2022年11月28日月曜日

東大一直線でいいのか

  岸田内閣の閣僚辞任ドミノがつづいています。しかしここでちょっと考えてみなければならないのは彼らのやったことは閣僚だから辞任しなければならないのかということです。そもそも国会議員として不適任ではないでしょうか。旧統一教会との不適切な関係とか政治資金の不法な支出などは議員としても責めを負うべき所業として非難されるべきで閣僚が辞任になるなら議員としても不適格になるのでは、と思うのですがどうでしょうか。 

 唯一「死刑のハンコ」発言だけは「法務大臣」として完全に不適格として断罪されるべきです。彼は東大卒の警察官僚のエリートですが、この種の「東大卒の政治家やエリート官僚」の不祥事や倫理的に批判される例は枚挙にいとまがありません。東大に関してはこんな話もあります。東大理三は偏差値78で全国最難関の学部なのですが、ただそれだけの理由で全国の勉強のできる生徒がここを受検するというのです。彼らは自分が全国トップレベルの大学の学部に合格したという「勲章」が欲しいだけなのです。なぜなら今の学校制度の頂点――「共通一次(現在の「大学入試センター試験」)」で最高得点を獲得することを目指しているからです。問題はこの「東大理三」という学部が『医学部』だということです。正式には「東京大学理科三類」といい、同大学「教養学部前期課程」に設置されている科類です。理三の対称にあるのが二浪三浪して医学部を受検する生徒や女子生徒で彼らは「使命感」をもって「医学」の道に進みたいと願って医学部を受検しているのですが不当に差別され排除されています。「適性」も「意欲」も「使命感」もない――希薄なのにただ「偏差値が全国トップ」という理由だけで東大「医学部」に進学する生徒の存在が堂々とまかり通っている現在の学校制度はグローバル化の今、曲がり角に来ていることは間違いありません。

 

 ところが文科省の打ち出した学校制度の改革案が「リスキリング」と「ギフテッド教育支援」なのです。

 「ギフテッド教育」というのは元々はIQ(知能指数)などを基準に「特異な才能のある」生徒を見出してその才能を伸ばそうという教育をいいます(専門的には領域非依存的才能を伸長する教育などと言いますがここでは大ざっぱに先に述べたように表現しておきます)。要するに知能指数が高かったり特定の分野に異常な才能と興味があるために、現行の画一的な教育課程に「なじめない」――レベルが低すぎて学校の学習に興味が湧かなかったり、興味のない教科に意欲がわかなかったりして、落ちこぼれたり登校拒否したりする生徒をすくい上げ、特別学級(学校)に集めて特殊教育を施して才能を伸ばし、発明・発見につなげたり経済のイノベーションに生かしたりしようというのです。

 一方の「リスキリング」は「技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶこと」で2020年のダボス会議において「リスキリング革命」が発表されて一躍わが国でも脚光を浴び経産省が主導しています。経済成長のためには企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進が不可欠でありその人材育成が喫緊の施策であるという認識のもと2021年「デジタル時代の人材政策に関する検討会」を設置して本格始動したところです。現在ではデジタル関係のスキルに限らずイノベーションや個人のキャリアアップのための多面的な支援を図ろうとする動きも起こっています。

 

 果たしてこれらの対策で沈滞したわが国の「経済力」を改善できるでしょうか。劣化した「イノベーション力」を再生できるでしょうか。可能性は極めて低いでしょう、それもほとんどゼロに近い。

 まずギフテッド教育支援策について言えば「選択される人材数」が分母(人口あるいは学齢人口)に対してあまりに少ないですし、選択基準もあいまいで選択する人、組織が信用できるかどうかという問題さえあります。更に教育システムがキチンと整備できるかどうかもあやしいものです。大海に竿を下ろして一本釣りするようなもので何ともあぶなっかしい政策といわねばなりません。

 リスキリング支援策はそもそも「経済成長のため」「DX推進」という制限がかかっている時点で我が国全体の教育レベルアップとイノベーション力向上には結びつかないでしょう。まず我が国の「経済成長」が沈滞から脱却するために何が必要かは今のところ誰にも分っていませんし国民的同意も形成されていません。そのうえ「DX」分野に特定して教育を集中したところで現状の世界レベルに追いつけるかどうかも不安ですしそもそも「プラットフォーム(ITビジネスや文化の場の提供者)」をアメリカに握られている現状を突き破れないならばいくら個人的な知識レベルをアップしたところで国際競争で我が国が成長の最前線に立つことは不可能です。

