2016年12月26日月曜日

「紙の本」が見直されている

 アメリカで「紙の本」が売れているらしい。電子書籍全盛のアメリカに何があったのか?私のように「紙の本」で育ったものからすれば、「読み捨てするもの」―情報の新しさに価値のあるものやエンターテイメント系のものは電子書籍の方が適しているが、いわゆる「古典」とか本棚に並んだ体裁を見たときに「訴えるもの」があるような『書物』はやっぱり「紙の本」で読みたいと思う。お母さんの「読み聞かせ」にふさわしいのも「紙の本」だろう。アメリカの風潮が世界的な潮流となって欲しいものだ。
 
 今年も随分読書を楽しんだが『天上大風・堀田善衛』『経済学の宇宙・岩井克人』『〈世界史〉の世界史・ミネルヴァ書房編』『ビッグデータと人工頭脳・西垣通』は示唆に富んでいた。また知の巨人―加藤周一と鶴見俊輔の『二〇世紀から』は20世紀の日本と世界の意味を深く、多角的に教えてくれた。
 『天上大風』のスイスの項はショッキングだった。「永世中立国」という響きから来る『清廉』なイメージが「ナチスのマネーロンダリングに手をかした」「第二次大戦中の『死の商人』であった」などの事実はいかに我々がイメージ操作されているかを知らされて恐ろしかった。
 『経済学の宇宙』で岩井が訴えているのは、経済学というものが極めて「時代の産物」であるということであり、アベノミクスが無惨な『失敗』に終わったのも市場万能の「新自由主義」が現在の経済状況を救済する経済理論ではなかったためであることを明確に分からせてくれる。またお金の本質が難しい理論の裏づけによるではなく「みんながお金を信用しているから」である、という「目からうろこ」的な教えは、世界を席巻している「金融経済」がいかに『脆い』ものであるかを気づかせる。
 『〈世界史〉の…』の「近代歴史学はそもそも、国民国家・国民意識を創り出す、ないし正当化するための学問として成立した」「(現在の欧米の繁栄は)十八世紀まで一貫して優位にあったアジアが一時的に低迷した200年間の例外的な出来事」「世界史を人類の自由の意識が進歩するプロセスだととらえると、ヨーロッパ中心史観にならざるをえない」などの記述は「教科書歴史」にならされたわれわれに『歴史を見る目』を開いてくれた。信長が武田勢と戦った「長篠の合戦(天正3年1575年)」で信長が使用した鉄砲の数が当時の世界記録であったこと、15世紀から18世紀は銀本位の経済でヨーロッパから中国への恒常的な流入状態にあり、中国こそが世界経済の中心であったというアンドレ・G・フランク『リオリエント』の分析は、その中国への銀の供給の多くを我が日本が握っていたことを知れば、信長が光秀に殺されていなければ17世紀の世界地図を塗り替えていたかも知れない、などと「空想の翼」を広げてくれる。本当の歴史教育とは過去の事実を記憶するだけでなく、そのうえで歴史の可能性を多面的に考える力にあるのではないかと思う。
 『ビッグデータと人工頭脳』は、今、世上で囃されているような「AI(人工知能)による人間の征服」など根拠のない妄言であって、Aiを使いこなして人間の可能性を拡張する方向に指導者が導くことの必要性を分かり易く説いてくれた。現在、高大接続のための入試改革が検討されていて「記述式問題」の導入が検討されているがとんでもない方向違いのように思う。記述式の採点の難しさばかりがクローズアップされているが、そうではなくて入試を難しくすればするほど「入試技術に特化した」『特異な頭脳』を作り出してしまうことを問題にするべきで、「AI時代」が求めている『柔軟で創造性に富んだ頭脳』を産み出すにはどうあるべきかを今こそ真剣に考えなければ、ノーベル賞級の頭脳は今後我国から出ることは絶望的になってくることを知るべきだろう。「ビッグデータとAI」の活用は、お役所仕事や企業で行われている多くの「定型的な仕事」のほとんどをAIが代替してしまうようになるから、いわゆる「入試偏差値の高い」「学校の勉強の良くできた」人たちの仕事のほとんどが無くなってしまうことになる。「頭のいいひと」が大学に入って、二年の秋か三年の初めから就活する今の大学、勉強をほとんどせずに大学を出てくる今の制度ではなく、「入るのは簡単だけれども卒業するのは大変」な大学で「本物の勉強」をして知識・技能を身につけ『創造力の基礎』を磨くような大学に改革―入試改革ではなく大学そのものの改革―をすることの必要性を、『危機感』をもって知るべきなのである。
 
