2010年5月10日月曜日

熱き心に

 萩原君。/何と云っても私は君を愛する。さうして室生君を。それは何と云っても素直な優しい愛だ。いつまでもそれは永続するもので、いつでも同じ温かさを保ってゆかれる愛だ。此の三人の生命を通じ、縦(よ)しそこにそれぞれ天稟の相違はあっても、何と云ってもおのずからひとつ流の交感がある。私は君達を思う時、いつでも同じ泉の底から更に新らしく湧き出してくる水の清(すず)しさを感じる。限りなき親しさと驚きの眼を以て私は君達のよろこびとかなしみとを理会する。さうして以心伝心に同じ哀憐の情が三人の上に益々深められてゆくのを感ずる。それは互の胸の奥底に直接に互の手を触れ得るたった一つの尊いものである。

 私は君をよく知ってゐる。さうして室生君を。さうして君達の詩とその詩の生ひたちとをよく知ってゐる。『朱欒(しゅらん)』のむかしから親しく君達は私に君達の心を開いて呉れた。いい意味に於いて其後もわれわれの心の交流は常住新鮮であった。恐らく今後に於ても。それは廻り澄む三つの独楽が今や将に相触れむとする刹那の静謐である。そこには限の知られぬをののきがある。無論三つの生命は確実に三つの据りを保ってゐなければならぬ。然るのちにそれぞれ澄みきるのである。微妙な接吻がそののちに来る。同じ単純と誠実とを以て。而も互の動悸を聴きわけるほどの澄徹さを以て。幸に君達の生命も玲瓏乎としてゐる。(略)

 萩原君。/何と云っても私は君を愛する。さうして室生君を。君は私より二つ年下で、室生君は君より又二つ年下である。私は私より少しでも年若く、私より更に新しく生れて来た二つの相似た霊魂の為めに祝福し、更に甚深な肉親の交歓に酔ふ。/又更に君と室生君との芸術上の熱愛を思ふと涙が流れる。君の歓びは室生君の歓びである。さうして又私の歓びである。/この機会を利用して、私は更に君に讃嘆の辞を贈る。               
大正六年一月十日                                  北原白秋 
                           (萩原朔太郎詩集《月に吠える》・序より)

 互いの天稟(才能)を認め、至上の理念への崇高な同志的結合を熱告する高揚感。今の日本に最も欠落しているものである。

0 件のコメント:

コメントを投稿