 とにかく「追いつけ、追い越せ」モデルでない、「目標」が明確でない市場では、政府が上から主導するような成長モデルが機能しないことはこれまでつぎ込んできた何百兆円という予算の無駄遣いで学習しているはずです。

 

 たったひとつ言えることは、高等教育を含む教育機会を平等に汎く国民に与えること以外に停滞脱却の道はないということです。現状は一定以上の所得(資産)を保有する家庭以外は良好な教育環境が整えられていませんし優秀な才能・知能を持っているにもかかわらず高等教育を受けられずそれを社会的に開花せずに終わっている子どもたちが非常に多く存在しているのです。あたら優れた才能が利用されず捨てられているのです。貧しいけれど意欲に溢れた有為の人材が、恵まれた環境でただ「入試学力の誇示」だけのために多くの税金をつぎ込んだ有名大学に入学している人たちに教育の道を妨げられているのです。

 こうした現状を打破するには『教育の無償化(大学まで)』しかありません。現在の教育制度から落ちこぼれている多くの有為の人材をすべてすくい上げるためにはこれしかないのです。そのうえで現状の「東大一直線」の「単線型教育システム」を「複線化(総合学習型、専門学習型、職業技能習得型など)」して多様な子どもの能力を「洩らさない」教育制度に改革するのです。試算ですが「教育無償化」に要する費用はおよそ2兆円――消費税1%アップで賄えると言われていますから国民も気持ちよく増税に応じるのではないでしょうか。

 

 最近10年のノーベル賞受賞者10人を生年月日別に分類してみると、戦前から1951年(小学校入学時点が戦前戦後の貧しい時代に過ごした)までに生まれた方が7人も占めています。貧しいことは教育にとって決してマイナスではなくむしろ「意欲」と「問題意識」を先鋭化するには有効に機能すると見ることも可能なのです。

 政治はウクライナ戦争に乗じて防衛費を5兆円増額することに血眼ですが我が国の100年先――いや30年先を見据えるならむしろ「教育費」こそ最も『戦略的費用』なのではないでしょうか。


 

 

 

 

 

2022年11月21日月曜日

いつまで車が主人公なのですか

  白髭神社の前の道路に琵琶湖側に下りられないように高さ1メートルほどの柵を設置するという報道がありました。テレビ画面に映し出された映像では白髭の浜が歩道柵で遮られていて下りていくことが出来なくなっているのですが柵の高さが50センチメートルほどなので容易く乗り越えられるので更に1メートルの柵を上乗せして1.5メートルにして乗り越えられなくしようというのです。この報道に接して憤りよりも哀しさを感じました。

 

 私が白髭神社にはじめて行ったのは小学校4、5年の頃ですからもう70年も前のことです。父が鉄工所を営んでいて夏休みのリクレーションで従業員と家族を60人乗りの帝産バス2台で白髭神社のちょっと先にある萩の浜へ日帰り旅行を毎年行っていたのです。座席に若干の余裕があって町内の子どもたちも10人ほど招待されましたから私は友達と遊べるので楽しみでした。白髭神社の手前にソロバン街道というのがあってその頃はまだ道路が未整備だったせいで大きな石ころが多い道が何百メートルかあってゴトンゴトンとバスが揺れるのも子どもに取ってはひとつで楽しみになっていました。白髭神社につくと休憩になり、砂浜から穏やかな琵琶湖の湖面に浮かぶ朱塗りの鳥居を拝みました。不思議と晴れた日に恵まれ白い砂浜と湖面の青い水、そして朱色の鳥居の景色が幼心にも神秘なたたずまいを訴え心しずかに手を合わせたものでした。萩の浜は遠浅の子供向けの遊泳浜でお昼のお弁当時間を挟んで半日のリクレーションは夏休みの一大イベントでした。当時としては(昭和30年にもなっていなかった頃です)社員リクレーションなどほとんどなかった時代でしたから父の先見性はすぐれていたと思います。

 40才ころまでは何年かに1回家族と出かけることもありましたがその頃もまだ白髭浜には自由に出入りできたように記憶しています。

 

