2010年12月27日月曜日

回顧2010

 今年を振り返ってみて尖閣問題で露呈された我国の『シビリアン・コントロール』の不備はショックであった。危機の伝達が外務大臣や官房長官よりも総理大臣が下位にあったなどの事実は世界でも有数の軍備を持ちながら有事の際の有効性が全く担保されていないということを明らかにしたからである。一体この国で実際にその訓練が行われたことはあるのだろうか。そのマニュアルは存在するのだろうか。不安は募る。

 『競争』が消費者に有利に働くということを身近に実感できたのは森之宮の中華料理店の例であった。近くに有名な中華チェーン店が出店するということで経営者夫婦は戦々恐々であった。今まで無風状態に胡坐をかいていたせいで客数は決して多くなかった昼食時が、サービスメニューを充実したお陰で1階ばかりか2階まで満員の盛況になったのには驚かされた。競争は店にもお客にもいい結果を齎したのだ。これに比べてワンコインタクシーの規制は誰を喜ばせたのだろうか。

 世界には民主主義国と呼べる国が65カ国しかないという事実を教えたR.A.ダールの著作「デモクラシーとは何か」は刺激的であった。しかもその内の42カ国でしか民主主義が機能していない現実を知らないで外交を考えていることの危うさを政治家は自覚しているだろうか。

 池澤夏樹の透徹した「文学を通したアメリカ解析」は示唆に富んでいる。「土着のインディアンから収奪したこと、アフリカから連れてきた黒人を奴隷として強制労働させることで国の発展を図った、という事実がアメリカ人の深層心理に原罪意識として存在しているのではないか」「法律と倫理、治安、セキュリティーを自前で賄わなければいけなかったという歴史」「アメリカは若い国である。ヨーロッパのように罪を知らない、まだ穢れていない。なぜならば、罪のない悔い改めた清らかな人たちだけが、メイフラワー号で渡ってきて造った国だから、アメリカはイノセント(純真無垢)である、という信念」など。

 歴史的転換点を迎えている我国。「物皆は 新たしき良し 唯人は 舊りぬるのみし宣しかるべし」という万葉人の心意気で連載を続けていきたい。

2010年12月20日月曜日

減税は財政支出に勝る

 米国が10年間で約8580億ドル(約72兆円)に及ぶ減税(ブッシュ減税)や失業保険給付の延長を決定した。当初は年収25万ドル以下の所得層に限って考えられていたが共和党との調整で富裕層にも配慮した制限無しに落ち着いた。これは金融危機を受けて2009年に成立した景気対策の当初規模約8000億ドルを上回るもので、景気低迷や雇用悪化への危機感を共有した議会と政府が「最悪の事態」を避ける措置に踏み切ったものである。

 これに対する米国内の論調は次のようになっている。ワシントン・ポスト「減税終了は脆弱な景気回復を脅かす。景気対策として現実的期待を抱かせる賢明な政策」、ウォール・ストリート・ジャーナル「税率が成長に重要で企業を泥棒扱いするのは投資と雇用を阻害し、減税は財政支出に勝ることを(オバマは)認めつつある。企業が元気づけられ雇用を増やせるとの合図を送っている」、ニューヨーク・タイムズ「失業給付延長を妨害していたら数百万の米国民が苦しむところだった。ただ、無期限に富裕者向けの減税を続ける余裕はない」。

 一方我国の来年度税制大綱は12年ぶりの法人税率引下げを大々的に打ち出し景気活性化と雇用拡大を狙ったと政府は訴えているが、内容を見ると法人税減税(5%)5800億円、個人増税4900億円で実質減税額900億円という、将来の見えない負担に歪みのある、効果を疑うものになっている。個人増税は、サラリーマンの必要経費である給与所得控除を年収1500万円超で245万円打ち切りとする、相続税の基礎控除を縮小するなど富裕層を狙い撃ちにしたもので、小手先の帳尻合せといわれても仕方がない。

 我国と米国のGDPは2009年50680億ドルと142560億ドルで約2.8倍の差があるが、それにしてもこの驚くべき危機対応の差はどう説明したらいいものか。米国の民主党と共和党による国の命運を賭けた真剣勝負のせめぎ合いに対して、我国の政治家には全く愛国の情熱が感じられない。経済状況はデフレが20年も続いている我国の方が深刻なはずなのだが。

 政治家と政党の成熟度の差なのか、FRBと日銀の差なのか、それとも政治と経済に透徹した識見をマスコミが有しているかどうかの差なのか。

2010年12月13日月曜日

現場主義

 先日のこと。公園にゴミ拾いにいくと菓子の食べカスが大量に食い散らかしてあった。一体誰が?そこで近くにいた小学生に意見を聞いてみた。「こんな散らかしをするのは小学生か中学生かどっちだと思う」と。「僕らと違うよ」と先ず防御線を張ってからめいめいに考えを言いだした。「こんな幼稚なことをするのは小学低学年やと思うんやけど」というと即座に「違う。小学生やとしたら高学年やな」と皆が言う。遠巻きにしていた中から一人が進み出るとつぶさにゴミを点検し始めた。「そうや、食べたもん調べたら誰か分かるな」そういうと皆がてんでに「これは小学低学年や」「こっちは中学生や」などと品定めをやってくれたが結局結論は出なかった。

 子どもだからこそだが、菓子の種類で食べる層が異なっておりそれを調べればゴミを捨てたのが誰だか見当付けができるとは、私には想像もできなかった。賢い子はいるものだ。

 先週の日曜日「これからの協働社会のあり方を考える」円卓会議というものに出席した。「新たな市民参加推進計画の策定に当たっての提言(案)」を検討する会議であった。大学の教授と准教授が座長と副座長を占めていてふたりから資料説明と会議の進行について話があって会議が始まった。パブリックコメントやワークショップなどという今時の言葉が巧みに織り込まれたパワーポイントで作成された見映えのいい資料を読み進むうちに『奇異の念』を抱いた。何十年も前から市政協力委員やPTAなどで市政協力(参加)している既存の市政参加や市民活動が全く考慮されていないのだ。現状把握と検討、それらの評価を踏まえた関与の仕方がないままに、全く白紙の状態から市民参加を構築していくようなアプローチが図表化されている。何より、何故今、行政側からのこうした働きかけが必要であり、望ましいあり方はどうかという方向付けが全く示されていないから、総花的で提言の絞り方が見えないことが致命的に思えた。

 准教授にその旨の不満を述べると正直に不備を認め、今後の審議会に反映していきたいと言ってくれたうえに、帰り際わざわざ会議室の外まで送ってくれたのをみると私の指摘も少しは役立ったのかも知れない。

 それにしても子どもの堅実な現場主義が頼もしく思われたことであった。

2010年12月6日月曜日

糾(あざな)える縄

 第30回ジャパンカップは後味の悪い結果に終わった。1着入線のブエナビスタが降着になり繰り上がりでローズキングダムが優勝馬になった。直線でブエナビスタがローズキングダムの走路を妨害したとして審議の対象となり降着という判定になった。この結果について2つの視点から考えてみたい。

 ひとつは「妨害がなければ着順が入れ替わったか」ということ、もうひとつは「何故名手スミヨンが抜け出したあとで右鞭を入れて斜行させたか」という点である。先ず何故スミヨンがあの時点で右鞭を入れたかについて考えてみよう。この件については武邦彦調教師がサスガという見方を述べているのでスポーツニッポン11月29日の記事から引用する。「騎手の感覚からいうと、あの勢いで抜け出せば後続との距離は瞬時に開く。ところが後ろが普通の馬じゃなかった。スミヨンは抜け出したから大丈夫と勘違いした。ローズが離されずに食いついていたからこそ、走路妨害のインターフェアーが成立した」。4着ジャガーメイルのライアン・ムーア騎手が「(降着は)間違った判断」といっているのはこの『騎手の感覚』での発言だろう。世界で活躍するスミヨンやムーアの感覚ではブエナのあの抜け出し方からすれば抜かれた馬は絶対に食らいついていけないはずなのだ。ところがローズはそこから立て直して驚異の追い上げを見せ1馬身3/4の0.3秒差まで追い詰めた。
 「妨害がなければ着順が入れ替わったか」は定かではない。しかしスミヨンやムーアの常識的判断以上に着差が縮まっていたことは間違いない。ローズファンの贔屓目からは逆転はあったと信じる。
 長すぎた審議の前後で禍福が入れ替わった。有馬記念での決着に期待する。

 海老蔵の傷害沙汰に関して一言。海老蔵と新婦麻央さんの結婚がマスコミを賑わしていた頃、一部の芸能ジャーナルが「勝ち組麻央、負け組麻耶」などと揶揄することがあった。更に酷いものは『上げマン下げマン』などという下品な表現をすることもあった。しかしこうした事態を迎えてみれば果たしてこの結婚がそんなに『人の羨むもの』であるかどうか。大体「勝ち組負け組」などという表現は一面的なもので人の長い人生から見れば浅薄極まる評価に過ぎない。
 7月の結婚式から僅か5ヶ月足らずで暗転した二人の結婚生活は正に「禍福は糾える縄の如し」である。
 もう少し長い目で、幅広い見方で物ごとを考えてみてはどうだろうか。

2010年11月29日月曜日

同窓会

 先日のこと。「この前、同窓会があってなぁ。出席者たった8人や。そろそろ止めなあかんなぁ」。声の主を見ると御年86歳の最長老。そりゃあなた、できすぎですよ。

 池上彰さんの解説で評判の良かったNHK総合日曜朝放送の「週間こどもニュース」が12月19日をもって終了し、新たに「ニュース 深読み」という解説番組をスタートさせるらしい。こどもニュースといいながら実際の視聴者が圧倒的に高齢者が多いことが理由だという。
 これはおかしい。このあたりのNHK的センスが完全に視聴者目線と懸け離れていることにいまだにNHKは気づいていない。
 
 この番組は、小学生高学年から中学生を対象に、1週間におきた出来事などをお父さん役を務めるNHK解説委員が家族に分かりやすく説明するという設定で1994年4月から放送されていた。それがいつの間にか高齢者ばかりでなく大人にもよく見られるようになったのは、何といっても分かりやすいことが第一だが、それ以外にも原因はある。子ども相手だから普通のニュース番組では説明が加えられない、言ってみれば「大人にとっての常識」とされているような事柄でも、疑問に答えるという形で子どもに教える内容がありがたかったことある。子どもってこんなことに疑問を感じたり興味を持つのかという発見もあった。子どもや孫と一緒に先生に教えられているような感覚を心地良く感じていた人もあったに違いない。だから、ニュースが分かりたくって番組を見ていたわけではないのだ。ニュースを知らなくても生きていくのに不自由はしない。でも子ども番組だから子どもや孫と一緒に見てみよう、知らないこともそっと勉強してみよう。子どもがいなくても他人の目がないから安心して初歩的な内容を知ることもできたのだ。
 それを正面切って「大人向きの分かりやすいニュース解説番組です」ともちだされて果たしていい大人が見るだろうか。何といっても、一段見下ろされているようで自尊心が傷つけられるのではないか。「ニュース 深読み」でなく「視聴者 深読み」をしないで、高齢者が楽しみにしている数少ない番組を奪ってしまうNHK的センスにはホトホト困ったものだ。
 
 一方「雇用促進税制」を創設し、雇用を増やした企業に対する法人税の税額控除導入を検討している官僚センスも困ったものだが、これについては稿を改めて述べてみたい。

2010年11月22日月曜日

デモクラシーとは何か

 20世紀末デモクラシーな国々は65ヶ国を数えることができたが、その内訳は、最も民主的な国が35ヶ国、かなり民主的な国が7ヶ国、ギリギリ民主的な国が23ヶ国となっており、「デモクラシーの勝利」はかなり不完全なものでしかないということになる。
 中国の人々は4000年の歴史のなかで一度も民主的政体の経験をしたことはなかった。ロシアにおいても20世紀の最後の10年になってやっと民主的な政治への移行が実現した。

 以上はR.A.ダール著「デモクラシーとは何か(中村孝文訳・岩波書店)」からの抜粋である。更に続けたい。(原文ではポリアキー型デモクラシーとなっているところを「民主主義」と置き換えている)。

 歴史が繰り返し伝えていることは、国家もその他の集団も民主的な手続きの基準に完全に合致する政府を持つことは一度もなかったということである。また、これからもありそうにない。
 二大政党制は選択肢を二つに単純化する。(略)マイノリティーの代表を否定するため全面的に公正とは言えない。
 民主主義は資本主義市場経済が支配的な国々でのみ存続してきた。そして反対に非市場経済が優勢な国では決して存続してこなかった。
 資本主義市場経済のある基本的な特徴は民主的な制度にとって好都合である。反対に非市場経済が優勢である場合には、その基本的な特徴のいくつかがデモクラシーの発展を阻害するのである。
 資本主義市場経済は不可避的に経済的不平等を生み出す。そしてそれは、政治的資源の配分の不平等をもたらす。その結果、デモクラシーに潜在的に秘められている民主主義を実現する可能性は制限されてしまうことになる。
 近代化の遅れた国々の権威主義的政府が、活発な市場経済の導入にのりだすとき、その政府は最終的に自らの破滅につながる種をまいているようなものである。
 民主的な国々で今、緊急に必要となってきていることは、市民が政治の世界に関与できるように知的能力を向上させることである。

