2022年3月28日月曜日

小さな綻び

  新聞の片隅の小さな記事に危うさを感じました。ほとんどの報道機関は無視していますが民主主義に「ほころび」が起きているのは確かです。

 

 ひとつは「投票したはずの投票が“ゼロ”になった」にもかかわらず開票ミスは違法ではない、という「堺市開票ミス訴訟」です。2019年の参院選比例代表で当選した共産党の山下芳年氏に投票した堺市美原区の住民11人が、得票数が「0票」となり精神的苦痛を受けたとして堺市に計66万円の損害賠償を求めた訴訟で地裁が請求を棄却したのです。「投票が正確に計上されるのは憲法で認められた選挙人(投票者)の権利である」という原告の訴えに対して「法律で保護された権利とは言えない」と大阪地裁堺支部木太伸広裁判長は審判したのです。訴訟の法律的な整合性など原告側に齟齬があることでこの裁定があったのかもしれませんから判決を詳細に検討しなければならないと思うのですが、記事を表面的に読んだ限りでは随分乱暴な判決ではないでしょうか。開票ミスが明らかになった場合、開票をやり直して正確な得票数を確定するのは当然の手続きで、もしそうした手順が行なわれなかったとしたら『違法』となって当然ではないでしょうか。今回の場合、通常の判断力があれば「ゼロ票」は異常であるとして「再開票」するのが選挙管理委員会が具備すべき最低限の能力だったはずです。それさえも判決に斟酌されていないとすればこの裁判長の識見には疑問をもたざるをえません。

 何年か前、地方議員の選挙で立候補者本人の所属する選挙区で「ゼロ票」になった事件があったように記憶していますが、最近「集計ミス」が度々起こっているようで選挙管理体制に緩みがでているのではないでしょうか。

 

 もうひとつは「愛知県知事リコール署名偽造事件」で、地方自治法違反(署名偽造)の疑いで逮捕、書類送検された運動事務局長田中孝博被告ら計7人が起訴猶予となった判決です。地検は「関与の程度や反省の度合いなどを考慮した」と説明しましたが、民意を示すためのリコール制度が悪用された前代未聞の事件がこれで終結したことになりそうです。運動を主導した河村たかし名古屋市長や高須克弥高須クリニック院長は立件すらされないままにこの事件は終結するのでしょうか。高須氏は「検察からの聴取もなかった。初めから対象外だったのだろう」と取材に答えたと伝えています。

 もしこの事件がこんな形でスルーッと終結してしまうようなことがあればわが国の民主主義が破綻に瀕する重大な危機を迎えたことに気づくべきです。

 そもそもこの事件は2019年に開催された「表現の不自由展・その後」の開催責任者である大村知事に対して、その展示内容に対する反対と開催費用に公金を使用したことの不適切さに知事の責任を追求するとともに辞任を要求してリコール運動を主導した河村氏と高須氏が、署名が大幅に不足する事態を予想して不正に署名を偽造した事件でした。従ってこの事件は「表現の自由」の侵犯と「国民投票―選挙の公正さ」の担保のふたつの点で不正が行われたことを意味しています。こんな重大な事件の主導者と目されるふたりが捜査の当初から対象外とされたり偽造の実行責任者である事務局長らが起訴猶予になるとしたら、今後予想されるいくつかの民主主義の転換に関する選挙や国民投票に重大な悪影響を与えるにちがいありません。

 

 それは「プーチンのウクライナ侵略」戦争という機に乗じて従来から自民党の右派保守層が主張していた軍備増強とアメリカの核軍備の共有という、わが国戦後民主主義の大転換に関する憲法改訂やそれへの国民投票に重大な影響を及ぼすのではないかという危惧です。国民投票が不正に行われることはあってはいけないことですが、今回のような判決が判例となれば不正な国民投票に対する罪悪感が圧倒的に無くなってしまうでしょう。主導者が権力者であれば司法は手も「だせない」、実行した責任者も起訴猶予になる可能性が高いとなれば権力者に命じられたらなんのためらいもなく命令に服するにちがいありません。たとえ起訴されても権力者の後ろ盾があれば司法は厳罰に処することはまずないと司法を馬鹿にしてかかるでしょう。そんなことがひょっとしたら有り得るかもしれないと予想させるふたつの事件の結末です。

 

 しかしそうした事態はすでに民主主義の本場―アメリカで現実に起こっています。先の大統領選挙の結果を受け入れず「不正が行われた」と主張するトランプ氏とその勢力、ということはアメリカ国民のほぼ半分は選挙不正があり得ると考えているのです。そしてその不正を糺すと称して民主主義の殿堂―国会を占拠しようと扇動したトランプ氏とその勢力。その動向の底には国民投票さえも不正を行うに躊躇しない『無法』がうかがえます。