 安倍首相が「賃上げ」や「携帯電話料金の値下げ」など『私企業』の活動にくちばしを挟むのは経済の自由な活動を阻害していると批判を浴びているが、アメリカ次期大統領トランプ氏も私企業の活動に強い批判を加えている。既存の「経済学」や「政治学」では世界の多くの国家が抱えている問題を、もはや解決できない『転換点』に差しかかっているのではないか。
 今年の読書を通じてそんな感懐を抱いた。
 
 いつもの年より今年は小説を多く読んだ。なかで印象に残っているのは賈平凹の「中国現代小説」、グレアム・ジョイスの「イギリス幻想小説」、J.M.クッツェーのいくつかの小説だった。これらに共通するのは『理屈で納得できないもの』が重要な要素を占めていることだ。アニミズムとか土着信仰(意識)と呼んだらいいのか―しかしそれだけでは「拾えない」何か―が彼らの描く人々の生活にひそやかに根づいている。
 例えば賈平凹の『老生』『廃都』『土門』は、この一世紀足らずの間に政体が幾度も変遷したが、庶民はしなやかにズル賢く生き抜いてきた。そして呪いや民間薬が平常に存在していることを何ら怪しまない世界がそこにある。ジョイスの世界は最先端の「シティ」と同じ地平にキリスト教をベースとした数世紀前とほとんど変わらない生き方をしている人たちがいるイギリスの奥深さがある。クッツェーは聖書や老いを哲学的に描いてしかも飽きさせない技巧のレベルの高さを誇っている。
 翻って我国の小説は、エンターテイメントと「分かり易さ」を勘違いしたり、史料を使いこなせず広がりに欠けるものが多い。加えて近代以降も息づいていた(戦前にすらあった)「伝統」を拒絶した(いやひょっとしたら知らないのかも)軽く浅い小説が幅を利かせている。閉塞感に満ちたやり場のないもどかしさや苦しみの心理や感情を描いているのだが「浮ついて」いてリアリティがない。唯一『坂の途中の家・角田光代』は子殺しに追いつめられる育児ノイローゼの若い母親の「心の深淵」をサスペンス風に描いて、一種怖さを感じながら読んだ。
 「分かり易さ」と「面白さ」を誤解しているのか軽すぎて手応えのない小説が多い。
 
 「日本の『近代』とは、人間の基軸をいわば『数え年八つの娘』に置いた時代であったのではなかったろうか。(略)現代においては人間そのものが、人間の中の『八つの娘』的部分と等しくなってしまいつつあるように思われるが、そしていったん、人間の基軸がこのようにずれてしまうと、とどまるところを知らず人間は限りなく幼稚化してい」く、という新保祐司の『内村鑑三』にある言葉が重い。
(今年一年お付き合いいただき有り難う御座いました。良いお年をお迎え下さい。)
 
 

2016年12月19日月曜日

成心・僻見(28.12) 

 「ポピュリズム」―今年の本当の「流行語大賞」はこの言葉がふさわしいのではないか。
 
 今年、世界はポピュリズムに席巻された。イギリスの「EU離脱]、アメリカ大統領選挙での「トランプ現象」、そして東京都知事選挙での「小池旋風」。この他にも世界各地でポピュリズムの嵐が吹き荒れている。
 ポピュリズムは一般に「大衆迎合」とか「衆愚政治」と訳されることが多い。ウィキペディアには「一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、または政治姿勢のことであるとある。では「反対語(対義語)」は「エリート主義」ということになるのか。
 なるほどイギリスのEU離脱は、エリート層のキャメロン首相が世論を読み違えて「国民投票」に敗れた結果であり、「トランプ現象」は市場万能主義による『格差』の異常な拡大を当然視したエリート政治家とメディアが「99.9%」の『レフト・ビハインド(見放された民衆)』に逆襲されたとみることができる。小池都知事の誕生は、形骸化した「既成政党」が民意を吸収することができなくなった『間隙』をついて小池氏が「こぼれた民意」を吸い上げることに成功した結果であり、既成政党がいかに多くのものを「見失っているか」の証と言える。
 こうした現象を総じてマスコミは「ポピュリズム」として排撃するが、それは正しい認識だろうか。
 