 最後に英国政治家ウイリアム・ビットの警告を記す。「無制限の政治権力は、その権力の所有者の心を腐敗させる。」

2010年11月15日月曜日

政治権力は腐敗する

 尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の報道に接して「CSR(企業の社会的責任)」と「コンプライアンス(法令遵守)」という企業の内部統制システムを思った。そして内部告発に関する「公益通報者保護法」というセーフティーネットも整備されている企業に対して全く法整備が整わない我国の現状で「シビリアンコントロール(文民統制)」が担保されているのであろうかという不安を感じた。

 高度成長期のなかで企業は利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任を持たなければならないという自覚をするようになった。しかし残念なことに企業イメージの向上を図るPR活動(寄付やメセナなど)に注力され、社会や企業利害関係者への説明責任を適切に果たすことによって持続的成長を実現するという内部統制本来の目的が見失われることが多かった。その結果企業信用を失墜する反社会的行動が多発した。そこで食品偽装、サービス残業、偽装請負、公共工事の入札談合など無批判な企業論理による社会規範を蹂躙する事態を正常化するためにコンプライアンスが重視されるようになり、更に内部告発者の身分を保証する「公益通報者保護法」が2006年4月に施工された。

 このように企業活動については社会的公正を実現するための内部統制システムやセーフティーネットが整備されたが公共部門での取組みは未だ殆んど手付かずである。税金の無駄遣いの責任所在、天下りの弊害、省益等の既得権など公共部門の不正、非効率が一向に改善されないのは内部統制システムと公益を維持するための内部告発者を保護するセーフティーネットが整備されていないからである。従って今回の尖閣ビデオを流失させた海上保安官の身分を保証するセーフティーネットは無いしそもそも公益を保護する内部告発に相当するかも定かではない。

 シビリアンコントロールは軍部の暴走を阻止するためのシステムであり文民の政治家が軍隊を統制するという政軍関係における基本方針のはずだが、今回の事件は文民政治家の暴走もありうる危険性を図らずも垣間見せた。「政治権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」というイギリスのアクトン卿の言葉が生々しく感じられる昨今の世界情勢である。

2010年11月8日月曜日

仇討ち禁止令

 明治6年(1873年)復讐禁止令が公布され敵討ちが禁止されたが全面的な禁止ではなかった。その後明治13年(1880年)の旧刑法制定に至って復讐の完全禁止が実現された。
 平成7年(1995年)刑法改正によって「尊属殺人」の規定が廃止された。殺人罪の特別類型として「犯人自身又はその生存配偶者の直系尊属を殺した場合を、死刑又は無期懲役という特段に重い刑で処罰していた」が、法の下の平等という近代憲法原則に照らせば尊属の生命をそれ以外の人の生命より価値の高いものとする規定の違憲性は明らかで、昭和48年(1973年)最高裁大法廷が違憲とした判例を立法化したものである。

 人類は長い歴史の教訓として『暴力の抑制』という『理性』を学んだ。暴力の極限である殺人でありながら復讐は長い期間許容されていたが『暴力の連鎖』を招くとして禁止され、最後まで正当化されていた尊属殺人さえも排除されて今日を迎えている。ところが昨今我国では『被害者感情』という『理性の対極』に阿(おもね)って『極刑』を当然視する考えが勢いづいている。又その一方で「裁判員制度」の導入に伴う裁判員の「死刑判決忌避」に関しては同情的である。
 人間生命についてのこうした視座の定まらない風潮に極めて危うさを感じる。

 我々は極度に分業化された今の生活を当然のこととして受け入れているが、元々は、或いは原理的には全てを我々自身の責任で行っていたものを長い時間の経過を経て各分野の専門家に代理人として依託するに至っているのである。従って「死刑を宣告し死刑台の執行ボタンをおす」のは今でも我々自身であるということを知らなければならない。それを忘れて、他人事として自分と切り離して社会の仕組みを見ているから、死刑制度を容認しながら裁判員となって死刑判決を行うことを『別もの』と捉えてしまう矛盾に気づかないでいることになる。昨今の『厳罰化の風潮』も元を糺せばこうした『無知』による『畏れのなさ』に起因しているのではなかろうか。

 人類は国家権力による殺人である戦争を未だにコントロールできずにいるが、歴史を冷静に観察してみれば近代の代表制民主々義諸国は相互に戦争することが無いという事実に気づくはずである。

2010年11月1日月曜日

野ざらし

 野ざらしを 心に 風のしむ身哉
 道に行き倒れて白骨を野辺にさらしてもと覚悟をきめて、旅立とうとすると、ひとしお秋風が身にしみることよ―という松尾芭蕉「野ざらし紀行」の冒頭の句である。知人のNさんが急死したという警察からの突然の知らせに接したとき何故かこの句を思い出した。

 二月ほど前、Nさんは脇腹を骨折した。その数日後風邪をひいた。何日かたって「すまんがスグに来てくれないか」という悲痛な電話がかかってきた。近くの介護支援センターへ走った。素人がヘタに動かして脇腹を悪くするのを恐れたからだ。介護員さんと一緒にお宅へ伺うとマットレスからズリ落ちた状態で俯伏せになったまま倒れたNさんがいた。
 介護員さんの計らいで直ちに入院したNさんは極度の脱水状態から癒え10日位で退院した。ヘルパーさんの手助けもあって順調らしく見えたが痩せかたが尋常でなかった。胃を切除して三分の一しかなく食が細いNさんに自炊をやめて給食サービスを受けたらどうかと勧めてみたが委託した様子は無かった。
 数日後の火曜日にいつもの喫茶店へ行くと、先週末久し振りに店に現れたNさんの様子が余りにも頼りなかったと女主人のY子さんが心配げに訴えた。介護支援センターへ寄ってNさんに給食サービスを至急に受けるよう手配してほしいと依頼した。
 三日後介護員さんがNさん宅へ行くと、すでに亡くなっていたという。
もしも火曜日に訪問してくれていたら、という悔いは残る。しかしこの介護支援センターのテリトリーには対象の高齢者が12000人もいて対応している介護員は僅かに6人だということを知っているから彼らを責めることはできない。

 左京区の高級住宅街にあるお屋敷で生まれたNさんは京大を卒業後有名商社に就職したが、のちに独立して東京でシンクタンクを設立、海外企業とのコラボ事業を手掛けたこともあった。晩年は月に何本かの講演で全国を回っていたと聞いている。3人の子どもはそれぞれ立派に独立し末娘はキャリア官僚として活躍中と自慢げに語るNさんの横顔が忘れられない。その彼がどうした経緯で独居に至ったかは詳しく語らなかったが、老いても意気盛んで何時も新鮮なものの見方で驚かせたダンディーな姿が鮮明に思い浮かぶ。
 
 野ざらしを 心に 風のしむ身哉  (合掌)

2010年10月25日月曜日

存在証明

 戸籍の電子化に伴う行政の対応について市民から強い不満が訴えられている。
 
 戸籍法の改正により従来の紙の戸籍を「電子情報処理組織による戸籍事務の取扱いに関する特例」が設けられその施行細則で「戸籍の筆頭者以外で除籍された者について『省略できる』」としているために電子化前に亡くなった者が新戸籍に転籍されないケースが相次いでいるのだ。にもかかわらず電子化後の物故者は電子データに残るというから単に移行時の事務作業の軽減という『手抜き』を認めるため以外の何ものでもない。旧来の紙戸籍は「原戸籍」として150年間保存されるので、物故者等の除籍者の載った戸籍は数百円の手数料を払えば交付されるみちは残されている。

 子どもを亡くした親がその兄弟姉妹の入学手続きなどで戸籍を取りに行ったとき、当然家族全員が記載されているはずと思って手にした戸籍に亡くした子どもの名前が削除されていたとしたらどんな気持ちに襲われるであろうか。親にすればどんな事情であれ夭折した我が子には特別な思い入れがあるに違いない。たとえ『現し身』は無くても心の内には生きている兄弟姉妹と共にいつも傍にいる存在としてあるに違いない。「最愛の家族を再び失ったような気持ち」という嘆きが訴えられるのも当然である。

 少し前マスコミを騒がした『高齢者所在不明問題』はこれとは全く逆のことになるが根は同じで「事務処理の手抜き」に他ならないし、『消えた年金問題』にもそれが言える。一体役人と呼ばれる人たちは『人間の存在証明』ということを真剣に考えてみたことがあるのだろうか。昔のように大家族制度で先祖代々の土地に暮らしていた頃と異なり現在の我々にとっての存在証明は非常に「不確か」になっている。例えばリストラにあい、離婚して家族と離れ離れになり住居を失えばいとも簡単にホームレスになってしまうが、この状態での『存在証明』を手に入れることは甚だ困難になる。

 そもそも「自己の存在証明」とは極めて哲学的な問題であり、戸籍であれ年金記録であれそれは形式的な一部に過ぎないが、それ故にこそ蔑ろにできない『よすが』なのであって事務処理の軽減などというレベルとは異次元のものなのだが、昨今の役人にそれだけの『深み』をもって仕事をすることは期待できないものなのだろう。

2010年10月18日月曜日

セカンドオピニオンは必要か

 昨今のテレビはやたら保険の広告が目立つ。その広告の『売り』は先進医療とセカンドオピニンをサービスに含めていることが多い。そこでセカンドオピニオンについて考えてみたい。

 文明の進歩と社会の疾病構造の変化について英国の疫学者が次のような仮説を立てている。文明の第一段階にある社会では「消化器系感染症」が死因のトップを占め、以下第二段階では「呼吸器系感染症」、第三段階になると「生活習慣病」に変化し最終段階では「社会的不適合」による死が主役になるだろうというものである。我国のこれまでを振り返ってみると、明治維新から昭和初期にかけてはコレラや疫痢・赤痢などの消化器系感染症で死ぬ人が圧倒的に多かったが、昭和に入ると結核や肺炎などの呼吸器系感染症が主役に躍り出た。それが今ではがん、心疾患、脳血管疾患の生活習慣病に属する疫病が主要死因を占有している。

 こうした疾病構造の変化を医師と患者の関係でとらえると、感染症の場合は体内の病原体を殺すこと、悪い働きをしなくすることが治療だから主役は医師であり患者は医師にまかせておけばいい。しかし生活習慣病では患者が治療の主役になる。医師や看護婦、薬剤師などの医療行為はあくまでも患者に対する援助サービスであって、その『実行』は患者自身やその家族に委ねられている。治療行為の実践者としての本質的役割は医師ではなく患者側にあって、医療の本質が「キュア(治療)からケア(看護)へ」変化しているのである。

 この変化を正しく理解している人は以外と少ない。高血圧や糖尿病であっても医師に頼りっきりでただ薬を服(の)み続けるだけの場合が多い。指示通りに服む人はまだいい方でそれすらいい加減な人もいる。大体生活習慣病の患者に何故禁煙を強制しないのか。高い薬を服用しても喫煙していたのでは病状が改善されるわけがない。多分喫煙は個人の自由だからなのだろうが、こうしたことを放置しているから医療費の公負担が厖大に積みあがって財政を圧迫するに至ったのではないか。
 
 医師と患者の関係を良好にする第一条件はどちらもが正しく情報を交換することだ。その段階をなおざりにして『セカンドオピニオン』を取り入れても治療は正常に行われないに違いない。患者は医師に助けられるが、医師を育てるのは患者だということも認識する必要がある。

2010年10月11日月曜日

公園をみんなで守ろう

 先日「北部みどり管理事務所」というところから電話があった。これは私が毎朝ゴミ拾いとグランド整備を行っている公園の管理を担当している市役所の関連部署である。電話の内容はグランド整備に使用している木製トンボの支給や修繕を取止めにしたいという申し入れだった。理由は市管理の他の公園ではトンボを支給していないからだという。双方がそれぞれの立場から言分を繰り返したが結局後日改めてということになった。

 この公園には珍しく『壁打ちの壁』があり他に軟式野球場や幼児の遊び場も整備された市内でも有数の施設である。禁煙したとき何か運動をしなければと思いたってテニスを選んだのもこの壁のお陰といっても過言ではない。しかし5年前のグランドの状態は無惨なものだった。手入れが行き届いていないから石ころがむき出しになっておりとてもテニスなど出来るものではなかった。そこで市役所の緑地管理課に談判して『グランドを使用可能な状態復旧する。その代り私が毎朝トンボで整地する』という同意が成立し今日に至っている。トンボについては自由に使用できるよう鍵もかけずに公園の一隅に置いている。

 今最も大事なことはお金の乏しいなかで如何に住民サービスを維持するかということである。そのためにはこれまでのような行政至上主義(何でも行政がやらなければならないという思い込み)や行政の無謬性を排除することが必須である。公園管理一つをとってもプロパティーマネージメントと捉えて市有財産のストック管理という観点から取組む必要がある。折角市民の側から公園管理の手伝いをしようという機運が立ち上がっているのに公園の特殊性(壁打ち用の壁の整備されている公園は殆んど無い)を無視して市内一律の管理基準を遵守することにどれ程の意味があるのだろう、僅か1本のトンボを支給停止することが市民の参加意欲を萎えさせ大事な市の資産である立派なグランドが使用不能になるというのに。
 