 大体アメリカという国は民主主義と自由競争の資本主義を標榜しながらこの30年のあいだに、湾岸戦争(1990年)、アフガン戦争(2001)、イラク戦争(2003)、シリア介入(2014)など主だったものだけでも4回も戦争を行っているのです。いずれの場合ももっともらしい理由をつけて「正義の戦争」を主張して同盟国の参加を促して責任を分散していますがすべてアメリカ主導です。とりわけイラク戦争は「大量破壊兵器の製造と保有」というまったくの「嘘のでっち上げ」で同盟国を扇動、反米を主張するフセイン大統領を死刑にして傀儡政権を樹立したのはジョージ・ブッシュでした。

 生物・化学兵器の使用を戦争突入の理由といつわり、理不尽な戦争を仕掛けて反ソのゼレンスキー大統領を暗殺して傀儡政権をウクライナに樹立しようと無差別攻撃で平気で市民を殺戮する「狂気のプーチン」。

 この両者のどこにちがいがあるのでしょうか。

 

 戦後70年以上が経過して、「核兵器保有」と「国連の拒否権」という「特権保有国」の存在が「世界平和のがん」となっている現在の世界情勢。アメリカ(イギリスとフランス)もロシアも中国も今や世界平和実現の「邪魔者」以外の何ものでもありません。その時代遅れのアメリカに追随して「軍備拡張」と「核共有」にわが国を誘導しようとする保守層の一部の考え方は、世界の進むべき道と完全に逆行していることを知るべきです。

 

 折りしもウクライナのゼレンスキー大統領から「アジアの指導者」に指名されたばかりのわが国、彼の期待に応えることでアジアのみならず世界の指導者となるチャンスを今に見出す『賢者』に岸田さんはなってほしい。切なる願いです。

 

 

 

 

2022年3月21日月曜日

軍事同盟は今必要か

  ウクライナへの「プーチンの侵略」がつづいています。一般市民は非戦闘員なのに無差別に攻撃を受け殺戮されています。理不尽です。この狂気の人にすり寄って領土の返還や商機を与えてもらおうとした人たちは今どんな気持ちでこの戦争を見ているのでしょうか。安倍さんは27回もこの人と会談を重ね協調姿勢を世界に曝しました。森さんもスポーツを通じて彼との親交を誇示、政界に影響力を保ちつづけています。「日ロ賢人会議」を設けた小泉さんは今でも彼を「賢人」と呼ぶことを恥じないでしょうか。彼の出身地サンクトぺテルブルクに工場を建てた奥田さんはこれからトヨタをどうする積りなのでしょうか。

 

 現在世界には12(14)の軍事同盟がありますが、アメリカ主導が8、イギリス主導3でロシア主導はアルメニア、ベラルーシ、カザフスタ、キルギス、タジギスタンとの集団安全保障条約のみを締結しています。わが国は日米安全保障条約以外にオーストラリア、インドと準同盟国の関係にあります。プーチンがウクライナ侵略を決行した原因となっているNATOは冷戦時に旧ソ連とその連合国を仮想敵国とした軍事同盟という性格が強いものですからソ連崩壊によってその存在意義は一応消滅したはずで、存続について検討されるべきでした。その機会を逸して存続したことが今日の「プーチンの狂気」を引き起こしたとすれば悔やまれる西側の怠惰です。進行中の停戦協議がウクライナのNATO不参加を条件に可能性が出て来たのもそうした事情を反映しているのでしょう。

 

 今ある軍事同盟のほとんどはアメリカが経済的にも軍事的にも最強を誇った時代に締結されたものです。「世界の警察」を標榜し世界を支配していたころのものです。冷戦の片方の雄、ロシアは凋落の一途をたどり今や世界経済の2%にも満たない国力低下を来しました。「世界最大の核保有国」であるから『脅威』でありつづけていますが、ウクライナ侵略で明かされたのは通常兵力の劣化と兵站力の貧しさです。

 ロシアの脅威を解消する唯一の政策は「核兵器廃絶」しかありません。アメリカをはじめとした「核保有」という「既得権国」がその愚かな『我執』を世界平和のために放棄する「勇気」と「賢明」さを発揮できるかどうかです。国連の「拒否権」同様に時代遅れの「既得権」こそが世界平和の『癌』であることを彼らに気づかせ、それを放棄させる政治力を世界の賢人たちが導いてくれることに期待しています。

 