 滋賀県が工業化して全国有数の工業県になるにつれて交通量も飛躍的に増え、道路整備も充実してソロバン街道などしのぶ余地もなくなる過程で歩道が整備されたのでしょう。入浜禁止にはいつ頃なったのか、交通量の多いところですから見物に駐停車する車両が増えれば交通に支障がでるのも当然でいつしか入浜禁止になったのでしょう。それでも絶景ですから違法駐車してでも景色を見たい、どうせなら浜に下りて鳥居を背景に写りたいというのが人情です。柵ができれば乗り越えるのが当たり前になり、交通規制と違法駐車、違法入浜と柵越えのいたちごっこになって今回の防護柵設置に至ったのでしょう。

 不思議なのは写真で見る限りは横断歩道も信号機も鳥居前にはありません。とすると神社に詣って鳥居を間近かに見るにも、鳥居を背景に写真を撮るにも車道を横断する以外に方法はありません。横断歩道も信号もないのであれば車の通行を見て素早く車道を渡る以外に方法はないことになります。最低でも「徐行」、それも「最徐行」の措置はするべきで、それすら行なっていないのでは事故が起こって当然でなぜこんなことが放置されてきたのでしょうか。

 琵琶湖有数の景色が車両の増加と共に人が遠ざけられ、妨げられ排除されてきたのです。「車優先」「車が主人公」の思想が徹底されたのです。

 

 同じような話があります。「道路遊び禁止」が常識になっているのです。輸送の幹線道路になっている主要国道は別にして新興住宅地の生活道路や町家の多い古い、しかも狭い市街地でも子どもの道路遊びは禁止状態で、まちがって遊ぼうものなら通報されて警察沙汰になってしまうのです。道路で遊ばずに公園や学校の校庭で遊ぶしか今の子供たちは遊び場がないのです。子どもたちの道路遊びに対する苦情や非難はネット上に溢れています。「道路族」などということばもあって、今や道路はどこも「御車様」の『専用』になっているのです。昭和のわれわれ世代にはなんとも納得のいかない現状です。

 「車社会」になって半世紀以上になりますが、高度成長期から現在に至るまで「車が主人公」で経済最優先の社会がつづいています。しかしそろそろそんな社会、考え方は「変革」される時代になっているのではないでしょうか。

 75才で免許証を返納して、歩きと自転車で交通するようになって気づいたことは「車の横暴」です。どんな狭い道路でも車が交通の主人公で歩行者と自転車は肩身の狭い思いを強いられています。片側一車線で電信柱がありますから車がすれ違いすると歩行者は遠慮して車の「離合」を待つしかありません。住宅地の片側二車線の生活道路でつけ足しで設けられた人ひとりがようやく通れるような歩道を自転車が通ると歩行者は危険を感じます。

 完全に道路は「車が主人公」になっているのです。京都の四条通りが歩行者優先の考えで歩道拡張されて歩行が非常に楽になりました。その分車の運転は不便になったのですが、便利で歩行が楽になった歩行者の便益と車が被った不便を比較したとき「社会の合計」としたらどちらが多いでしょうか。そして車が不便になったことで派生した「経済的不利益」はどれほど発生したのでしょうか。

 

 そろそろ車社会の「車優先」による『社会的便益』の『社会的経済的分析』を真剣に行い車を日本社会にどう位置づけるのかの「社会的合意」をわれわれは形成するべきです。最早経済成長で遍く国民を幸福に導ける時代ではありません。経済は重要ですがそれ以外の価値も見直さねばならない時代になっているのです。そしてまたこれまでのように、車に社会的費用を何百兆円も投入できる国力もわが国にはありません。

 車の社会的費用に関しては1970年代はじめに宇沢弘文の秀れた分析があります(岩波新書『自動車の社会的費用』など)。われわれは気がつかないで車社会のために厖大な負担をしてきているのです。これまでは経済成長という果実によって「帳消し」にできてきたのですが昨今の「給料の低さ」で分かるように成長の成果が公平に分配されなくなっているのですから、いつまでも国の言うままに、企業の要求のままに、だまって負担を受け入れる必要はないのです。

 

 それが「かたち」になったのが「四条通りの歩道拡張」であり、白髭神社の浜に入れるように信号を設置し徐行を義務付けるようにしなければならないのです。物流幹線道路以外は人の歩行と自転車の通行が優先されるべきで車の一方通行や通行禁止ゾーンの拡大なども進めれれるべきで、「道路遊び」が非難されるような常識がのさばっているうちは「子どもは社会の宝」などという言葉は嘘っぱちの建て前に過ぎないのです。