 高齢化による社会保障費の膨張は社会資本整備を圧迫するから箱物施設の新設はほとんど不可能になろう。とすれば今ある施設を大事に使っていく仕組みが必要になるが、市民の力の集約なしに仕組みは考えられない。少子高齢化の時代では新しい地域コミュニティーの形成が不可欠だがその機能の一部として施設管理が加えられても良い。

 電話してきた指導係長にどれほどの考えがあったか、はなはだ疑問である。

2010年10月4日月曜日

孤独な消費者

 パソコン(PC)の故障でコラムを二週間休まざるをえないハメになった。この間の事情を通じて消費者のおかれている環境が如何に無力で孤独であるかを感じた。

 9月17日故障発生、18日に購入した家電量販店Kに持ち込み28日に一旦修理完了したのだが翌日再度故障、10月1日N電機サポートセンターの出張修理でやっと修理が終わった。という経緯なのだがこの間のやり取りを箇条書きにすると次のようになる。
(1)28日Kに引き取りにいくと「電源ユニットの故障でした。今回に限り無償で、メーカー負担で行います」という修理事情をKの係員が伝えた。
(2)通常修理が無償で行われることはありえない。メーカー側に何か不都合があるのではないか。メーカーに詳細を問合せるよう依頼した。
(3)リコールをするほどではないが購入後3年前後(私のPCも購入後3年半である)で電源ユニットに不具合の発生するケースが多いので、持ち込まれたお客様に限り無償で修理している。というメーカー側の返答。(ここまでが最初の修理)
(4)静電気の帯電で立ち上がらないことがあるので放電処理が必要な場合がある。(2回目の修理)

 この間Kの係員の対応は実に良かったのだが、しかし問題がある。
一、 詳細を問合せるよう指示しなければ詳しい事情は分からずに終わったに違いない。
 大概の客はタダで修理ができたら「儲かった」と帰ってしまうに違いない。私が文句を言ったから不具合事情が把握できたわけだが、私の前にKが何故無償なのかに疑問を抱きNに事情を質すべきだ。
二、 メーカーに更に突っ込んで聞いたところ、同機種或いはビジネスタイプを大量に一括購入した企業から3年前後で電源ユニットの故障が発生するのはおかしいというクレームがあって無償対応を決めた、という説明があった。
 企業からのクレームが無かったら今回のような対応ができていただろうかという疑問が生じるし、大体こうした事案はリコールの対象にならないのだろうか。

 昔は街の電気屋さんが親身になって客の立場で対応してくれたものだが、今の量販店にそれを望むのは無理な相談なのだろうか。あらゆる製品がブラックボックス化した今、消費者は無力だ。

2010年9月13日月曜日

花火とBBQと

 さすがの炎暑にも翳りが見え長かった今年の夏もようやく終わりそうな気配である。あんなに勢いよく繁茂していた夏草が急に萎れだしたのは不思議だ。
 
公園のゴミ拾いをしていて一番面倒なのはタバコの吸殻と花火の燃えカスだ。吸殻は捨て場所がテンデンばらばらで草叢の中だったりするとつい見落としてしまう。花火の方は線香花火の芯棒が細く薄い紙になっていて摘みにくい。通りがかりの散歩の大人たちが「大変ですね。子どもらも持って帰ればいいのにね」と気を使って声を掛けてくれるが「花火をする場所がありませんからねえ」と返すと無言で去っていく。
 納得のいかないことがある。市役所は市内に打ち上げ花火を許可している場所はないという。それなのに花火(大概セットになっている)を買えばほとんど打ち上げ系が入っている。手にしたらしたくなるのが人情だ。ついつい公園や河川敷でやってしまって大人たちに叱られてしまう。これでは子どももたまったものではないだろう。
 役所とすれば販売を禁止することはできないというに違いない。しかし本当にそうだろうか。迷惑防止条例違反や何やらでカラオケ騒音も禁止できたではないか。市内販売禁止にして、その代り
夜使われていない競馬場の駐車場でも開放して思いっ切り子どもたちに打ち上げ花火をさせてやればいい。勿論花火はその場で売る。要は子ども(当事者)の立場で考えるという視線が乏しいということではないか。

 バーベキュー(BBQ)騒動も発想は同じだ。BBQの道具はどこでも売っているし家庭でするものまで禁止することはできない。ここで思考が停止している。川崎市では多摩川の河川敷を有料で解放したがゴミの散乱は防止できずその処理費用に750万円を要したという。ではどうすればいいか。有料にして更に道具を持ち込み禁止にし貸出し制にする(保証金を5千円位徴収する)。ゴミ袋を道具と一緒に渡して返却時に分別したゴミを回収する。こうすれば大よそのゴミは回収できるに違いない。監視員も無料のボランティアに頼らず地域の方をアルバイトに雇う方が効果が上ろう。
 
 以上は私見で不完全なものだが、要は『売る→買う→使う→捨てる』というサイクルのどこで歯止めをかけるかということである。『売る』は不可侵の領域と捉えているところに問題がある。

 売るのが一番悪いという見方が『豊饒の時代』には必要なのではないか。

2010年9月6日月曜日

独法は誰のもの

 先日某独法(独立行政法人)の西日本支社長就任会見に同席した。これまで天下りの指定席であったのを民間登用した最初の人材だったので大いに期待を持って臨んだが見事に裏切られた。事業仕分けで厳しい評価を受けた独法だから民間感覚で組織の建直しに意欲満々な姿勢が窺えるかと思っていたのだが、微塵もそんな様子はなく、彼にとっての定年退職後の単なる再就職先でしかないことがあからさまに分かる会見であった。
 
 天下り規制に関しては今もう一つ問題がもち上がっている。各府省の幹部職員、特に40~50代の職員の滞留を解消するために政府が6月に決めた「退職管理基本方針」によって実施されようとしている「各府省の幹部職員を独法の役員や民間企業に出向させる人事」がそれだ。行き場を失った幹部を救済する失業対策のような交流人事であり、このままでは天下り規制の形骸化と官民癒着に繋がる危険性が高いと危惧されている。

 天下りの弊害は言い尽くされているから民間登用へのプロセスは理解できるが、登用の仕組みは万全だろうか。そもそもこの問題を『上からの視点』ではなく『下からの視点』で見る必要もあるのではないか。独法などの政府系機関のプロパー(生え抜き社員)の立場にすれば、幾ら頑張ったところでトップなどの幹部職員が天下りや民間など外部から来ることが決定付けられているのでは意欲が湧かないのも当然であろう。しかも仕事内容を熟知しない外部からの幹部が任期中(2~4、5年)にできることはそんなに多くないし継続性にも疑問があるから、組織にとって良いことは殆んどない。それなら思いきって『プロパー重視』に切り替えてはどうだろう。勿論組織としての設立動機の必要性を不断にチェックし目的達成度を厳しく判定する、独法等管理規則を定めて必要性と費用対効果の判定を適格に行う体制を作るべきことはいうまでもない。

 独立行政法人には明確な設立動機があったはずである。その目標を効率的に達成するために最も必要なことはその組織で働く職員の意欲であり高いインセンティブである。だとしたら幹部職員を含めてプロパーの実力が正しく反映される組織であらねばならない。
 『天下り規制』という上からの視点ではなく正統な組織理論に基づいて独法を見直す必要を強く感じる。

2010年8月30日月曜日

民主党二つの大罪

 急激な円高と株安で日本経済が翻弄されている。メディアとの重複を避けて殆んど指摘されていない視点から考えてみたい。

 第一は日銀総裁が白川方明氏であることの弊害である。彼は日銀の生え抜きで51年ぶり二人目の50歳代の総裁というエリートである。彼は最初副総裁として選任された。ところが総裁候補と目されていた人物が「国会同意人事」で民主党の強力な反対にあい紆余曲折をへて白川総裁が誕生してしまった。彼は金融政策を語り出すと止まらないほどの学識があり、日銀の仕事は面白いと語る根っからの日銀マンである。しかしというかそれ故に、彼に最も相応しい地位は総裁ではなく副総裁であると人事当局は考えたのであろう。
 デフレは貨幣的現象ではなく日本の低生産性が原因であるという白川総裁の基本認識は経済学的には正しいであろう。それ故に日銀は長期国債の買いオペなどの「非伝統的金融政策」に極めて消極的にならざるをえなかったのだが、その結果金融緩和への立ち遅れとなり円高・株安を招いてしまった。これに対して米国のバーナンキFRB議長はFOMCの反対を押し切って金融緩和の追加措置を決めドル安容認を市場に訴えた。白川氏にはこうした市場との対話力、発信力或いは腕力の無さが総裁として力不足とみられたのだろう。
 民主党は日銀総裁が日本経済にとってこれほど影響力のある重要な存在とは考えていなかった、だから白川氏が総裁であっても問題ないという認識であったのだろう。
 これが今となってはボディーブローのように日本経済の運営に悪い影響を及ぼしている。

 民主党の第二の大罪は国家戦略局構想を破棄したことにある。小泉内閣当時の経済財政諮問会議が経済運営に有効に機能したのにならい、それを超えるものとして内閣の重要政策に関する基本的な方針等の企画、立案するものとして構想されていた。ところがこの構想を破棄してしまったために、今の民主党には『頭脳』がなく政府として機能不全に陥っている。政権担当能力のない無能な政府と侮られても当然で、学者肌の日銀総裁とのコンビでは野獣の如き世界市場に翻弄されるのも無理はない。
 
政治は既に民主政治の実現と経済先進国へのキャッチアップというような単純な使命と情熱だけの前時代的政治家では機能しない複雑系の次元に至っている。経財諮問会議や国家戦略局の必要とされる所以である。

2010年8月23日月曜日

白鳥の妻

 俳人の森澄雄さんが亡くなった。余りにもポピュラーだが「除夜の妻/白鳥のごと/湯浴(ゆあ)みおり」が好きだった。ご冥福をお祈りする。

 その訃報を報じた同じ新聞の片隅にこんな記事があった。「手押し車を押していた85才の女性を無職の68歳の女性が突き飛ばし約2300円の入った手提げ袋を奪った」というものだが暗澹たる気持ちにさせられた。老いたものが更に老いた弱い者を虐げるという構図は最近問題視されている「高齢者の所在不明事件」と通じるものがある。一体この国はどうなってしまったのだろうか。

 最近「何もかも/無かった時代/情けあり」という川柳を読んだ。上の森さんの俳句にもこんな背景がある。昭和29年教師として厳しい生活にあった森さんは武蔵野の片隅の板敷き6畳一間に親子5人で暮らしていた。忙しく1年を過ごした大晦日の夜、子ども達の寝静まったあと土間に据えてある風呂で湯を浴びている妻を「白鳥のごと」と言いとめた妻恋いの思いが貧しさを全く感じさせないロマンティックな句に仕立てている。

 戦後の貧しさを知っている我々から見れば今は豊かな時代と言える。それなのに飢餓感や焦燥感に苛まれるのは何故だろう。物質的には豊かだが精神的に貧しい時代と皆がステロタイプ的に言うが、そのような類型的な精神論でなく本質的に考えてみる必要があるのではないか。

 人間、生まれて育まれて生きていくのに必要なものはそんなに多くない。戦後の貧しい時余り不満を感じなかったのは皆が同じように貧しく貧しいなりに生きていけたからだと思う。ところが今、多くの物質に囲まれているのに満足感がないのは欲しいものがまだあるからだ。もっと多く持っている人、もっといいものを持っている人がいるからに違いない。
 今周囲にある物を『必要』を満たすものと『欲望』を満たすものに分類すれば殆んどが欲望を満たすものではないだろうか。自分の内から求めているのでなく、テレビやインターネットのCMをみて『欲しいと思わされているもの』で満ち溢れている。CMなどで煽られる欲望には限りが無いから満足する時がない。

 そんなものの合計が『GDP(国の豊かさを図るメジャー)』だとしたら『豊かさ』を追い求めることに距離を置いてみる時期を迎えているのかもしれない。

2010年8月17日火曜日

自動織機を打ち壊した日本

 先日中国の過剰設備廃棄の記事を見た。セメントなど18業種2087社に対して老朽化した生産設備を9月末までに廃棄するよう命じたもので、罰則が新規融資の差し止めや電力の供給停止等相当厳しい内容になっている。
 この記事を見て1960年代に行われた我国の繊維機械(紡績機械や自動織機など)の廃棄処分を思い出した。構造不況業種に指定された繊維産業が「繊維工業設備臨時措置法」に基づいて廃棄を命じられたもので、1台幾らかの処分費用が支給され強制的に実施させられた。当時生家が西陣で自動織機のメーカーを営んでいたのでハンマーで機械を打ち壊すテレビの映像を家族と共に口惜しい思いで眺めていた。強制的な生産設備の廃棄処分は1980年頃まで繰り返し実施され、成長期を過ぎた産業や過大な設備投資を行った産業の需給調整を国が産業政策として組織的に行い、対象産業は造船、鉄鋼(平電炉)、化学肥料、セメントなど多岐に亘った。

 我国は長期間デフレに陥って未だにその出口が見えない。3月に発表された法人企業統計によれば日本経済の「需給ギャップ」は昨年10~12月期にマイナス6・1%となり年約30兆円の需要不足の状態にあるという。デフレが語られる場合このように需要不足の側面が指摘されることが多いが供給面に問題はないのだろうか。
 
 米国勢調査局の研究によると、米国製造業の生産性の成長の半分以上が「事業所(工場や店舗)間における生産資源の再配分(参入・退出を含む)」によるものであると推計されている。日米を比較すると事業所レベルの参入・退出が日本で極端に少なく凡そ米国の半分より少し多い程度と考えられる。何故日本で生産資源の移動が少ないかについては金融市場の不完全性や労働市場での慣習・規制が非効率性の原因となっており『ゾンビ企業』が生き残る結果になっている。

 デフレの需要不足の側面が強調される余り供給面の検証が不十分なまま、規制緩和や構造改革を中途半端に中断し、郵政改革見直しに象徴されるような改革後退に繋がる動きさえ見られる昨今、かつて我国で行われた「設備廃棄」のようなドラスティックな産業政策への躊躇が非効率な資源配分を放置して需給ギャップを拡大していないか。

 このままでは自動織機を廃棄した先輩たちの涙が無駄になってしまう!