 ところでアメリカ主導の軍事同盟ですが果たして今の時代に機能するでしょうか。先にも述べましたがアメリカの経済力と軍事力が突出して世界ナンバーワンであった時期に締結された軍事同盟が、今回のウクライナ侵略のように「核兵器がつかえない」状況の通常兵器で戦争をする能力と経済力を今のアメリカは保持しているでしょうか。奇しくもトランプが喚いたように「応分の負担」を同盟国に要求しなければらないほどアメリカの国力は劣化しているのではないでしょうか。中国を脅威として対抗していこうとしている今のアメリカに、自国を防衛する以上に戦力を保持できる余裕があるでしょうか。石油という権益が消滅した途端、中東から撤退したアメリカに期待して大丈夫なのでしょうか。

 今のアメリカは「ただの金持ちの国」のひとつに成り下がっているのです。しかも99%の人たちを犠牲にした。

 

 今アメリカが軍事同盟を解消しないのは自国の『軍需産業』保護のため以外にどんなメリットがあるのでしょうか。世界最大の軍需産業はアメリカの数少ない有力な産業であり雇用に占める割合は決して少なくありません。軍需産業が消滅するとアメリカ経済は大打撃を蒙ります。とても同盟国の防衛を請け負える余裕はなくなるでしょう。

 アメリカにとって軍事同盟は必要なのですが、かといって同盟国防衛の請託に応えられるかどうかは極めて怪しいのです。軍事同盟は『幻想』なのです。

 

 プーチンのウクライナ侵略が証明したのは「ピンポイントの軍事施設攻撃」など絵空事だということです。戦争はどんな美辞麗句を並べても『人殺し』でしかないのです。正義の戦争、防衛の戦争など空疎な「修辞」にすぎないということです。権力者がどんなに力を尽くして隠蔽しようとしても「SNS」が世界のどこからでも「現実」を暴いてしまうのです。そして戦争は厖大な「お金」が必要な「愚挙」なのです。侵略したロシアの経済は多分デフォルト(壊滅)するでしょうし、破壊されたウクライナの復興に要する費用は誰が負担「できる」のでしょうか。

 

 プーチンは地下にもぐってヌクヌクと机の上でコマ(兵器と人間)を動かしていますから被害は「兵器の数量と兵隊の数」――抽象化された『数』ですが、現実は「戦争という人殺し」で殺された『人間』なのです。この機に乗じて「軍備の増強」や「核の共有」を声高に主張する人たちがいますが、彼らは自分の子供や孫は戦場に出さなくて済む権力を持っていますから平気で「他人が殺される」戦争を他国との交渉手段として保持したいのです。それは「地下のプーチン」と同じ『卑怯』な態度です。「敵基地攻撃能力」を行使して最初の一発は防げても次の数千発がわが国を狙い撃ちするかもしれない可能性は国民に明かさないのです。

 『戦争のリアリティ』は『人殺し』であるということです。決してゲームではないのです。

 

 「常備軍―軍隊」を持つ世界は「戦争状態」が『普通』なのです。そしてどんな美辞麗句で飾っても「戦争」は『人殺し』なのです。これが戦争ということばの『リアリティ』です。

(この稿の一部は2022.3.17「京都新聞・政流(共同通信・永井利治)」から引用しています

 

 

 

 

2022年3月14日月曜日

想滴々(2022.3)

  歳を取るにしたがって、高齢度が高まるにつれて年月の経つのが早くなってくるように思いますが、コロナ禍になった一昨年と昨年はあっという間に一年が済んでしまったと感じている人が多いのではないでしょうか。自粛で外出が憚られバス、電車に乗ることがめったにない変化のない繰り返しですから日々に区切りがなくノッペラボウな時間が流れる毎日になっててしまったせいでしょうか。

 なかでも二月は逃げる、といわれますが気がつけばもう三月です。その二月の最後の土曜日、朝公園へ行くとウグイスの初鳴きを聞きました。と言ってもホーホケキョのホーを一生けんめいに絞りだそうとしているかのようにホー、ホーと切れぎれに上がり下がりするなんとも稚い鳴き声でしたが春を感じました。次の月曜日またウグイスがきていて今度はホーッ、ホーッと少し上手になっていましたからずいぶん練習したのでしょう。梅もほころんで春はもうそこに来ているようですがコロナはいつまで居座りつづけるつもりでしょうか。

 

 最近蓑虫が鳴くということを知りました。芭蕉の句に「蓑虫の音(ね)を聞(きき)に来よ草の庵(いお)」がありますが『芭蕉の風景(小澤實著・ウェッジ社)』にこんな解説がほどこしてありました。