 高度成長期(1954年~1973年)「金の卵」という言葉があった。地方の農村から大都市へ集団就職列車で就職した中卒などの低学歴者を意味したが、彼らは就職先にある「○○学校」で教育を受け数年で『戦力化』された。就職当初は「寮」生活し結婚すれば「社宅」が用意されていた。社宅の低家賃の恩恵で住宅購入資金が貯まったところで郊外の「団地」に入居して、子弟に教育を施し結婚させて巣立たせる。終身雇用で守られて60歳の停年まで勤め上げれば住宅ローンを完済しても幾らかの余裕がある位の「退職金」を支給され厚生年金と合算すれば老後の生活は安定していた。
 会社には労働組合があって組合が会社と交渉して身分保障や賃金アップを図ってくれた。定期昇給以外にベースアップもあった。選挙の時には労働組合が加入している組合連合が推薦する「革新系の政党」に投票するのが常であり時には選挙運動に狩り出されることもあった。「低学歴でもまじめに働けば生活ができたし将来が見通せた」幸せな時代――「一億総中流」社会であった。
 二回の石油ショック(1973年と1980年)で世の中が変わった。バブルがはじけて変化に拍車がかかった。農村人口の激減は地方を疲弊させた。若者の職場は徐々に製造業からサービス業に移っていった。サービス業は一部の高学歴の高技術・高付加価値労働と大部分の低賃金単純労働に二極化される。機械化とIT化は製造業を含めて仕事の合理化が行われ、標準化された仕事は外部委託が可能になり派遣やアルバイトなどの非正規雇用を爆発的に増加させた。産業構造のサービス化と仕事の合理化・標準化は非正規雇用の増加を必然化させ、それが労働組合の弱体化を加速することで、労働分配率の低下、雇用・賃金の二極化による「貧富の格差拡大」を惹き起こした。痩せ細る中間層は「将来は今より良くならない」と失望感を抱くようになった。
 グローバル化の進展は「大企業でも明日は分からない」を常態化し、『安定』と『平等』という自由民主主義のビルト・イン・スタビライザー(内生化された安定装置)を脆弱化した。
 
 我国は「島国」という特殊性に守られているから緊迫感がないが、国境を接している欧州や移民政策を国是としている米国は『移民』の過剰な流入によってグローバル化の影響が先鋭化された。その結果「中間層」を形成していたマジョリティー(白人、特に低学歴の白人層)をグローバリズムの「敗者」に追い込み「新たなマイノリティー」に転落させた
 
 政治と経済、メディアのエリートはこうした社会に蓄積された『変革のマグマ』を掬い上げることができず『レフト・ビハインド』の力を過小評価したが、今回の世界的な一連の「社会変動」は、政治がエリートに独占され、民意がねじ曲げられていることへの『意義申し立て』であって、無視・抑圧されてきた問題を争点化し、代表する側と代表される側とのギャップを修復するための運動とみる方が「ポピュリズム」と拒否反応を示するより生産的である。
 この爆発をうまく吸収することによって民主主義をより『耐性的』に改革する『賢明さ』が望まれる。
 
 「小池都知事」誕生を未だにポピュリズムの結果としか評価していない傲慢なマスコミの一部記者は、小池知事の豊洲市場問題と五輪施設建設問題へのアプローチを「大山鳴動してネズミ一匹」と嘲る。しかし「もし小池知事なかりせば…」という視点をもてば、豊洲にしろ五輪にせよ、落しどころをどこに持っていくか、とすべての責任を小池知事に押し付けて、豊洲問題を惹き起こした『張本人』や野放図な五輪組織運営と施設建設を決定した『首謀者』への「断罪」を未だに先導できないメディアの無能振りがあぶりだされてくる。そもそも「記者クラブ制度」に安住してお役所の出す「プレスリリース」を転載するだけで批判精神のかけらももっていないエリートメディアの「報道姿勢」に根本的な改革が加えられなければ、これからも今回のような世界的な変動を見抜くことはできないであろう。
 