2010年8月11日水曜日

介護がかすがい

 先日の毎日新聞にこんな投稿があった。
 「(結婚と同時に同居して3世代で暮らしてきた主婦)(前略)義母は、地蔵盆がくれば百歳になる。20年前に脳梗塞を患い、介護が必要となった。3年前、夫が退職し、それ以来2人で介護をしている。夫と少々気まずい雰囲気になっても、介護を2人でするおかげで、和らぐ。昔、子どもがかすがい、今、義母がかすがいの日々である。百歳 万歳!」(奈良市/中村絹子/主婦・58歳(7月28日毎日新聞「女の気持ち」から)

 この主婦と同じような介護をしている知人がいる。西陣の古い町家に3世代同居で仲良くしっかりと生きてきた彼女は、数年前それまでカクシャクとしていた夫の両親が殆んど時期を同じにして寝たきり状態になった。当然介護は彼女の役割となったがとても一人でできるものではない。ちょうど定年を迎えた夫は再就職せず彼女と共に両親の介護をする道を選んだ。先日久し振りに電話すると「一人ではとても無理ですが夫と一緒に介護しています。だれでも通る道ですから」と元気であったのが嬉しかった。

 菅首相が「強い経済、強い財政、強い社会保障」を標榜している。高齢化が急速に進展する我国にとって社会保障をどうするかは極めて重要な問題である。しかし今ある社会保障は余りにも画一的過ぎるのではないか、偏り過ぎるのではないか、そんな気がしてならない。

 65歳以上の親と同居している世帯は決して少なくない。特に京都のように古い町や村にその傾向があり、施設の少ないこともあって同居の親族が親の介護をしている。ところがこうしたケースへの介護保険の恩恵は意外と少ない。例えば妻が介護のために訪問看護の資格(2級ホームヘルパー等)をとっても給付対象にならない。定年になった夫が介護のために再就職を断念しなければならない場合も援助はない。こうした例が介護疲れで悲しい結果に繋がる事件が多くあったが援助の体制が整備されたという話は聞かない。

 今ある制度の多くは東京の官僚が立案した。地方の特性や想定外の状況に対応できていないケースも少なくない。社会保障に係わる制度はそれでは困るので、一定期間経過後に必ず見直しを加えるべきだと思う。

 介護がかすがいになるような社会保障であって欲しい。

2010年7月26日月曜日

コミュニケーション力は挨拶力

 昔長嶋監督が新し背番号33のユニフォームをキャンプでいつ披露するかということを一部マスコミが大仰に取り上げたことがあった。昨今の『小沢元民主党幹事長雲隠れ騒動』をみていて「あぁ、長嶋騒動と同じだ」と思った。長嶋監督であれ小沢元幹事長であれマスコミが『カリスマ化して大騒ぎする馬鹿馬鹿しさ』は全く苦々しい限りで、『選挙の達人』『政界の実力者』というマスコミが作り出した『幻想』による扇動に市民は冷ややかな視線を注いでいることを知るべきである。

 閑話休題。23日内閣府が、ひきこもり状態にある若者が全国で約69万人、ひきこもり傾向にある若者も約155万人いるという推計を発表した。この結果について専門家は「高いコミュニケーション能力が必要な時代になり、それができずにひきこもる若者が多いようだ」と分析している。若者のコミュニケーション能力不足に対する危機感は大学、企業を問わず深刻で、各種研修や講座が盛況である。これらでは「自信をもって他者と交流する能力を養成して、効果的な協力関係を構築し、業務遂行能力を高める」ことを目的としているようだ。
 
 こうした現状を知って素朴に疑問を感じることがある。
 『コミュニケーション能力の欠如』は今この時点での問題なのだろうか。もっと前の時点に病根があるのではないか。まず、幼い頃から「挨拶のできない子」が多い。昨今では子供ばかりでなく大人も挨拶ができない。つぎに、相手の話を聞いていない人が多い。これは特に女性と老人にも共通の傾向だ。三つ目に「譲り合いの精神」が希薄なことがある。雑踏の中で道を譲らないで平気でブツカってくる人が多い。
 こうした最も基本的な『生活上の心得』のない状態で、いくらハウツウとしてのスキルを与えてみたところでその効果は限定的にならざるを得ないのではないか。知識や功利的な技術としてでなく、身についたものとして、自然に『生活上の心得』がにじみでてくるようでないと本物の『コミュニケーション能力』にならないと思う。

 人間は臆病だ、何重ものガードで我が身を守っている。そのガードを開く最も有効な手立てが『挨拶』なのではなかろうか。そんな基本的なステップをないがしろにして一足飛びに大人になってからコミュニケーション能力を磨くといっても、それは土台無理な話だと私は思う。

2010年7月19日月曜日

民意の真意

 先ずクイズを。
 ある女性が癌のために死に瀕しています。夫が彼女を救うために最近開発された特効薬を求め様としたのですが開発者の薬剤師は2000ドルという法外な要求を出して一歩も譲りません。1000ドルしかない夫はどうしても妻を助けたくてとうとうその薬を盗んでしまいました。
 彼の行動は正しかったでしょうか?それとも間違っていたでしょうか?そしてそれはどのような理由からでしょうか。

 これはコールバーグの道徳性発達段階テストとよばれるもので答えはつぎの6段階がある。[1]懲罰志向(警察に捕まって刑務所に入れられるから盗むべきでない)[2]道徳的快楽志向(彼が刑務所から出てくる頃には妻は死んでいるだろうから何の徳にもならない)[3]よい子志向(ドロボーと呼ばれるし妻も盗んだ薬で治りたくないだろう)[4]権威志向(どんな理由でも窃盗は正当化されない)[5]社会契約志向(盗むべきでない。薬剤師のやり方はひどいが開発者の権利は尊重されるべきだ)[6]個人的理念に基づく道徳性(盗んでよい。その代り自首して処罰は受けなければならない。最も大事なことは妻の命を助けることだ)

 民主党惨敗の参議院議員選挙の結果について種々取り沙汰されているが、上のテストの『妻の命を助ける』と同じような最高位に位置づけられるべき『価値』があいまいにされて議論されている。民意の揺れが激しいと『衆愚』と嘲る向きもあるがとんでもないと思う。
 政治システムや政治家の資質が今のままではいけないのではないか。自民党的なるものは制度疲労して使い物にならないが、かといって民主党の提案も正しいとは思えない。こうした迷いが『ねじれ』となって一方に傾斜するのを躊躇っている、それが『民意』なのだ。

 明治以来欧米先進国へのキャッチアップを目指してきて戦後経済の復興と世界第2位の経済大国を実現した。政治についてみれば議会を興し、民意を反映するシステムに発展させるために政治家は努力してきたし一応の結果は齎している。
 政治も経済も目指してきた目標はソコソコ達成したといえる。ところがここに至って目標を明確にすることが困難なほど価値が多様化、重層化、複雑化してしまったために政治システム(含む官僚組織)も政治家も対応できなくなっている。
 大変革の時代は古い政治システムと政治家の退場を要求しているように思う。

2010年7月12日月曜日

自己責任の罠

 裁判員制度が始まって1年になるが、顕著な傾向として執行猶予判決に「保護観察」のつくケースがこれまでの37%から59%に増えていることが最高裁から公表された実施状況で明らかになった。裁判員が職業裁判官に比して被告人の社会復帰や更生に強い関心を持っていることを表していると分析されている。一方でこうした状況が従来からの保護司不足を更に深刻にしているとして問題視されている。

 そもそも保護司とは「厚生保護法」の定めに従い犯罪者の更正を主任者である保護監察官で十分でないところを補うボランティアの国家公務員で、保護監察官の絶対数が不足しているところから更正支援の実質的な担い手となっている。保護観察の再犯抑止効果は明確で「犯罪白書」に数字を上げて示されているが、保護観察を付ける判決が08年には執行猶予判決全体の8.3%にとどまり過去最低になっている(60年代には2割前後で推移していたが80年代以降減少傾向で03年に初めて1割台を割り込んだ)。
 しかし近年の経済状況悪化から犯罪者は増加しており刑務所不足が恒常化、現在4千人分が不足、今後更に毎年5~6千人ペースで受刑者が増えると予想されている。こうした状況は財政負担を悪化させる事は明らかで抜本的な取り組みが必要であろう。

 しかし何故このような重要な職務が『無給のボランティア』に頼っているのだろうか。
 保護司制度に限らず今あるいろいろな社会制度は根本的に見直す時期に来ている。最近問題になっている貧困ビジネスの温床である「生活保護」についても発想の転換によって全く異なった対処法が見えてくる。6月に発表された厚労省ナショナルミニマム研究会「貧困層に対する積極的就労支援対策の効果の推計」によれば、18才から2年間生活保障付きの集中的就労支援をすることで、それにかかる費用と20才から平均的な人生をたどることによって齎される税・社会保険料納付額を比較すると、女性で2倍、男性では8倍以上の効果があることが示されている。

 犯罪であれ生活保護であれ現在は『自己責任』で突き放し『セイフティーネット』で救済するという考え方が支配的だが、グローバル化した資本主義経済の病理を冷静に突き詰めれば、『互助』『共助』という姿勢で『機会の不平等』を修正する方が、効果的で『人間的温もり』のある社会に変革できることに気づくべきだ。

2010年7月5日月曜日

子育て支援を根付かせるために

 毎週土曜の「ウラマヨ!」(関西TV)を楽しみにしている。ブラックマヨネーズがMCをしているのが嬉しくて見ているのだがこの枠、つい最近までメッセンジャー黒田司会の別の番組が放送されていた。それが昨年暮大阪市内のバーで店長を暴行し重傷を負わせた容疑で逮捕、送検される事件があり番組は降板、今日に至っている。事実は結局誤認であった様だが事件はウヤムヤの内にマスコミから消え、タレント黒田はテレビから姿を消したままである。何とも理不尽な結末で後味が悪い。

 6月30日に施行された「改正育児・介護法」の男性の育児休暇取得に関する報道を見てこの黒田事件を思い出した。男性の取得率がわずか1.23%(女性は90.6%、08年)であることの男性陣の言い訳が「1年も休んだら会社に席が無くなってしまうんじゃないかと不安」というのが殆んどで、加えて取得率向上を促す論評が「ワークライフバランス」であったり「子育てや暮らしを大切にできる風土」の醸成であったりで、我国企業のあり方に踏み込んだ指摘が無い。黒田事件を持ち出すまでも無く企業にあっては『自分の代わりはいつでもいる』のが当然のことなのだ。

 我国はいまだにデフレから脱却できていない。その原因のひとつは極めて低い『労働生産性』にある。2008年の比較でOECD平均の0.92、1位のルクセンブルグの0.59、米国の0.69に過ぎない。選挙を控えて成長戦略がクローズアップされ、イノベーションが無いことや少子高齢化の影響による労働力不足が大きく取り沙汰されているが労働生産性の改善策をもっと真剣に考える必要がある。定期一括採用による正規社員偏重の労働力構成で、職務の標準化、定量化がされないまま『正社員』という美名の下に職務内容を不明確なまま不定量な分担で週60時間以上の長時間労働を当然としている勤務形態では生産性の向上は覚束ない。職務分析を精細に行い定量化して分担職務を明確にするなどの取組みを行い、IT化の高度化と同一労働同一賃金を実現し正規非正規の差を無くして労働力の流動化する、などを本気に取組まなければ労働生産性の向上は図れないし「育児・介護法」を根付かせることはできない。

 選挙目当ての浮ついた成長戦略でなく日本の再生を真剣に考えないと少子化は脱却できない。

2010年6月28日月曜日

進化論とアダム・スミス

 ダーウィンの進化論がアダム・スミスの影響で導かれたものだといえば「そんな馬鹿な」と思う人がほとんどであろう。しかし自然淘汰という考え方はビーグル号の諸事実をただ解釈しただけで出てきたものではなかった。その後、二年間に亘る思索と苦闘の中から現れてくるのだとスティーブン・J・グールドが「パンダの親指」(ハヤカワ文庫NF)の中で述べている。

 グールドは「自然淘汰説は、アダム・スミスの自由放任主義経済学との類似性の延長(略)と見るべきものだ」と考えている。「自然淘汰説は、合理的な経済を求めたアダム・スミスの基本的主張を生物学へ創造的に移し変えたものだった。つまり、『自然界のバランスや秩序は』、高所からの外的な(神による)コントロールだとか、全体に対して直接にはたらく諸法則が存在するために生ずるのではなく、各自の利益を求めるための(今日の言葉で言えば、生殖において各個体が成功をおさめることにより、各自の遺伝子を未来の世代に伝えるための)『個体間の闘争の結果として現れるのである』。」