 ミノガ科の蛾の幼虫である。(略)『枕草子』には鬼の子であると書かれている。親の鬼は子をうとましく思い、きたない衣をかぶせ、秋風の吹くころには戻ると言って、逃げる。子はその言葉を信じて「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴いていると言うのだ。ここから秋の季語に選び出されているわけだ。科学的には蓑虫に発音の器官は無いが、詩歌の世界では鳴くものとされてきた。(略)其角編の『続虚栗(ぞくみなしぐり)』という俳諧選集に収められた際の前書は「聴閑(ちょうかん)」。「閑」という状態を「聴」いている句であるというのだ。ほんとうの静けさがなければ、蓑虫の声など聞こえない。清閑を楽しみつつも、友の訪れを促そうとしているのだろう。視覚ではなく、聴覚を刺激する句であるのが貴重である。

 何という繊細さでしょうか。「閑を聴く」という表現に溢れる「日本らしさ」はもし翻訳されるとしたらどんな外国語になるのか興味があります。俳句仲間(か弟子)に、私の住まいは粗末な庵ですが蓑虫の鳴き声も聞こえるほど清閑なたたづまいです、どうかお越しくださいという誘い、嬉しいでしょうね誘われた方は。

 

 寺田寅彦だったか「文明が進歩するとなにかと忙しなくなってゆっくり文字を読む時間が無くなってしまってエッセーや随筆などの短文なものが好まれるようになる」と言っていますが『芭蕉の風景』もそんな傾向の典型的な本です。漂泊の詩人・芭蕉の句を紹介しつつその紀行の足跡をただろうという小澤さんの何とものんびりとした贅沢な試みをつづったこの本を毎日一句かニ句、六七頁をゆっくりと読んでいますが、本文総頁680ページはいつごろ読み終わるでしょうか。上下巻各3300円は結構高価な書物ですが紀行地図、掲出句季語別索引、人名索引、文献索引、地名索引なども充実していますから決して損な買い物ではないこと請け合いです。

 

 2月26日(土)毎日新聞の書評に『岡野弘彦全歌集』の書評が持田叙子(もちだのぶこ)評で載っていました。毎日新聞の書評は丸谷才一が1990年代はじめころ、当時の編集長から毎日新聞の起死回生を託されて始めたもので今では池澤夏樹に代わっていますが見事にその責を果たした秀れた書評になって読書愛好家の絶好の案内を務めています。私も毎週この欄を読むだけに毎日新聞をコンビニで購めて愛読しています。

 その持田さんの書評に取り上げられた短歌のいくつかに強く魅かれたものがあったので引用します。

 「磔刑(たっけい)の身を反らし立つ列島弧。血しほに染めて 花さきさかる」。南北に伸びる火山列島の日本を、十字架で血を流すキリストの肉体に見立てる。東日本大震災をうけて詠んだ。北上する紅い桜前線は、災害列島に生きる日本人の受難の血潮である。

 異色の歌。誰がこんな苛酷なさくらを詠んだか。花の詩人、西行も芭蕉も歌わない境地である。理由がある。ニ十歳の春に東京大空襲があった。花ふぶきの中で多数の死体を処理した。もう決して桜を美しいと思うまいと決めた。その心が和んだのは中年になってから。吉野の桜の下で桜を憎む怨念を葬った。しかし戦いの血の色はまぶたに残る。悲壮美を歌う。

 

 こんな歌もあります。

 「耐へがたくまなこ閉づれば白百合の白くずれゆくさまぞ眼にみゆ」。花の白は究極のエロス。切なくあえぐ若い肌の色である。

 「コーンスープほのぼの甘し。亡き妻の笑みしずかなる 朝餉恋ひしき」

 

 コロナ禍で過ごして二年。身近な美しさやなに気ないひとの心づかいに気づけるようになり感謝する心がめばえました。俳句や短歌を味わうゆとりがもてるようになりました。八十才をすぎてもコロナという災厄がなければこんな歓びは知ることがなかったかもしれません。苦しんでいるひとも多くいます。でもコロナがなかったら「コロナ以前」と同じ社会の再建を当然としたにちがいありません。でも天の配剤で「豊かさ」が「物」だけでないことを教わりました。われわれよりもっと苦しんでいる人たち、弱い国があることも知りました。

 

 コロナが去ってくれたら「今まで」とはちがう新しい世の中をつくりたいと思います。

  

 

 

 

2022年3月7日月曜日

プーチンと金正恩、そして習近平

 プーチンの狂気の暴力がウクライナを侵略しています。まちがいなくこれは『戦争』です。しかも核の使用をちらつかせ原発を攻撃するというのですから完全に『狂って』います。プーチンへの最大限の非難と世界の注視、ウクライナ支援を拡大しつづけていくだけでこの戦争を終結できるのでしょうか。プーチンに矛先を収めさせるにはこの事態に至った根本原因の考察が必要です。