 

 道の主人公はひとだということが常識になる社会に早くなって欲しいのです。

 

 

2022年11月14日月曜日

国連を見直す

  プーチンと金正恩の狂気によるウクライナ侵攻と異常なミサイル発射が国際的な緊張を高め、国連不信が世界的に拡がっています。極端な論調は「国連不要論」まで言及するようになっていますがちょっと待ってください。国連にはロシアも北朝鮮も参加しています、これは非常に大事なことです。参加しているからこそ国連のロシアや北朝鮮への「制裁」が発動出来ますし、それによって徐々にではありますがロシアにも北朝鮮にも影響を及ぼすことができるのです。あまりにも効果が限定的で即効性がないので疑問をもつ向きもありますがそうではありません。確実に両国の疲弊は進行しています。ここは粘り強く外交努力と制裁を繰り返すしかないのです。チャーチルも言っているように「民主主義はいろいろ厄介な問題があるが、これにまさる政治のかたちはない」のです。

 

 国連は周知の通り「国際連盟」の失敗を繰り返さない覚悟のもとに絞りだされた交際協調の体制です。第1次世界大戦は人類に未曾有の被害をもたらし「総力戦」の怖ろしさを教えました。二度と愚かな世界戦争を起こさないためにアメリカのウィルソン大統領の提案に基づいて設立されたのが「国際連盟」でしたが世界平和の願いは無残にも失敗に帰しました。なぜ成功しなかったのか。

 アメリカは提案国にもかかわらず創立当時から参加していません。それはモンロー主義(アメリカ第一主義)が優勢だった議会に参加を否定されたためです。ソ連も1920年の発足に遅れて参加しましたがフィンランド侵攻によって追放されます。日本は満州撤退を勧告され1933年3月に撤退しましたしナチスドイツは同じ年の10月に脱退しています。イタリアが1937年に脱退して1939年に第2次世界大戦が勃発するに至るのです。このように大国が連盟から脱退するとその存立基盤が崩壊してしまうのです。だからどんなことがあっても国連という協調の場から追い出すことは避けねばならないのです。

 常任理事国の「拒否権」もロシアや中国の度重なる発動によって問題視されていますがこれにも「付与」の理由があるのです。国際連盟は最高58ヶ国参加した時期がありましたが「全会一位の原則」があったために機能不全に陥ったのです。こうした背景があって「大国」に「拒否権」を付与することで「脱退」の可能性を防御しているのです。国連は勢力均衡を背景として存立していますから参加諸国の多様な意見は米英仏ロ中の5大国の意見に集約できるのが通常で拒否権は功罪ありますが天秤にかけたら「あった方が良い」と考えられているのです。

 

 確かに今の国連は脆弱性を露にしています。ウクライナ侵攻も防ぐことはできませんでしたし北朝鮮のミサイル発射実験も阻止出来ずにいます。しかし二つの国を追放するのではなく、内に留めておいて説得を繰り返してなんとか「暴発」を防ぐように外交努力を積み重ねる「忍耐」が今最も求められているのです。

 

 国際緊張のもう一つは「中国の拡張」です。冷戦終結後の「アメリカ一強支配」の体制が揺らいで中国が急速に影響力を高めている現状を西側陣営が深刻に受け止め「不安」を募らせているのです。特に台湾と我が国の神経質な動きが危惧されます。

 しかし過去を振り返れば「一強支配」が異常なのであって多極の「勢力均衡」が普通のかたちなのです。フランスとドイツ、ドイツとイギリス、旧大陸ヨーロッパ陣営と新興国アメリカ、日本、ソ連の対立など世界の歴史は絶えず「勢力均衡」を求めて平和の構築を模索してきたのです。何故なら「常備軍」を諸国が保持している限り『平和』は「戦間期」の一時的(大体30年間)状態と見る方が理屈に適っているという見方が国際社会では常識です。従って1991年のソ連崩壊からの30年超のアメリカ一強時代は特異な時代だったと見る方が歴史的には正常なのです。