 ダーウィンが啓示を受けたアダム・スミスの言説は次のようなものであった。「ある国民を前進させるための『最も効果的な計画は』…正義の諸規則が守られるかぎり、『すべての人びとにそれぞれのやりかたで自己の利益を追求させ』、また各自の努力と資本の両面を同じ立場にある『他の市民たちによる完全な自由競争に向かわせることにある』。『その社会の資本が』自然にまかされたとき以上に大きい分け前を『ある特別な種類の努力の方へ誘導しようと…努める政治体制は』すべて…実際には、『それが推進しようとする大目的を破綻に導く』。(ドゥーガルド・スチュアート「アダム・スミスの生涯と著作について」より)

 今月18日に閣議決定された新しい経済成長戦略が、過去幾度も策定された成長戦略が日本経済を改善することなく『失われた20年』の『閉塞感』を招いた、その『轍』を又踏んでしまう危険性を排除できない。そんな危惧をアダム・スミスは示唆していないか。まして15日に日銀が策定した成長分野への「新貸出制度」には大いに疑問符が付くと言わねばなるまい。

2010年6月21日月曜日

企業エゴが国を滅ぼす

 日曜夕方の「ハーバード白熱教室(NHK教育)」が人気らしい。マイケル・サンデル教授の政治哲学というおよそ素人向けでない授業が何故一般に受入れられたかといえばその語り口が極めて解り易いからだ。マイケル・ジョーダンやビル・ゲーツを例に引いて問題を解きほぐし学生の意見を取り入れながら『深遠な政治哲学』に導く教授術は見事という他ない。「難しいものをやさしく、やさしいものを面白く、面白いものを深く」という『井上ひさし流』の講義は楽しい。

 この番組でひとつ気になっていることがある。1000人を超える受講生は驚くほど多くの国の留学生で構成されているが日本人と確認できる学生がこれまで一度も画面に出てきていないのだ。白人黒人に伍して中国人、韓国人などの黄色人も多数受講している中、日本人らしい姿が見えない。勿論そんなことは無いのだろうが比率からして圧倒的に少ないことは間違いない。これは『ゆゆしい問題』なのではないか。世界の優れた大学で多くの国々の学生と切磋琢磨したグローバル化世界に通用する若者がこれからの日本に必要ではないのか。

 我国の大学教育が充実しているから大丈夫いう見方があるかも知れない。本当だろうか。2008年世界大学ランキング(THE-QS発表)によればベスト50には僅か3校しか入っていない(東大19位京大25位阪大44位)。「日中韓大学間交流・連携推進会議」が大学、行政、産業界の参加で発足したのもこうした危機感に根差している。この会議の共同議長を務める安西祐一郎慶応義塾前塾長は日本の大学教育の現状を次のように分析している。
 日本は国内向け雇用市場に連動した世界と懸け離れた「ガラパゴス化した大学教育」になっている。企業側が自前で新卒の再教育をする雇用環境のもとで、国外に一歩出れば通用しない質の低い教育が横並びで行われ、学生も批判せずに受入れる状態が国内に蔓延してしまった。(6.14日経より)。

 大学4年次の秋(10月以降)に就職活動を解禁するという就職協定を1996年に廃棄した大企業の採用環境は、大学で勉強する期間を実質2年間にしている。これでは優秀な学生の育成される可能性が極端に限られても仕方ない。新卒一斉定期採用という雇用慣習の再考も含めて我国高等教育のあり方を根本的に考え直す時期に来ている。

2010年6月14日月曜日

おじいちゃんの子育て論

 年とともに涙腺が緩くなってきて先日などテレビの「フォークソング特集」を見ていて「イムジン河」になった途端、滂沱のごとく涙が溢れ出しそのうち嗚咽さえする始末。訝った妻に「大丈夫」と声をかけられるととうとう声を出して大泣きしてしまった。テレ臭かったがスッキリして爽快だった。「泣くこと」は一種のカタルシス(精神の浄化作用)だと思う。

 年を食った私でさえ「快感」なのに赤ちゃんの大泣きを止めさせるおもちゃ―赤ちゃんの『泣き止め玩具』の開発が盛んだと聞いて「ちょっと待ってよ」と文句の一つも言いたくなった。先ずその必要性が極めて身勝手で不純だ。大人の都合で―うるさいから或いは泣かれると大人側の仕事や作業に支障を来たすから、赤ちゃんの『泣き』を止めさせようというのは赤ちゃんの立場を全く考えていないではないか。昔から赤ちゃんは泣くことで意思を伝えようとしていると教えられてきた。玩具で泣きを止めようとする大人は赤ちゃんが訴えようとしている「何か」を聞き取ろうとしているだろうか。最近乳母車で赤ちゃんと歩いている母親が携帯電話に夢中になっているのをよく見るが、彼女は赤ちゃんが泣いていることなどお構い無しだし、道のデコボコや安全への気配りなどほとんど無関心に感じられる。

 そもそも赤ちゃんには『自我』がない。いつごろまでその状態が続くのか画然と示せる専門知識を持っていないが、ゴリラの母親が3年間子供を抱き続けた後父親に子育てを委ねるという例からみて人間の赤ちゃんもそんなに差は無いのではないか。そうだとすれば自我が確立するまでの間は自分と自分を取り巻く環境(母親、両親や兄弟姉妹祖父母など)が一体に感じられているはずで、その母親(等)が一体感を破るような存在になると赤ちゃんは異常を感じて「泣き」だしてそれを訴えるに違いない。自我が確立するまでの間、赤ちゃんはこの一体感との異常を繰り返し感じ、泣いて、カタルシスを経て克服し成長していくのだろう。最近度々報じられる『幼児虐待』を受けた子供が成長しても円満な人格形成ができないのも当然なことだと思う。

 赤ちゃんの泣くのを大人の都合で玩具などで『泣き止め』することの可否について専門家の意見を聞いてみたい。

2010年6月7日月曜日

でしゃばり親爺

 公園の野球場の周りのゴミ拾いをしていると少年野球の子供たちが道一杯に広がっているのに出会った。「キミたち、道をふさがないように監督さんに言われているだろう」と注意するとシブシブ道をゆずった。ここはウォーキングの周回コースになっていて歩行訓練の人もいるので保護者に注意を促しているのだが中々指導が行き届かない。野球場の入り口近くに行くと試合前の大人のメンバーが集まっている。「タバコの吸殻、気をつけてくださいね」というと「ハイ、注意します」と、こちらは聞き分けがいい。

 カベ打ちグラウンドのトンボ掛けをに行くと壁の向こう側で『コツコツ』という音がする。覗いてみると硬球でカベ投げをしている。「キミここは硬球禁止になっているの、知ってる」「ハイ」「じゃぁ、止めなあかんね」「ハイ」。彼は少し前からきていた。私がゴミ拾いに行くのをやり過ごして投げを始めたに違いない。ひゅっとしたら彼は今まで誰にも注意されなかったのかもしれない。今日はアテがはずれたわけだが、注意されたことがイヤでもない様子なのは意外だった。

 トンボ掛けが終わってトンボを仕舞って戻ってくると中年夫婦がテニスをしていた。「あの、そっちで私やりたいんですが。トンボかけてあるでしょう」「あっ、そうですね」男性はスミマセンというように頭を下げたが女性の方は不服そうな顔をして不承不承場所を空けた。

 夕方また壁打ちグラウンドへいくと小学生と大人が並んでカベ投げをしていた。暫くすると近くでキャッチボールしていた親子が子供側に割り込んできてトスバッティングを始めた。小学生は仕方なく少しゆずるように中央寄りに移動したが窮屈でやりにくかったのか止めてヘタリこんだ。するとトスバッティングのボールが飛んできて危うく顔面に当たりそうになった。さっと身をかわしたからなんともなかったが、トスバッティングの親は「ゴメンネ」も言わずにボールを拾ってそのままバッティングをはじめた。「キミ、割り込みはダメだろう。この子にゆずってやりなさいよ」と注意すると「止めようか」と子供を促して帰っていった。

 この様子を近くのベンチで見ていた私と同年輩の3人は終始無関心をよそおっていた。

2010年5月31日月曜日

それでも本は残る

 電子書籍の本格化を目前に我国出版・書店業界がその対応に大わらわである。しかし冷静に考えてみれば淘汰の時代は来て当然であり業界の抜本的再編は避けられないであろう。

 書物は媒体の変遷と軌を一にして発展してきた。最初は石や粘土板に刻まれて伝えられた情報はやがて獣皮(羊皮など)や木簡にメディア・媒体が変化し紙の大量生産とグーテンベルグの印刷革命(15世紀)によって爆発的に書物の普及が齎されて今日に至っている。500年以上の長い年月に亘って『本の時代』が続いてきたのは驚きだが20世紀後半からのメディアの多様な発達を考えれば『電子書籍時代』の到来はむしろ遅いと云っても良い位だ。ただ巷間言われているような「本が消滅する」事態にはならないと私は思っている。

 それで思い起こすのはテレビが出てきたときの『映画』との関係である。1958年に11億27百万人あった映画の入場者数がテレビの出現によって1996年には1億2千万人を割り込み『映画滅亡論』が囁かれるまでに衰退した。しかしその後徐々に増加に転じ2004年には1億7千万人までに復活、2006年には公開本数で邦画が洋画を逆転した。21世紀になって映画の入場者数が増加したのはハリウッド製の超大作映画の影響が大きかったがやがてこれも淘汰され良質の邦画が地道に映画産業復興の力となっている。
 これと同じことが出版・書店の業界に起るに違いない。
 映画復興の大きな力になった『シネコン』のように『大型書店(チェーン)』への書店の収束は今後益々加速するだろうし『テーマパーク化』へ変化していくだろう。パソコン、携帯電話、iPAD(などの新モバイル端末)とのすみ分けが進み『データベース的情報』は出版物から姿を消すに違いない。データベース的でないもの(総量の把握が必要なものや望ましいもの)が『本』として生き残り装丁の凝ったものが増えるだろう。
 
 しかしそもそも国土がバカでかく本の流通が困難なアメリカの、必要性に迫られた発明である電子書籍が、身近にいい本屋さんがあり『文庫本』という絶妙な携帯スタイルが定着している我国でそんなに必要とされるかどうかは疑問であり長い眼で見れば『電子書籍』はそれほど脅威でないかも知れない。

2010年5月24日月曜日

自由放任と公正

 21日に対照的な経済事件が報じられた。ひとつは「NTT東日本、西日本などが発注する光ファイバーケーブルや関連部品の販売をめぐるカルテル疑惑で公正取引委員会は、住友電工、古河電工など5社に対し、独占禁止法違反(不当な取引制限)で排除措置命令と総額160億円の課徴金納付命令を出した」というもの、もうひとつは「近畿運輸局は、初乗り運賃500円の継続を求めた大阪府などの『ワンコインタクシー』の法人3社と個人3人の申請を認めず、550~650円に値上げするよう通知した」という報道である。
更にこの日株価(東京証券取引所の日経平均株価)がギリシャ危機の動揺や円高の影響で大幅下落、1万円を割り込む9784円54銭の年初来安値をつけている。

 カルテルについてはその2日前の19日、EUの執行機関・欧州委員会から日韓を含む主要半導体メーカー10社が、半導体メモリーの価格維持を図るカルテル行為を行ったとして約370億円の制裁金支払を命じられたばかりであり、この中にはNEC、東芝、日立製作所、三菱電機、エルピーダメモリが含まれている。
 カルテル違反はこの数年間頻発しており多額の制裁金の例だけでも10指に余る。一方リーマンショックに端を発した2008年9月以降の金融危機はアメリカを中心とした投資銀行による不正な金融商品の開発・販売が原因であったし、現在進行中のギリシャ危機は南欧諸国の放漫な財政運営による将来のソブリンリスク(政府債務不履行リスク)を見越したファンド資金の逃避によるギリシャ経済の破綻によるものである。

 グローバル化が不可避な現在の世界経済は資本主義市場経済と民主主義が前提になっている。市場は自由放任だけでは正常に機能しない、公正な競争が保証されなければ暴発して甚大な制裁が下るシステムである。こんなことは小学生でも知っている基本原則であるにもかかわらずどうして国を代表する超大企業が繰り返し違反、不正をするのだろうか。そしてギリシャ危機は国までもが国民にたいして不誠実な違反を犯す事態に至っていることを表している。

 これらとは正反対なのがワンコインタクシーへの行政介入であり「規制による不公正」であることは、これによって『誰が喜んでいるか』を考えれば明らかだろう。

2010年5月17日月曜日

身辺瑣事

 毎朝散歩する公園に立派な欅(ケヤキ)がある。二十米近い高さと放射状に広げた枝ぶりは優に十米はあり他を圧っしている。もうとっくに若葉をつけていい時期なのに今年は連休が明けてもまだ一枚の新葉もみせない。ほかの落葉樹は皆青々と新緑に包まれているので余計気になっていた。ところが先週月曜の朝、いっぺんにすべての枝々に新葉がついたのだ。幾本かの枝から順々にでなく一斉に、全枝に柔らげでうす緑で透けるような葉っぱが吹きだしていたのだ。言いようのない嬉しさが胸に溢れた。「春がきた!」。