 私たちのロシアに対するイメージは世界を二分していた冷戦時代の『超大国ソ連』のままで停止していないでしょうか。核大国で世界経済をアメリカと二分する超大国というイメージです。確かに今でも核保有に関してはアメリカと覇を競っています――核兵器数アメリカ6185基ロシア6500基、核弾頭数アメリカ1750ロシア1590ですから。しかし国力―GDPは1970年には世界の1位アメリカ31.6%と2位旧ソ連12.7%(当時の3位はドイツ6.3%4位日本6.2%)で世界の半分近くを占めていたのですが2020年にはアメリカ1位約20兆ドルに対してロシアは11位約1兆5千億ドル世界の1.5%に過ぎないのです。これを1人当りのGDPでみると更にロシアの凋落は顕著でアメリカ6万3千ドルに対してロシアは僅かに1万ドルにまで落ち込んでいるのです(日本24位約4万ドル)。ところが軍事費は1位アメリカ7780億ドル2位中国2520億ドル3位インド730億ドルロシア4位620億ドルと今でも世界のトップクラスを維持しています(日本9位490億ドル)。このロシアの軍事費はGDPの4.4%にも達しています。

 こうした現状下のプーチンの胸の内を慮(おもんばか)れば帝政ロシア・ロマノフ王朝の栄光と旧ソ連時代の繁栄の残像が色濃く残っていることはまちがいありません。そのソ連時代の遺産ともいうべき「核大国」という現実、辛うじて保っている世界4位の軍事大国の面目。これに反して世界2位から11位、世界経済の僅か1.5%を占めるに過ぎない国力に低迷している不甲斐なさ、まして国民の豊かさは約1万ドル(これは中国とほぼ同額です)で中所得国も下位に甘んじているのですから独裁者としては何とも歯がゆい限りでしょう。

 

 世界最大の国土――アメリカと中国(この2国はほとんど同じ広さの国土なのです)の約2倍の国土を誇りながら1.4億人の国民を富ます有力な産業もなく今後国力を盛り返す施策も見いだせないでいる『痩せた超大国』の独裁者。頼るは軍事力、特に世界最大で突出した核戦力しかない――この状態は北朝鮮の「金正恩」との相似形を表しています。プーチンをさらに追いつめているのは{NATO(北大西洋条約機構)}の存在です。これは冷戦時代に旧ソ連(連合)に対抗した自由主義陣営の「軍事同盟」です。明らかに「仮想敵国」は旧ソ連。そのソ連が崩壊したにもかかわらずNATOは厳として存在し勢力圏を徐々に拡大、包囲網が迫っているのです。これはロシアにとって決して「気持ちのいい」ものではないでしょう、いや受け入れ難いものです。ウクライナはロシアの兄弟国とプーチン(ロシア国民)は思っていると想像できます。それにもかかわらうNATO不拡大の約束が不履行ななかとうとうウクライナまでが「反旗を翻す」事態に至ってついに『狂気』に走ってしまったのです。

 

 かっての栄光が跡形もなく消え失せてしまい対峙した競争国ばかりか制していたはずの弟国にまで裏切られた「過去の超大国」が理性をかなぐり捨ててガムシャラに起死回生に走ったロシアの独裁者。かって「地上の楽園」と憧れられた栄光が、後ろ盾の旧ソ連を失い「世界の孤児」に貶められ国民には僅か1330ドル(年収)という極貧に喘がせざるを得ない独裁者。振りかざすのは「使えない兵器」のはずの『核兵器』。

 あまりにも似たプーチンと金正恩。プーチンの狂気に金正恩をつづかせないためにはどうすればいいか。

 また国民の所得を倍増させるという目標を掲げGDPの2倍増、3倍増を目論む習近平、この無謀な試みが失敗に帰したとき習近平は狂気には走らないと誰が言えるでしょうか。

 

 アメリカは、NATO諸国と自由陣営諸国は旧ソ連がロシアとして再生したとき、『軍事同盟――NATO』をいかに段階的に解消していくかについて「協議の場」をもつべきだったのです。核兵器削減についても交渉すべきだったのです。どうすれば仮想敵国ロシアを友好国に引き入れるかに知恵を絞るべきだったのです。20年30年なにもせず、没落するロシアを冷ややかに見下ろしていた『むくい』が『今』なのです。

 

 プーチンの狂気をウクライナだけに押し付けて、武器とカネを出して済ますのでは根本的な解決は絶対にないことを知るべきです。