 この30年間アメリカは製造業の衰退と金融・情報産業の興隆という産業構造の大転換を経て「格差の拡大」と「国民分断」が国力を疲弊させました。一方中国は「人口ボーナス」という恩恵を最大限生かして「高度成長」を遂げ世界第2位の経済大国に上りつめると同時に「軍事大国化」したのです。アメリカが等閑視したアフリカ、アジア、中南米を経済力で篭絡し「債務の罠」に陥らせて勢力圏に引き込んでしまったのです。そしてここに至って西側主体の「国際秩序」がそこに後から組み込まれた中国、ロシアなどの諸国が「異議申し立て」しているというのが今の世界情勢なのです。

 

 アメリカ一強という西側陣営にとって「心地よい」世界秩序が中国の急速な「大国化」によって脅かされ「地殻変動」を起こしています。アメリカと中国の「二極化」を『均衡』に導く「仲介国」が必要なのですが、これまでその役を務めてきたイギリスが「ブレグジット――EU離脱」という『愚挙』を犯してしまいましたから「仲介役」不在なのです。明治・大正時代は日本がアジアの「指導的地位」を担っていたのですが現状は「アメリカ追随」に安住して「仲介役」を買って出る『気概』と『創造力』を失っています。

 

 アメリカと中国に最も近い国はわが国をおいて他にありません。両国を仲介して新たな「国際秩序――勢力均衡」を構築するために「国連」を活性化する。我が国は今、国際情勢の中で重要な役割を期待されているのです。「アメリカ追随」を脱してアメリカと中国を『善導』する、そんな国に成長しなければならない時期をわが国は迎えているのです。それにしては今の政治家も企業人もあまりに『未熟』です。

 

 国連は曲がり角を迎えています。しかし「必要」な組織です。何とか時代に即した組織に改革するために人類の叡知を結集しなければなりません。そのためには混沌としたこの時代をまとめる「世界の共通価値」を提案できる「知性」が求められます。その役を担えるのはやはりイギリスとフランスとドイツと、そして日本です。

 そんな時代認識をもった政治家をわれわれが育てなければならないのです。

 

 

 

2022年11月7日月曜日

女心は昔も今も

  古今集を読んでいると「女心」と「老い」の想いは今も昔も変わらないものだと改めて思い知らされます。特に「誹諧歌(はいかいか)」には今に通ずる感覚が多くあり面白く鑑賞できました。このジャンルには当時の本流である真面目な歌からはずれた滑稽味のある歌が収められていて、恋の歌でも「あわれ」の少ないもの、ないものはここに入っています。

 

※ 一〇六一 世の中の憂きたび毎に身を投げば深き谷こそ浅くなりなめ(よみ人しらず)

 なんとまんがチックな歌でしょうか。1200年も前の平安びとがこんな感覚をもっていたということはユーモアのセンスはいつの世にもあったし必要なものだったことが分かります。「生きていてツライことがある度に身投げなどしていたらどんな深い谷でも浅くなってしまうだろう」、とは。

 

※ 一〇一六 秋の野になまめき立てる女郎花(おみなえし)あなかしがまし花も一時(僧正遍照)

 「秋の野に媚びを含んで立っている女郎花よ、ああ、物言いがやかましい。美しい盛りはしばらくの間よ」。この歌の肝は「あな、かしがまし」「花も一時」にあります。ああなんてうっとうしい、やかましいという感情、「美しい盛りなんてほんの一時のことなのよ」という冷罵が潜んでいます。詠み人が遍照ですから「盛者必衰(じょうしゃひっすい)」の仏の教えを読み取るのが表の意味でしょうがその底には、若い盛りのピチピチの娘たちの傍若無人な振る舞いに対する成人女性の嫉妬と冷めた目があります。多分当時今でいう若いギャルの一団が都にのさばって若い男やおとなの男たちにチヤホヤされていたのでしょう。「秋の野になまめき立てる」という辞からそんな雰囲気があります。「あなたたち、いい加減にしなさいよ。そんなに浮かれているのも今のうちよ。明日になったら私たちと同じ立場になるのよ」と冷たく突き離した女心が浮かんできます。一夫多妻時代の女性の立場は極めて弱いものでしたからなおさら若い女への嫉妬は強かったにちがいありません。「あなかしがまし」ということばにイマイマしさがにじみ出ています。

 

※ 一〇二二 石の上(いそのかみ)ふりにし恋の神さびてたたるに我はいぞ寝かねつる(よみ人しらず)