 この公園に昨年秋のはじめころからリハビリで歩いている男性がいる。7時過ぎから1時間ほどかけて野球場の外周を一歩一歩ゆっくりゆっくり歩いている。右足を踏み出してから麻痺している左足をステッキに身を預けて引きずるように前へ出し又右足を、という繰り返しで辛抱強くリハビリしている。それが半年も経つと最初の頃の痛々しい様子がスッカリ影を潜め、確実にリズムをもって歩けるようになっていた。「早く歩けるようになりましたね」と声を掛けると「お陰様で」とはにかみながら満面に笑みを浮かべた。それからは挨拶以外にも数言交わすようになった。医者はリハビリの指示をするだけで褒めも励ましもしてくれない、と不満をこぼしていたから私の一言が嬉しかったのかも知れない。
 一昨日は体調が思わしくなかったので野球場外周走をしないで帰ろうと思っていたら彼がいつものように一所懸命リハビリしているのが目に入った。「やっぱり今日も走らなきゃ」。

 平家物語の祇王の段に『されば後白河の法皇の長講堂の過去帳にも「祇王、祇女、仏、とぢらが尊霊」と、四人一所に入れられけり、あはれなりし事どもなり。』とある長講堂が我家の檀那寺である。その長講堂で法然上人八百年大遠忌、長講堂開基後白河法皇御忌が行われた。浄土如法経法要次第長講堂様式に則り舞楽や雅楽の奉納、美しい魚山流声明での読経など厳かに執り行われた。勅封の法皇御影(模写)も祀られ古式ゆかしく進行のうち、突然あちこちで写メやデジカメでパシャパシャやりだしたのだ。ほとんどが60才を超える紳士然淑女然とした当堂の信者さんばかり。昔人間には信じられない光景だがこれも今風なのかもしれない。「老いも若きも…」。

2010年5月10日月曜日

熱き心に

 萩原君。/何と云っても私は君を愛する。さうして室生君を。それは何と云っても素直な優しい愛だ。いつまでもそれは永続するもので、いつでも同じ温かさを保ってゆかれる愛だ。此の三人の生命を通じ、縦(よ)しそこにそれぞれ天稟の相違はあっても、何と云ってもおのずからひとつ流の交感がある。私は君達を思う時、いつでも同じ泉の底から更に新らしく湧き出してくる水の清(すず)しさを感じる。限りなき親しさと驚きの眼を以て私は君達のよろこびとかなしみとを理会する。さうして以心伝心に同じ哀憐の情が三人の上に益々深められてゆくのを感ずる。それは互の胸の奥底に直接に互の手を触れ得るたった一つの尊いものである。

 私は君をよく知ってゐる。さうして室生君を。さうして君達の詩とその詩の生ひたちとをよく知ってゐる。『朱欒(しゅらん)』のむかしから親しく君達は私に君達の心を開いて呉れた。いい意味に於いて其後もわれわれの心の交流は常住新鮮であった。恐らく今後に於ても。それは廻り澄む三つの独楽が今や将に相触れむとする刹那の静謐である。そこには限の知られぬをののきがある。無論三つの生命は確実に三つの据りを保ってゐなければならぬ。然るのちにそれぞれ澄みきるのである。微妙な接吻がそののちに来る。同じ単純と誠実とを以て。而も互の動悸を聴きわけるほどの澄徹さを以て。幸に君達の生命も玲瓏乎としてゐる。(略)

 萩原君。/何と云っても私は君を愛する。さうして室生君を。君は私より二つ年下で、室生君は君より又二つ年下である。私は私より少しでも年若く、私より更に新しく生れて来た二つの相似た霊魂の為めに祝福し、更に甚深な肉親の交歓に酔ふ。/又更に君と室生君との芸術上の熱愛を思ふと涙が流れる。君の歓びは室生君の歓びである。さうして又私の歓びである。/この機会を利用して、私は更に君に讃嘆の辞を贈る。               
大正六年一月十日                                  北原白秋 
                           (萩原朔太郎詩集《月に吠える》・序より)

 互いの天稟(才能)を認め、至上の理念への崇高な同志的結合を熱告する高揚感。今の日本に最も欠落しているものである。

2010年5月4日火曜日

検定教科書は必要か

 常々お笑い芸人やテレビの女性タレントがニュースショーでシタリ顔でコメントするのを苦々しく思っていた。しかしよく考えてみるとこれは私の「権威主義」のなせるわざであって、政治や経済、また社会問題などに関して彼らは公共の場で意見を言う立場にない、と決めつけているからに他ならない。
 
 権威について言えば「先生」はむかし、間違いなく「権威」であった。学校が『唯一の知の源泉』であり先生は地域で最も高学歴の存在であり尊敬の対象であった。知識や教育は「学校の独占事業」で先生はそのエリート社員であった。そうでありながら教科書が中央政府の官僚組織による「検定」を受けなければならなかったのは、後進国特有の中央集権的国家体制のせいであり、最も中核的な教育手段である教科書は少数の「トップエリート」の専任事項として神聖不可侵の『権威』としなければ『効率的教育成果』を達成することは困難であると思い込まれていた。

 しかし今や状況は一変した。教育機関や知識(学問)を発信するメディアは多様化し学校はその一つに過ぎなくなった。住民の学校へのニーズは複雑化し先生以上に高学歴の地域住民も多くなり先生はそれだけでは尊敬の対象にはなりにくい状況になっている。価値の多様化に対応できなくなったうえに文部行政の『理念なき改革』が現場の混乱に追い打ちをかけている。

 ここに至って『全国一律の検定教科書』は必要だろうか。一握りのトップエリートがこの混乱を収拾できるのだろうか。少なくとも『地方の特性』を取り入れる時期なのではないか。北海道の児童生徒が「アイヌ民族」の歴史的過程を理解し、沖縄や九州で東京より近しい朝鮮や台湾との交流を知らずして『今日』を認識することは可能だろうか。折りしも沖縄・普天間基地問題が沸騰しているが沖縄の人たちと内地の間に問題意識に温度差があるのは当然だが、教科書がその差異に対応しているとはとても思えない現状をこのまま放置しておいていいのだろうか。
 
 「(学問は)進歩すべく運命づけられている(略)いつか時代遅れになるであろう(略)これは、学問上の仕事に共通の運命である」。M・ウェーバーが「職業としての学問」で述べている『謙虚さと畏れ』こそ『職業として学問』に携わるものの必須条件ではなかろうか。

2010年4月26日月曜日

弘法は筆を選ぶ

 ラケットを新しくした。
 ぶらっとスクールのショップへ行くと以前から欲しいと思っていたモデルが半額近いバーゲンになっている。コーチに訊ねると近いうちにニューモデルが出るので安いという。即お買い求め、と思ったがその前に『試打』して発見したことがあった。今使っているのが私のレベルにもう『間に合わなく』なっているのだ。我の腕自慢をしているのではない、相手関係も含めてそういう状況になっていることに気づいたのだ。ここ数ヶ月ほとんど目覚しい進歩がなく、特にコーチと相対のレッスンのときにしっくりこないことが多かった。別に悪いところもなくキチンと対応している積りが『打ち負け』してリターンが思うところにいかないことが度々で自信を無くしていた。それがニューラケットだとほとんどミスショットがないのだ。
 
 テニスをはじめて4年半、この間自分自身も上達したがクラスメートも腕を上げている。従って相手の返してくるボールの威力も格段に強くなっているし、コーチの送ってくるボールも始めた頃とは比較にならないほど鋭いことが多い。初心者用のラケットでは『打ち負け』するのも当然なのだがそれと気づかないで相当長い期間過ごしてきたのだ。ラケットコーナーに「初級者用」とか「中級以上」とか書いてあるのには意味があることにやっと気づいた。

 昨年マラソン(5km)を走ったとき専用シューズをはいて驚いた、普通のスニーカーと走り心地が全く違うのだ。オーバーにいえば『どこまでも走れそう』な気がした。禁止になった水着「英スピード社製レーザー・レーサー」による世界記録量産が記憶に新しいように、スポーツと道具に密接な関係があるのは分かっている。それを素直に受入れられないのは物が潤沢にない時代に育った「貧乏性」のせいだろうか。

 今週はニューラケットで颯爽とプレーを楽しもう。

2010年4月19日月曜日

蟷螂の斧

 万葉集に「物皆は/新(あらた)しき良し/ただ人は/旧(ふ)りぬるのみし/宣(よろ)しかるべし(巻十作者未詳)」という歌がある。「なんやかや言ってもやっぱり物は新しいものが良い。しかし、人間だけは私のように年経た経験豊かな方が好い」と言い切っている『老人讃歌』なのだが、これは陶淵明の『龐参軍(ほうさんぐん)に答う並に序』の一節「物は新たに人は惟(こ)れ旧」にそっくりである。陶淵明は『書経』にある「人は惟れ旧を求め、器は旧を求むるに非ず、惟れ新」を踏まえている。万葉歌人は四書五経や漢詩を必須の基礎教養として身に着けていたにちがいない。

 京都市の北区、上賀茂神社のすぐ近くに「高麗美術館」がある。ここに収蔵されている白磁や青磁は素晴らしい。こうした到来物に接した我国の陶工たちは心血を注いでこれらに肉薄しようと研鑽したに違いない。

 万葉歌人の代表格である柿本人麻呂は歌の聖と称され、彼の肖像を掲げて祭る『人麿影供(ひとまろえいぐ)』ということさえ行われたほどの存在であったが、その人麻呂も中国から深く学ぶことなくしては歌の道を極めることができなかった。人麻呂だけでない、我国の成り立ちを考える時中国や朝鮮との交わりなしに今日がないことは明らかである。又歴史を顧みるとき、ここ二、三百年を別にすれば我国はほとんど中朝の後塵を拝してきたのであり、文明史的に見れば『中国の周辺国』という位置付けを甘受しなければならないことも事実である。

 唐突にこんなことを書き並べるのは昨今の我国関係者の中国や東アジア、又アジアを中心とした新興国家への無節操な接近振りに気恥ずかしさを覚えるからである。欧米中心に経済活動を進めてきたこれまで、中国であれ韓国であれ又その他のアジア諸国を見下してこなかったといえば、それは嘘だ。それが掌を返したように上辺だけ友好な経済関係を結ぼうとしても相手に快く受入れられるはずもない。彼の国の歴史と文化を理解し尊敬の念を以て接しなければこちらの『下心』を見透かされて当然である。それなしの、臆面もない『金融危機以後の豹変』に対して全く批判のない言論界に『蟷螂の斧』を振りかざそうとしたのが今回のコラムである。

2010年4月12日月曜日

阪急のロマンスカーがなくなった

 淡路駅で阪急に乗り換えるとき、2ドア車か3ドア車かで乗車位置が違うため立ち位置の判断が難しかった。先頭のことが多かったので2ドアの位置で3ドア寄りに立ち列車表示板に3ドアの表示が出ると、ツイと身体を3ドア側に寄せるなどという姑息な手段を講じたりしていた。ところが気がついてみるとこの数週間、2ドア車が来ないのだ。よくみるとホームの乗車位置のマークも消えている。「えっ、2ドア車なくなったの!」。
 駅員さんに聞いてみると春のダイヤ改正(3月14日)で6300系車両の使用が終了したという。ATS(自動列車停止装置)の改良工事が完了しスピードアップが可能になったので老朽化した6300系車両は引退せざるを得なかったらしい。

 6300系車両とは阪急京都線の特急に走っていた車両で、2ドアで通路を挟んで2人掛シートが進行方向に向かって整然と並んだ車両だった。ヘッドレストに白いカバーが掛けてあり座席に高級感があって我々一般人は「ロマンスカー」と呼ぶ、いわば阪急の看板電車だった。梅田や河原町のホームで特急待ちをしている人の中にはこの車両を楽しみにしている人もあって、他の車両が来ると1台やり過ごしてわざわざこの電車に乗るというファンもいた。進行方向に向かっている座席を折り返しのターミナル駅で一斉に反対側にバッタンと方向換えするのを物珍しそうにみている地方の人もいてこちらとしてはちょっと誇らしい気持ちになったものだ。

 それにしても勿体ない事をしたものだと思う。廃車の理由として会社は表向きスピードアップに耐えられないからといっているが当面は僅か40~50秒のこと、これが本当の理由とは思えない。京都線は京阪、JRに加えて近鉄もあって競争の激しい路線である、生き残りは大変であろう。阪急はメンツも捨てて阪神と経営統合し阪急阪神ホールディングスを築き関西鉄道競争の先頭を走っている。その、次ぎの一手が『ロマンスカーの廃止』なのだが、果たして吉凶いずれに出るか。ちなみに私は最近京阪の『2階建てロマンスカー』を利用することが結構多くなっている。

2010年4月5日月曜日

アメリカという国について」

 アメリカ文化への憧れを幼年期に刷り込まれた私にとってJ・F・ケネディの大統領就任はその最も輝いた時期であった。そして皮肉にも彼が暗殺されることによってアメリカ文化の凋落が始まった。21世紀初頭の9・11は大きな転換点であり2008年の金融危機はアメリカ文化への不信を決定づけた。
アメリカという国は一体どうしたのだろうか、ここ数年考えつづけてきた。そして答えは思わぬ方向から届いた。池澤夏樹が「世界文学を読みほどく」のなかで提示している非常に示唆に富んだアメリカ観を知ることによって、年来の疑問に納得の道筋をつけることができた。
そこで以下にそのあらましを記してみたい。

