2010年5月17日月曜日

身辺瑣事

 毎朝散歩する公園に立派な欅(ケヤキ)がある。二十米近い高さと放射状に広げた枝ぶりは優に十米はあり他を圧っしている。もうとっくに若葉をつけていい時期なのに今年は連休が明けてもまだ一枚の新葉もみせない。ほかの落葉樹は皆青々と新緑に包まれているので余計気になっていた。ところが先週月曜の朝、いっぺんにすべての枝々に新葉がついたのだ。幾本かの枝から順々にでなく一斉に、全枝に柔らげでうす緑で透けるような葉っぱが吹きだしていたのだ。言いようのない嬉しさが胸に溢れた。「春がきた!」。

 この公園に昨年秋のはじめころからリハビリで歩いている男性がいる。7時過ぎから1時間ほどかけて野球場の外周を一歩一歩ゆっくりゆっくり歩いている。右足を踏み出してから麻痺している左足をステッキに身を預けて引きずるように前へ出し又右足を、という繰り返しで辛抱強くリハビリしている。それが半年も経つと最初の頃の痛々しい様子がスッカリ影を潜め、確実にリズムをもって歩けるようになっていた。「早く歩けるようになりましたね」と声を掛けると「お陰様で」とはにかみながら満面に笑みを浮かべた。それからは挨拶以外にも数言交わすようになった。医者はリハビリの指示をするだけで褒めも励ましもしてくれない、と不満をこぼしていたから私の一言が嬉しかったのかも知れない。
 一昨日は体調が思わしくなかったので野球場外周走をしないで帰ろうと思っていたら彼がいつものように一所懸命リハビリしているのが目に入った。「やっぱり今日も走らなきゃ」。

 平家物語の祇王の段に『されば後白河の法皇の長講堂の過去帳にも「祇王、祇女、仏、とぢらが尊霊」と、四人一所に入れられけり、あはれなりし事どもなり。』とある長講堂が我家の檀那寺である。その長講堂で法然上人八百年大遠忌、長講堂開基後白河法皇御忌が行われた。浄土如法経法要次第長講堂様式に則り舞楽や雅楽の奉納、美しい魚山流声明での読経など厳かに執り行われた。勅封の法皇御影(模写)も祀られ古式ゆかしく進行のうち、突然あちこちで写メやデジカメでパシャパシャやりだしたのだ。ほとんどが60才を超える紳士然淑女然とした当堂の信者さんばかり。昔人間には信じられない光景だがこれも今風なのかもしれない。「老いも若きも…」。

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