 「古くなった恋が神怪化して、祟るであろうか、我は安眠できずにいることであるよ」。この歌は「神さびて」が理解できるかどうかにかかっています。当時「物が余りに古くなると神怪が顕れる」という俗信があってそれを作者はおそれているのです。この歌はこう読むと現代に通じるものがあります。通い婚で長いご無沙汰の女のもとへ通ってきた男がシツッコク離れてくれない女の「深情け」にヘキエキして「これは祟りじゃないか」と恐れを抱いた心境なのです。「神さびて」などという言葉が男女の仲に出てくるところに男の心底恐れを抱いている気持ちが現れているではありませんか。

 

※ 一〇三七 ことならば思はずとやはいひ果てぬなぞ世の中の玉襷(たまだすき)なる(よみ人しらず)

 「このようならば、今は思わないといい切らないのか、いい切ればよいに。何だって二人の仲が行きちがいになっていることか」。これも現代感覚ならこうなるでしょう。こんなことならイッソ「お前にはもう飽きた」と言えばいいじゃないの、どうしてこんなに二人の心は行き違ってしまったのだろうか。通い婚で段々間遠になって、たまに来てもお義理の交わりで隙間風がふたりを隔てているのがアリアリと感じられる。こんなことなら「別れましょうよ」と言いたいのだがそうも言えない弱みが女にはある。やるせない女心。「玉襷」――襷は背なかで十文字に斜め掛けになっているところから「行き違い」を雅な言葉づかいで表しているところが古今集なのです。

 

※ 一〇四三 出でて行かむ人をとどめむよしもなきに隣の方に鼻もひぬかな(よみ人しらず)

 「出て行こうとする人を、引き留める方法もないのに、隣の方で、くさめをする人もないことよなァ」。

 この歌は今の人にはまったく理解できないかもしれません。「鼻ひる」は嚏(くしゃみ)の古語ですが、当時はくしゃみは悪いことの前兆で、家を出ようとするとき近くの人がそれをすると忌んで見合わせる風習がありました。従ってこの歌は、通ってきた男が帰ろうとするのを引き留めようとするのですが男はつれない素振りです。せめて隣の人がくしゃみでもしてくれたら験をかついで出るのを控えてくれるだろうに、というあわれをさそう女心を示しているのです。これもまた一夫多妻制の女性の弱い立場を表しています。

 

※ まめなれど何ぞはよけく刈る萱の乱れてあれどあしけくもなし (よみ人しらず)

 「真実にしていたが、何のいい事があるか。浮気をしていたが、悪いということもない」。これは堅物男の嘆きです。正妻を思ってひたすら愛を貫いたけれども妻はそれほど感謝もしていない。ひょっとしたら変わった人とさえ思っているかもしれない。それに引き換えあいつはとっかえひっかえ女漁りをしているのにバチが当たったという話も聞かない。こんなことなら俺も……、といった男の切ない心情ですが今に通じるものがありますねぇ。

 

※ 一〇六三 何をして身のいたづらに老いぬらむ年の思はむことぞやさしき(よみ人しらず)

 「何をして、我が身はなすこともなく老いたのだろうか。年そのものの思うだろうことがはずかしいことであるよ」。

 この歌で注意すべきは「やさし」がはずかしいという意味で使われていることです。「やさし」の原義は「痩せ」と同根で、「ひとの見る眼が気になって身も瘦せ細る気がする」が転じて、遠慮がちに細やかな気づかいをする、となりその結果として「繊細だ、優美だ」となったり「恥ずかしい」という意味にもなったのです。

 これといった浮き沈みもなく無難な一生だったなぁという感懐は今に通じます。それを「年」というものを擬人化して、年が自分の来し方を顧みれば「恥ずかしい」と思うだろうなぁ、と表現しているところが面白いのです。

 

 誹諧歌は古今集の中ではあまり評価されることのない「部」ですが私は非常に面白く鑑賞しました。それは窪田空穂という先達の秀れた手引きに連れられてじっくりと千幾首読み込んだからだと思います。秀れた書物を時間をかけてゆっくり、じくりと、言葉のひとつひとつに心をを注いで読み込む読書。

 「言葉が壊れた時代」の今こそこんな読書が必要なのではないでしょうか、紙の本を手に取って。 

評釈は「窪田空穂全集」に拠っています