 IR法案の奇妙な「拙速可決」にはどんな「裏事情」があるのだろう。いずれにしても「カジノ法案」であることは誤魔化しようがない。既に世界最大の「バクチ国家」である―パチンコだけで世界のカジノ収入とほぼ同額の規模にある―わが国でカジノが成功する可能性は極めて低いが、唯一メリットがるとすれば隠蔽されているパチンコの「ギャンブル依存症」がカジノによって『顕在化』することであろう。パチンコは身近にあるから「バクチが日常化」しており「依存症」も深刻なのだが表立って「パチンコ依存症対策」は講じられていない。カジノとパチンコでは客層とバクチ志向が異なるから顧客の「横滑り」は望み薄だが、「バクチの日常化」という世界的にみて「不名誉」な国民性―朝の十時から何十万人という国民が、毎日、バクチに耽る―の是正のとっかかりになれば予期せぬ「恩恵」となるであろう。
 
 今世界で最も安定している国は、中国とロシアと我が日本である。これを素直に「誉れ」と喜ぶべきなのだろうか。
 
 

2016年12月12日月曜日

競馬に人生の縮図を見る

 
 時たま競馬に人生の縮図を見ることがある。例えば先々週中京競馬場で行われた土曜日の「金鯱賞(GⅡ2000m」や日曜日の「チャンピオンズカップ(GⅠ)ダート1800m」はそんなレースだった。
 
 金鯱賞の出走メンバーに「トーホウジャッカル」の名を見たとき思わず「えっ!?」と声を出してしまった。この馬が地方(中京競馬場には申し訳ないが)のGⅡレースに勝利を求めてきたか…、何とも物哀しい気分に襲われた。トーホウジャッカルという馬は一昨年の「菊花賞3000m」で3分01秒フラットという驚異的な「日本レコード」で優勝した馬なのだ。そしてこのタイムは世界レコードでもあった。このとき3着のゴールドアクターは昨年末の有馬記念を勝っているし2着馬サウンズオブアースは先の11月27日に行われた「ジャパンカップ」で2着になっているなどトーホウジャッカルの勝った菊花賞は史上稀に見るハイレベルのレースだったのだ。
 ところが余りにもレースがキツかったせいでこのレースの1~3着馬の再起は想像以上に手間取った。サウンズオブアースは半年の休養でリスタートしたが再起を果したのは一年後の「京都大賞典(2015年10月)」までかかった。3着だったゴールドアクターの休養は9ヶ月を要した。そして翌年夏の条件レースをステップに順調に力を伸ばして4戦目に有馬記念を勝った。
 優勝したトーホウジャッカルは半年後の宝塚記念に出走したが4着、つづいて夏の札幌記念も不本意な8着に終わり再度休養に入る。そして半年後の今年3月、再出発を図って阪神大賞典、そのあと天皇賞(春)、宝塚記念と挑戦したが良績を残せず遂に相手手薄な中京の金鯱賞にまで条件を下げて挑んたが勝ち馬から0.7秒差の11着に終わってしまった。
 トーホウジャッカルの再起はもう無いかも知れない。残念だがその可能性が高い。サラブレッドが頂点の能力を現す3歳秋の「菊花賞」で世界最高の輝きを放った彼は、そこで燃え尽きてしまった。関係者とすれば3000mで世界最高を記録したトーホウジャッカルが3200mの天皇賞で、2400mの有馬記念で、宝塚記念2200m、天皇賞(秋)2000mでどんなレースをしてくれるか、無限の可能性を期待したのは無理からぬことであったがそれは人間の「慾」というものだったのだろう。
 
