス・ルメイは戦後、航空自衛隊の育成に尽力したという理由で、1964年、やはり旭日大綬章を授与されています。/日米関係とは、こういうものなのだ、ということを改めて思い知らされます。(『日本は本当に戦争する国になるのか?』より)
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