 《あの国は全て白人の土地ではなく、本来インディアンの土地だったのです。それを奪った。(略)(アメリカ人のいう)マニフェスト・ディスティニー(明白な運命、或いは、神に与えられた使命)自体が、収奪、奪うことではないのか。(略)かって奪ったということ、それから黒人をアフリカから連れてきて束縛した上で、強制労働をさせた、それによって冨を作った、ということは、アメリカ人の心のどこかでずっと、一種の重い罪の意識のような形でずしんと残ってきたのではないだろうか。》
《自分たちだけで事を決めて、それを実行する。何故なら中央は遠いし、過去に先例がないから。(略)しかし、先例がない、過去を引照できない、つまり過去の事例を引用したうえで今を決められない。これが歴史がないということです。だから、ある意味でやりたい放題になる。》
 《アメリカという国にはなぜいまだにあれほど銃がたくさんあって、自分の判断、自分たちの判断で人を殺すことが抵抗なく行われるのか。それは、彼らには、法律と倫理、治安、セキュリティーを自前で賄わなければいけなかったという歴史があるからです。(略)そしてそれはその後、現在に至るまでずっと続いています。非常にドラスティックなことをいきなりしてしまうのです。》
 《アメリカは若い国である。ヨーロッパのように罪を知らない、まだ穢れていない。なぜならば、罪のない悔い改めた清らかな人たちだけが、メイフラワー号で渡ってきて造った国だから、アメリカはイノセントである、という信念が、最初にあるわけです。(略)倫理の基準が自分たちの中だけにしかない、先例が足りないということは否定できない。それでなおさら、共通の倫理観を作る前に先ず行動してしまう。ローカル・ルールで人を裁いてしまうという姿勢は、いまだに変わっていません、》
 《「パラノイア(偏執病)」というのは、今のアメリカを解読するための鍵の一つとして、大変大事な役割を持った言葉です。(略)事実は「イラクにはもうそんな力はない。彼らにそんな意図はない」ということを示していたのに、このパラノイアに乗って実際に戦争が始まってしまう。不思議な社会だと思います。》

 1776年に建国され僅か150年余りで世界の覇権を握った「若い穢れのないアメリカという国」。その覇権に蔭りが見え始めた今、アメリカはどこへ行こうとしているのだろうか。『文学者・池澤夏樹』は政治や経済の底にある『悩めるアメリカ』を鮮烈に教えてくれている。

2010年3月29日月曜日

迷走する郵政民営化

 郵政民営化が迷走している。亀井金融相の郵政見直し方針は(1)郵便局会社と郵便事業会社を持ち株会社に統合して3社体制にする(2)政府の出資比率を1/3超にする(3)郵便貯金の預入限度額を2000万円に引上げる、などを骨子にしている。
 これに対して民営推進派からは「民業圧迫」の声が強い。(1)民間金融機関のペイオフ(預金保護)が1000万円の預金と利子であるのに対して実質政府保証の元に2000万円保証されることになり正常な競争が阻害される(2)限度額の2000万円への引き上げは金持ち優遇策だ(3)民間資金が集中することで国債発行の膨張につながり財政規律が失われる、などが反対の主な論点になっている。

 賛否を論ずる前に我国の貯蓄の状況(平成20年度)を見てみよう(総務省統計局・家計調査年報による)。
(1)2人以上世帯の平均貯蓄額(現在高)は1680万円、うち勤労者世帯では1250万円(2)中位数(貯蓄額順に人数を数えたときの丁度真ん中の人の金額)は2人以上世帯で995万円、勤労者世帯では757万円(3)2人以上世帯で平均額を下回る世帯数は67.6%、100万円未満の貯蓄額の世帯数は10.7%に上る。
こうした数字を見ると「金持ち優遇」という批判の正しいことが分かる。従って小泉改革は格差拡大を齎したという批判勢力が郵政民営化見直しを行おうとしているのであるから、見直しは格差を今以上に拡大する方向に働くから理念と矛盾することになる。そしてペイオフの実質拡大は間違いなく民間資金を郵貯、カンポにシフトさせるであろうから、現在の運用のあり方から類推すれば「国債の発行余裕」は増大するに違いない。

 見直しは『民業を圧迫』するだろう。しかし民間金融機関が本当に一般市民や中小企業のために機能していたかどうかは検討の余地がある。金融危機時の「貸し渋り・貸しはがし」は記憶に生々しいし、最近の銀行店舗は「富裕層向け窓口」が半分以上のスペースを占めている。又僻地や離島などへのユニバーサルサービス提供にしても、採算ベースに乗らないからと放置してきたことは批判されて当然である。

 どっちもどっちやなあ、というのが庶民の気持ちに違いない。

2010年3月22日月曜日

いい店がまた無くなった

 駅前にあった馴染みの文房具屋が無くなった。いや正確に云えば商売替えしていた。かなり高齢の婆さんが店番をしていた頃は金封の表書きなども器用にしてくれて大いに助かったこともあってできるだけこの店を利用するようにしていた。数年前に婆さんが入院してから表書きは断るようになったがそれでもこの店を贔屓にしていたのは、文具の種類は多くなかったがそれぞれに高級品から廉価品まで多点数置いていたので好みの品を選ぶことができたからだ。久し振りに店に行ったのも7ミリ幅の附箋がここにしか置いていない近所の事情からだったが、無惨にも文具は片隅に追いやられ『高級バッグや時計』が所狭しと店を占領していた。
 又『いい店』が無くなってしまった。

 好きな喫茶店がある。カウンター席と椅子席に10人も入れば満席になる小じんまりした店で小粋なママさんがいる。コーヒーが抜群に旨いのだがこの店の一番は『客筋の良さ』だ。ほとんどが年金生活者層だが話が面白いし皆が居心地の好い雰囲気を醸す存在なのが嬉しい。
 昼食によく使う中華料理店は何といっても料理が旨い。給仕の女性も料理人も威勢が良く生き生きとしている。女将さんの愛想が心地良い。オーダーから配膳までの時間が少々長いがいつも満足している。
 いきつけの居酒屋はもう何年も通っている店で極めて居心地が好い。カウンターのなかの親父は二代目で先代からの付き合いの私にとっては弟のようなものだしおばちゃんは私の子どものころから知っている。先代譲りの割烹料理は筋が通っている。
 アバンザのジュンク堂が好きなのは本揃えが潤沢で店員の商品知識が豊富なところにある。客応対もそつがない。

 こうしてみると私の好きな店は、納得の商品を居心地の好い人空間のなかで購入できる店といえそうだ。もしこれを『いい店』とするならジュンク堂を除けば凡そ『今風』でない。これでは「またいい店が無くなった」と嘆き続けていくことを覚悟しておく必要がありそうだ。

2010年3月15日月曜日

トヨタと司馬遼太郎と

 トヨタバッシングが一向に収まらない。しかし報道の全てを真実と信じるべきかについては慎重な検証が要る。『アクセルが踏み込んだ状態で戻らなくなって高速のまま衝突した死亡事故の運転中の自動車からコールセンターに伝送されている緊急救助依頼のリアルタイムの声』が度々テレビで流された時ある種の企図を感じた。あの声が捏造されたものだと言っているのではない。あのような報道のかたちに悪意を感じたのだ。

 2009年3月期にトヨタは4369億円の赤字を出したがマスコミはこれを金融危機の影響だとした。しかし同業他社に比べて突出したトヨタの赤字の多くの部分が過剰投資(早すぎた成長願望)であったと米議会公聴会で社長が言明した。品質管理体制にも不備があったと彼は認めている。トヨタの『ものづくりノウハウ』に対する絶賛振りは異常過ぎた。早い時期から批判はあった。納入業者がカンバン方式の指定時間に合わせるためにトヨタの門前に長時間列を成して並んでいることや、カイゼン活動の時間が就業時間として認められない労働基準法違反のことなど、小さく報じられていたが多くのマスコミは無視した。

 ちょっと前まで私の周りでは司馬遼太郎の「坂の上の雲」のテレビドラマの話題で持ちきりだった。確かに彼の書くものは面白い。今や司馬文学は国民文学の地位を確保している。しかし私はかねてより彼のものを『小説』としては如何なものかと思っていた。だがこんな私に同調する人など皆無で長い間寂しい思いをしてきた。ところが最近こんな文に出会った。「彼(司馬遼太郎さん)の小説は半分以上エッセイだと言ってもいい。(中略)時として小説の体裁を成していないぐらい、そっちの方が多い。そういうやりかたもあるということです」。これは池澤夏樹の「世界文学を読みほどく」の一節である。さすがは池澤さんだ、私の言いたいことをズバリ表現している。長年の胸のつかえが一挙にほどけた。

 トヨタにしても司馬さんにしても、日本の誇るべきものであること論をまたない。しかしだからといって全面的に、なにからなにまで認めるのではなく、正当に評価する姿勢が必要なのではないか。そして時として過ちを見つけ、正す、厳しい目を失わないようにしないと、又、いつか来た道に迷い込んでしまうのではないかとおそれる。

2010年3月8日月曜日

テレビの凋落

 チリ地震による津波警報発令に伴う避難率が極めて低いことが問題になっている。青森県の場合大津波警報による避難者は避難指示・勧告対象者約6万6千人に対して実際の避難者が約3千人の5%未満に止まっている。全国の平均は6%前後のようだったが憂うべきは津波警報が発令されている海浜に見物に出かけたりサーフィンをする人がいたことだ。批判に応えて予測が過大だったと気象庁が謝罪したが、原因は予測の精度以外のところにもあるように思う。

 テレビというメディアに対する我々の信用度合いが極端に低下していることが大きく影響しているのではないか。芸能とスポーツから始まった情報トーク番組みが政治経済にまで対象を広げ全てをショー化した。犯罪も政治も劇場化し、政治家の発言が軽々しいものになってしまった。コメンテーターに多くのお笑い芸人や『隣のおじさんおばさん』的なタレントが多用されたことも手伝ってテレビが極めて卑近なものに変わってきた。インターネットの普及は情報源の多様化を齎し、テレビの一方向性が情報操作を疑わせる方向に作用した。これらの全ての相乗効果でテレビの信用度が急激に低下した。「テレビのいうてることはウソでっせ」という大阪のおばはんの捨て台詞が妙に当たり前のように感じられるようになっている。そんななかで津波警報が発令され終日テレビ画面の片隅に『警報地図』が貼り付けられ、時々に各地の情報が細切れに報じられるにつれ、心のどこかで『これもまた津波ショー』かと警戒心が急激に薄れていったのではないか。
 
 テレビはメディアとしての在り方をもう一度考え直すべきであろう。

 スノーボードの国母選手について一言付しておきたい。この件も視聴者の苦情をテレビが無批判に取り上げて騒動になってしまった典型だ。彼はオリンピックの制服をどう着こなせば自分流のおしゃれができるかを真剣に考えたと思う。その結果があのスタイルであって日本人の好きな『彼の美学』がそこにある。もしそれを否定するなら一昨年の今頃大バッシングを受けていた「奈良のせんとくん」の現状をどう説明するのか。

2010年3月1日月曜日

患者の立場


 早朝の公園は結構賑わっている。一番多いのは犬の散歩をしている人たちで彼らのご苦労には頭が下がる。盆も正月もない。考えてみれば当然のことで犬に正月はないし少々の雨なら散歩したいのだろうが、人間様は二日酔いになることもあれば体調不良のときもあろうに、可愛いいのだろう。

リハビリで体操やウォーキングをする人が意外と多い。そんななかに昨年の夏頃から来ている男性がいる。彼を始めてみたとき、杖にすがって右足を持ち上げるだけで数秒、左足をひきずって引き寄せるのに数秒と痛ましい限りの努力をしていた。半年ほどして、野球場外縁周回走している私が1周する間に20メートルほど歩けるようになっていた。それから3ヶ月少々、この間に急速に能力が向上したのだろうか、私が1周する間に200メートルも歩けるようになった。「早くなりましたね」と声を掛けると「ええ、ありがとうございます」と答えた顔の何と嬉しそうな輝きを放っていたことか。それから2、3日して又であったので並んで歩きながら「本当に早くなられましたね。医師(せんせい)がびっくりしているでしょう」とはなしかけた。「いいえ、医者は何にも言いませんよ」とさびしそうにいった。

 彼によると病状は左肢麻痺で治療は理学療法によるリハビリが主となっている。数人の療法士が担当しているらしいが療法や運動の効果とその発現部位を詳しく説明してくれる人は極めて少ないという。医師はデータで治療の進行具合をみているが患者の努力や能力の回復程度についての感想や進言はほとんどないらしい。

 弱者(高齢者や患者もそうだが)は褒められることが極めて心地良い。他人に命じられて、或いは自分で目標を定めて努力した結果が、僅かでも表れたら褒めてもらいたいものだ。すると又努力する。この良循環が更に効果を高める。医師(理学療養士などの医療従事者一般も含めて)はデータと同等に患者本人からの情報収集を扱う方がよい。情報交換を医師・患者間で密にして大いに患者を褒めてあげるようにすれば治癒率は今以上にアップするだろうし患者は医師を信頼すること請け合いだ。