 「チャンピオンズカップ(GⅠ)ダート1800m」に出走したメンバーには多彩な過去があった。
 ラニ(3才牡)は2勝馬でありながら海外遠征、それもアラブ首長国連邦のUAダービー(GⅡ)のあとアメリカ3冠レース、ケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSに出走するという離れ業を演じた。日本と違ってアメリカの3冠レースは5月7日から6月11日という短期間に行われるのでアメリカ馬でも3レースすべてに出走するのは珍しいのだがラニは日本馬ながら果敢に挑戦した。帰国後3つのレースに出走したが芳しい結果は出ていない。しかしラニは3才。来年の飛躍が期待される。
 アウォーディーは2012年末芝レースでスタート、以後昨年の6月まで芝レースを使われたが準オープンに止まった。ところが昨年9月ダート(砂)に戦場を移してからは破竹の快進撃、6連勝でGⅠのチャンピオンズカップに出走、惜しくも2着に終わったがまだ6才。来年に期待がかかる。
 モーニン(4才牡)は昨年5月の初出走から4連勝、3着1回をはさんで今年1走目1着で2走目の2月のGⅠフェブラリーSを勝って頂点に上り詰めた。7戦6勝3着1回の完璧な戦績。ところが5月地方の川崎競馬場のかしわ記念1600mダートに出走してから調子を崩し、以後3戦勝ちに見放されてチャンピオンズCも7着に終わった。地方の力の要る深いダートが彼の肉体と精神にダメージを与えたか?
 コパノリッキー(6才牡)は18戦10勝GⅠ5勝(地方を含む)の圧倒的な戦績を誇る名馬である。しかしチャンピオンズカップでは3番人気で13着に終わってしまった。レース展開が向かなかったのか?峠を過ぎたのか?
 勝ったのはサウンドトゥルー(6才騸馬)。2012年10月の初出走以来37戦8勝でこのレースに臨んだのだが実はこの馬は昨年2月にオープン入りをするまで24戦を要している。ところがオープン入りを果してからは13戦3勝2着2回3着5回の堅実な成績を上げるようになる。昨年のチャンピオンズCでも最後方を追走しながら直線だけで3着に追い込んでいる。今年は1月の川崎記念の2着を皮切りに地方を中心にGⅠGⅡで3着3回と惜しいレースを重ねていた。追い込み脚質からレース展開に向き不向きがあるが嵌まれば破壊力を秘めているのは間違いない。騸馬というのは去勢した馬のことで気性が荒かったり騎手の制御に従順でない馬が施術されることで競争能力が飛躍的に改善されることが多い。サウンドトゥルーも2014年の夏に去勢されてからの成績は20戦7勝で着外は僅かに4回、去勢して1年経った昨年の夏以降は11戦4勝2着2回3着4回とそれまでと比較にならない安定した戦績を残した。去勢が彼をまったく異次元の競走馬に変異させたのだ。
 
 育ちのいい(血統のいい)馬が順調に成長して世界に輝く驚異の記録を挙げて、しかしその一回限りで燃焼し尽くす。同じように一度も挫折することなく頂点を極めたのち異世界に進出して体調を狂わせてしまった馬。かと思えば未完成でありながら海外進出で自己の能力を試して次なる成長に賭ける馬。一度目ざした分野で自分が不適格だと知って迷わず転職して能力を開花させた馬。自分の欠点を医学で矯正して騸馬という選択で成功を得た馬。
 そして華々しい戦績で馬歴を重ねてきたが老いて、引退の決意を迫られている実力馬。
 まさに人生の縮図である。
 
 競馬は奥の深いゲームだ。多様な楽しみ方がある。賭け事だから勝って何ぼと儲けを最優先にするのが標準的な楽しみ方だろう。もっぱら推理を楽しむ派もある。競馬ブームの始まったころ活躍した虫明亜呂無という競馬評論家は1レース200円の複勝馬券しか買わなかった。高い『授業料』を払って結局「競馬は儲からない」と観念して。年金生活になって、入ってくるものが限られて、この先増える見込みはまったく無いと思い知らされて、そんな『老いた勝負師(?)』でも競馬は楽しい。年末の『鉄火場』に人生の縮図を見られる余裕は授業料の見返りか。
 それにしては高い授業料を払ってしまったものだ。
 
 

2016年12月5日月曜日

センテナリアンへの道

 私の誕生日は十二月二日です。従って先週、目出度く七十五才になりました。友人の中には「この歳になって…」と素直に喜ばない連中も居ますが私は心から嬉しかった。
 幼少期に小児結核を二度患った。丁度そのころペニシリンとストレプトマイシンという抗生物質が我国に出回るようになって救われた。それでも虚弱体質に変わりはなく劣等感に苛まれて青春時代を過ごした。妻とは見合い結婚だったが一目見て決めた。シンの勁さと見るからに健康そうな肉体と精神を感じたからだ。娘二人に恵まれふたりが社会人となって自立したとき、妻に迷惑をかけないで出来るだけ長生きしたいなぁと思った。その頃になってもまだ年に六、七回も風邪を罹くほど虚弱だった。
 
 転機は六十才をすぎてきた。六十三才になった翌年の一月十一日深夜、目が覚めて煙草が欲しくなって手探ったがキレていた。いつもなら真夜中でも起きて近くの自販機かコンビニまで買いに出るのだがなぜかその時、「まぁいいか…」と我慢した。一日が過ぎ三日経っても煙草を買おうとしなかった。何時の間にか禁煙できていた。
 飯が旨くなって、たまたまうまい中華料理店を見つけて、週に三、四回「お昼のおまかせ」を食べていたら僅か半年で体重が56キロに増えてしまった、生まれてこの方52キロを超えたことのなかった虚弱体質の私が。
 ちょっと前からテニスを始めていた。六十才を過ぎて…、と家族全員に反対されたがやってみるとハマってしまった。思いの外に上達が早くスグに初心者クラスから中級クラスに上った。そうなると欲がわいてスタミナ強化のために毎朝公園へ行ってストレッチと「壁打ち」に精出していた。
 食事が益々すすむようになって二年も経たないうちに60キロ近くまでになった。さすがに重いと感じてダイエットすることにした。この私がダイエット?信じられなかった。毎朝体重と体脂肪率を測り記録するようにした。これが意外と健康管理に有効だった。
 動体視力の衰えを感じて眼科に相談し目薬を処方してもらう。あわせて眼の運動もするようになって半年、1.0と0.7に視力が回復した。
 
 毎日公園へ行くようになったある朝、「お兄さん、わし来週入院するねン。それにもう八十六才やねン。わしの代わりやってもらえへんやろか」と公園のゴミ拾いを頼まれた。昭和五十年代後半にできたこの公園のゴミ拾いを二十年近くつづけているご老人の依頼を無碍に断ることができず引き受けた。以来もう十二、三年になる。当初は毎日4㍑のゴミ袋が一杯になるほどヒドかった子どもたちのゴミ捨てが、学校との協働のお陰で今では週に一袋出るかでないくらいまでに減った。
 ゴミ拾いのお陰で公園へ来る幾人かのひとと口をきくようになった。月一回の公園愛護会の清掃日に参加すると顔を知ってくれている人が意外と多いのに驚かされる。
 
 体力がついて一番嬉しかったことは本が読めるようになったことだ。読書好きだったけれども継続して20分も読み読みつづけることができなかった、集中力がスグに途切れるから。いまは三時間くらいならラクに読める。小説ばかりでなく硬めの本も読んでいる。新しい知識を得ることは幾つになっても楽しい。
 読めば書きたくなる。ネットにコラムを連載しはじめて十年を超えた。五百篇もつづけると習慣になって生活のいいリズムになっている。読書の知識が書くことで体系化されて物の見方が多面的になってきた。
 パソコンは強力な援護者だ。書いて消して、の繰り返しが容易にできるので簡潔な文章が書けるようになる。データの収集が簡単だからアイデアの裏づけが可能になり論理の展開に自信が持てる。もしパソコンがなかったら〔読む―書く―見る―考える〕の良好なサイクルは構築できなかったに違いない。
 
 今年のエポックは「予防接種」を受けられたことだ。幼少期の重篤な病歴があって疱瘡も今でいう四種混合もパスして大人になった。高齢になってインフルエンザのワクチンもこれまで受けずにきた。ところが今年、八月九月に近しい友人がふたり肺炎で亡くなった。ふたり共ここ二三年病床に臥していたが直接のきっかけは肺炎だった。丁度今年肺炎予防の定期接種の年令に当たっている。九月の中旬から悩みに悩んだ。かかりつけ医に相談した、友人の医者にも頼った、ネットでも調べた。そして先月十日過ぎ肺炎の予防接種を受けた。何事もなく二週間が過ぎた。先週インフルエンザも受けた。腫れも熱の出ることもなく健やかでいる。七十五才になってやっと普通になれた!
 
 今の健康がどこからきているのか?煙草を止めたことは大いに良かったはずだ。体重が増え体力がついたのは幸運だった。妻と娘たちが病気知らずなことは有り難い。友人の多くが奥さんか本人のどちらか、いや両方とも「病もち」でいることを考えたら私は誠に幸せと言わざるを得ない。歯がすべて自前で28本まるまる残っているのは食べ物をおいしくいただけるから結構なことだ。人並みの年金があるから贅沢さえしなければ食うに困らない。週に何日か美人店主の居る喫茶店で過ごす時間は快適だ。ゴミ拾いと野球場の管理を手伝っているので少しは世の中の役に立っている。毎朝公園で体を動かすのは爽快だ。読書とコラムの執筆で知的な刺激も好調を保っている。
 このうちのどれが欠けてもバランスが崩れてしまうように思う。すべてが相乗効果となって健康なのだろうと思う。
 
 百歳以上の人をセンテナリアンという。私もあと25年。しかしそこへの道は余りに遠い。
 彼らは生きる達人だ。