 今のような状況でセカンドオピニオンなど有害無益、いたずらに混乱を招くだけだと思うのは私だけだろうか。

2010年2月22日月曜日

本願誇りと断章取義

 2012年の750回忌大遠忌を控えて親鸞上人縁の出版が相次いでいる。親鸞上人といえば歎異抄にある「善人なおもて往生とぐ、いわんや悪人をや」が有名だが、これを『徳を重ねた善人が救われるのは当然だが、本願他力のみ教えは一声念仏で悪人までもが救われる』と解釈して殺生、盗み、邪淫などの悪行のふるまいを恐れない不逞の輩が出た。「本願誇り(ほんがんほこり)」はそうした行いを戒めた言葉だが、今もそれらしい人がどこやらにいそうな気がする。

 陶淵明の「歳月 人を待たず」はよく知られている。「時に及んで まさに勉励すべし/歳月 人を待たず」とつづけて『若いときは二度ないのだから時間を大切にして勉強に励みなさい』という教えに使う人が多い。しかしこの詩の真意は『チャンスを逃さず大いに遊びなさい』なのであって、前段に「歓を得なば まさに楽しみをなすべく(歓楽の機会を得たなら楽しむべきである)」とあるのだが、ここを読まないで先のような別の意味に使われることが多い。このようにもとの詩の一部を引用して、自分に都合のいい意味に使うことを『断章取義(だんしょうしゅぎ)』という。これを地で行っている人がいないか。
 
 もうお分かりだと思う。民主党の鳩山総理と小沢幹事長がその人だ。小沢氏は検察批判を繰り返し事情聴取を拒んでいたが一旦「嫌疑不十分で不起訴」になるや「検察の厳正な捜査に基づく公正な判断」と豹変、逆手にとって「国民の納得を得られたと思う」などと開き直るのは、まさに『断章取義』そのものだ。また鳩山氏も脱税紛いの偽装献金事件を犯しておきながら、修正申告して納税すればそれで無罪放免とばかりにノラリクラリの国会答弁で説明責任を免れようとするのは『本願誇り』と戒められても仕方ないのではないか。
 
 民主党は我国政治史上画期となる「政権交代」を実現した。両氏はこの偉業の立役者である。潔く身を処せば憲政史上に燦然と輝く存在として語り継がれるに違いない。晩節を汚さず自らの政治活動に幕を引いてほしいと、切に願う。

2010年2月8日月曜日

失ったものと守られたもの

 2010年2月4日はひょっとしたら日本にとってターニングポイントになるかも知れない。朝青龍引退、小沢民主党幹事長不起訴、トヨタのリコール問題の3つが同時に起ったからだが、このいずれもが後から考えると日本に大きな変化を齎すきっかけになる可能性を秘めている。そこで『失ったものと守られたもの』という視点からこれらの問題を考えてみたい。


 トヨタのリコール問題で失ったものは余りに大きい。高度成長の初期の頃、今の中国と同様に「安かろう、悪かろう」が日本製品に対する世界の評価であった。半世紀近い年月をかけて「高品質高付加価値」と世界から賞讃を受けるまでに高めた、その国を挙げての努力を一瞬にして水泡に帰したトヨタの責任は重い。影響はトヨタ一社に止まらず、又自動車産業だけでなく全産業に及ぶに違いない。『驕る平家』の過ちをトヨタまでもが犯してしまったことになるが、しかしこれによって『トヨタのものづくり神話』が崩壊すれば日本を覆う閉塞感を打破するきっかけになるかもしれない。20年に及ぶ我国の低成長は企業の低収益体質が根本にあるがそれは画期的なイノベーション(例えばiPod)が生まれていないことに原因がある。「ものづくり」ではなく「もの生み」が今必要でありそれには「トヨタのものづくり神話」からの脱却も必要なステップなのだ。ものづくりを知らない若い人の発想を生かす環境の醸成が日本経済活性化に求められていることに気づくべきだ。


 小沢幹事長不起訴の守ったものは言わずもがなだ。金とカネによる数の力による支配という古い自民党体質の政治はもう要らない。


 朝青龍引退で守られたものは何だろうか。もしそれが『国技の権威と横綱の品格』だとしたら空しい。でも多分そうなのであって、だから今「後味の悪さ」を感じているのだ。何時から相撲が『国技や神事』に『権威や品格』の対象になったのだろうか。私の幼い頃―終戦直後は国技と言われていなかったように憶えているし、一説ではコピーライターが最初に「国技」という形容をしたともいわれている。一体品格とか権威という言葉の中味は何なのだろうか。今の日本が喪失したものを相撲や横綱に求めているのだとしたら外人の横綱にそれは無理だし、相撲協会が代表する大相撲にそれは無い。

 力士の呼び名の「四股名」が元々は『醜名』であったということは相撲の出自を表していないか。


2010年2月1日月曜日

阪急河原町店閉店

 阪急河原町店が閉店になるという。西武有楽町店の閉店も先に報じられていたから百貨店凋落の傾向は止まる気配がない。これについては専門家の分析が多く伝えられているので私如き素人のしゃしゃり出る幕はないのだが若干私見を述べてみたい。

 先日「めざましテレビ」で小倉智明が『百貨店らしさが無くなったことが原因じゃないのか』と言っていた。彼の『百貨店らしさ』がどういうことか分からないが私もそう思う。百貨店とは文字通り『百貨』が取り揃えられた小売店であるにもかかわらずその強みが殆んど生かされていない。ファッションを考えてみよう。今『フアストファッション』が人気だがこれは何も『安価』なだけが原因ではない。二万円程度で全身を着飾れるから受入れられているのだと思う。彼女たちは洋服を買っているのではなく『変身』しているのだ。そのためには上着だけでなくパンツも帽子も靴も、できれば下着もメイクも替えたい。それを叶えてくれるからフアストファッションが支持を得ているのだと考えると、百貨店の不振は当然に思えてくる。単品、それもメーカー単位で張り合って、ひとつ店にありながら総合力が発揮されていないのだから、そうなればその道の専門で最高のスタッフを揃えたブランド店に負けるのは当然だ。しかし『変身』に最も適した小売店形式は『百貨店』ではないのか。顧客の望みを専門家の立場からプロデュースし自店にある商品をコーディネートして『変身』させてあげる。価格的にフアストファッションとは比較にならないかも知れないがそうした客層を相手にすればよい。今までのターゲットとそう懸け離れていないところに顧客はいる。

 ハードからソフト、ソリューションビジネスへ、『もの』から『こと』へという趨勢が成熟した産業社会だ。IBMがパソコン生産から脱却したのを典型とすれば、水処理技術や装置の生産で世界一でありながら水ビジネスでフランスなどの欧米企業に遅れをとっている日本企業はこの世界の潮流をまだ十分に理解していない。百貨店でいえば商品はハードだ。それと顧客を結び付けていかにソリューションビジネスとして成立させるか。そこに百貨店再生の解がある。

 定年退職した亭主が長年連れ添った妻を思いっ切りイメージチェインジさせてあげたい、これからの人生を共に歩むためのスタートに当たって、少々豪華に。こんな男のロマンを叶えてくれるところが百貨店ではないのか。



2010年1月26日火曜日

年金生活者の友人関係

おかしなタイトルだが「老後の友人」というのもシックリこないのでこのまま書くことにする。
 実はこんなことがあった。
 近くの喫茶店で昵懇に願っていたNさんがとんと来なくなってしまった。正月も明けて二週間になるのにまだ一度も顔を見せないとY子(喫茶店Bのママ)さんは心配顔だ。元々は偉丈夫だったらしいがここ5年ほどの間に開腹手術を3回もやったせいで今では白皙痩躯の仙人然としている。そんなNさんと私が親しくなったのは彼の奥さんの伯父さんが以前私が勤めていた広告会社の社長だったことが知れたからで、加えて彼の博識と年齢を感じさせない新鮮で大胆な感覚に私が敬服していることも関係しているかもしれない。事情があって奥さんは両親の看病で東京へ行ったきりで独り暮らしをしている。

 Nさんは相当な大物だ。K大の農学部出身で行政の相当なところまでいったにもかかわらず浪人し、外国生活をへて農業関係の研究所を主宰、各地の行政と連携活動をしていたようだ。今でも時々講演で東京へ行ったりしているがいかにも「悠々自適」がふさわしい立ち居振る舞いで喫茶店でも異彩を放っている。
  
 数日してNさんが顔を出したとY子さんが嬉しそうに報告してくれた。食事を受け付けないので何も食わずに寝ていたのだという。何故病院へ行かなかったのかとY子さんが訊ねると、点滴して延命するしか能のないような医者なんぞと強がっていたという。いかにもNさんらしい。

 この喫茶店以外にも新しくできた友人が何人もいる。名前以外に互いに立ち入った詮索をしないから友人と呼べるかどうかも怪しい繋がりだが私は大事にしている。しかし今度のNさんのようなことがあると心が痛む。考えてみれば70歳を超えた人が多いし、中には85歳という人もいるから当然私は彼らとの別れを迎えることが多くなるだろう。別れは辛い。それが煩わしければ出会いをつくらなければいいのだが私にはそれはできそうにない。これまでの友人―幼友達や学校時代の友人、職場での交友関係まででもういいと、人と打ち解けることを拒否する生き方もあろうが、それでは寂しい。

 気の合う人と気楽に楽しく交わりながら健康で長生きがしたい。



2010年1月18日月曜日

神が作り給うた物

 ヨーロッパに招待されたサモアの大酋長が島に帰って「ヨーロッパ文明は何であったか」を島民に次ぎのように報告した。「物にはふたつあって、自動車やテレビなどは人間の作ったものだが、もう一つ『神の作り給うた物』というのがあって、それは美しい星空やきれいな砂浜、おいしい魚などだ。そういう物は我々の方がはるかに豊かで、自分たちの文明が物に関して貧しい文明だとは思っていない」(『パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』より)。

世界第二の経済大国、という我国のブランドがついに中国に破られてしまうという表現がこのところメディアに度々あらわれる。更に少子高齢化によって労働力人口が2005年の6,772万人をピークに2025年には6,296万人にまで減少するからこのまま放っておくと日本は世界の中流国に成り下ってしまう、などという論調も少なくない。一方で先ごろ開かれた環境問題を話し合う「COP15国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)」では世界の国々が自国の豊かさへのエゴを剥き出しに主張しあう醜態を曝していた。
 ツイアビさんが見たら何と言うだろうか。

200810月のリーマンブラザースの破綻に端を発した金融危機に象徴されるように我々は今『人間の作った物』に執着しすぎている。勝ち組負け組などという厭な言葉も片方からの価値判断で多様な人間の存在を切り捨ててしまう偏狭な表現だ。負けてもいいとは云わないが、50年前の我国のレベルにようやく達した中国や印度に対してもう少し鷹揚に対する姿勢が指導者やメディアに望めないものか。そしてやがて彼らも辿るに違いない『成熟期』の国のあり方の新たな方向性を示す革新的な世界観を呈示するようなリーダーが現れないものか。

世界中から出店されていたブランドの退却が続いているという。日本人も少しは賢明になった証だろうが、もう少し深く考えてGDPというもの差しも『一方からの偏った価値判断』の指標に過ぎないことに気づけばもっと社会の在り様が変わってくるに違いない。



2010年1月12日火曜日

ちょっと得した話

 大阪環状線のとある駅近くの中華料理店を贔屓にしている。中国人のオーナーの流儀なのだろう、オーダーが通ってから料理を始めるので配膳までに時間を要するのがイラチの大阪人にはつらいところだが、本格中華の味がそれを補って余りあるので結構繁盛している。お昼の定食が740円というのもちょっと高めだがオーナーは主張を曲げないでいた。

 
昨年10月に一軒挟んだ隣に今評判の中華チェーン店が出店してきたことから状況が変わってきた。麺類を含めた一品料理のどれかを半額以下で、更にもう一品も値下げした月変わりのサービスメニューを提供するようになったのだ(生ビール水曜日中ジョッキ200円もついている)。女将さんは相当心配していたのでどんな手を打ち出してくるか楽しみにしていたのだが随分思い切ったものだ。さてチェーン店が開店してみると意外にも客足は衰えるどころか以前より5割方客数が増え、昼食時は一、二階満席になってしまうことも少なくない繁盛振りになった。この勢いは3ヶ月立った今も変わりはない。考えてみれば広くはないがビジネス街で乗降客もソコソコあるこの駅周辺に中華料理店(ラーメン店ではなく)が一軒しかなかった事がおかしいので、そのため競争がなかったが、そこへライバル店ができて変化が起った。その結果客にも店にも利益があったのだから競争はやっぱり必要なのだ。

 
20年間日本経済はほとんど成長していない(1992年と2009年の名目GDPは共に約480兆円である)。実質GDP466兆円から526.7兆円になっているからざっと13%も物価が下がったことになる。この長期のデフレは需要不足の状態が20年間解消されずにきたことを意味し簡単に言えば多くの産業で過剰供給体制が放置されたまま新陳代謝が進められてこなかった結果といえる。成長期を終えた産業から新規産業への資源の移転が円滑に行われなかった原因は規制緩和中途半端で民間の活力が十分に生かされなかった影響が最も大きい。要するに規制によって自由な競争が阻害されてきたせいである。

 500
円タクシーがなくなるという、一体誰が得をするのだろう。