2016年12月12日月曜日

競馬に人生の縮図を見る

 
 時たま競馬に人生の縮図を見ることがある。例えば先々週中京競馬場で行われた土曜日の「金鯱賞(GⅡ2000m」や日曜日の「チャンピオンズカップ(GⅠ)ダート1800m」はそんなレースだった。
 
 金鯱賞の出走メンバーに「トーホウジャッカル」の名を見たとき思わず「えっ!?」と声を出してしまった。この馬が地方(中京競馬場には申し訳ないが)のGⅡレースに勝利を求めてきたか…、何とも物哀しい気分に襲われた。トーホウジャッカルという馬は一昨年の「菊花賞3000m」で3分01秒フラットという驚異的な「日本レコード」で優勝した馬なのだ。そしてこのタイムは世界レコードでもあった。このとき3着のゴールドアクターは昨年末の有馬記念を勝っているし2着馬サウンズオブアースは先の11月27日に行われた「ジャパンカップ」で2着になっているなどトーホウジャッカルの勝った菊花賞は史上稀に見るハイレベルのレースだったのだ。
 ところが余りにもレースがキツかったせいでこのレースの1~3着馬の再起は想像以上に手間取った。サウンズオブアースは半年の休養でリスタートしたが再起を果したのは一年後の「京都大賞典(2015年10月)」までかかった。3着だったゴールドアクターの休養は9ヶ月を要した。そして翌年夏の条件レースをステップに順調に力を伸ばして4戦目に有馬記念を勝った。
 優勝したトーホウジャッカルは半年後の宝塚記念に出走したが4着、つづいて夏の札幌記念も不本意な8着に終わり再度休養に入る。そして半年後の今年3月、再出発を図って阪神大賞典、そのあと天皇賞(春)、宝塚記念と挑戦したが良績を残せず遂に相手手薄な中京の金鯱賞にまで条件を下げて挑んたが勝ち馬から0.7秒差の11着に終わってしまった。
 トーホウジャッカルの再起はもう無いかも知れない。残念だがその可能性が高い。サラブレッドが頂点の能力を現す3歳秋の「菊花賞」で世界最高の輝きを放った彼は、そこで燃え尽きてしまった。関係者とすれば3000mで世界最高を記録したトーホウジャッカルが3200mの天皇賞で、2400mの有馬記念で、宝塚記念2200m、天皇賞(秋)2000mでどんなレースをしてくれるか、無限の可能性を期待したのは無理からぬことであったがそれは人間の「慾」というものだったのだろう。
 
 「チャンピオンズカップ(GⅠ)ダート1800m」に出走したメンバーには多彩な過去があった。
 ラニ(3才牡)は2勝馬でありながら海外遠征、それもアラブ首長国連邦のUAダービー(GⅡ)のあとアメリカ3冠レース、ケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSに出走するという離れ業を演じた。日本と違ってアメリカの3冠レースは5月7日から6月11日という短期間に行われるのでアメリカ馬でも3レースすべてに出走するのは珍しいのだがラニは日本馬ながら果敢に挑戦した。帰国後3つのレースに出走したが芳しい結果は出ていない。しかしラニは3才。来年の飛躍が期待される。
 アウォーディーは2012年末芝レースでスタート、以後昨年の6月まで芝レースを使われたが準オープンに止まった。ところが昨年9月ダート(砂)に戦場を移してからは破竹の快進撃、6連勝でGⅠのチャンピオンズカップに出走、惜しくも2着に終わったがまだ6才。来年に期待がかかる。
 モーニン(4才牡)は昨年5月の初出走から4連勝、3着1回をはさんで今年1走目1着で2走目の2月のGⅠフェブラリーSを勝って頂点に上り詰めた。7戦6勝3着1回の完璧な戦績。ところが5月地方の川崎競馬場のかしわ記念1600mダートに出走してから調子を崩し、以後3戦勝ちに見放されてチャンピオンズCも7着に終わった。地方の力の要る深いダートが彼の肉体と精神にダメージを与えたか?
 コパノリッキー(6才牡)は18戦10勝GⅠ5勝(地方を含む)の圧倒的な戦績を誇る名馬である。しかしチャンピオンズカップでは3番人気で13着に終わってしまった。レース展開が向かなかったのか?峠を過ぎたのか?
 勝ったのはサウンドトゥルー(6才騸馬)。2012年10月の初出走以来37戦8勝でこのレースに臨んだのだが実はこの馬は昨年2月にオープン入りをするまで24戦を要している。ところがオープン入りを果してからは13戦3勝2着2回3着5回の堅実な成績を上げるようになる。昨年のチャンピオンズCでも最後方を追走しながら直線だけで3着に追い込んでいる。今年は1月の川崎記念の2着を皮切りに地方を中心にGⅠGⅡで3着3回と惜しいレースを重ねていた。追い込み脚質からレース展開に向き不向きがあるが嵌まれば破壊力を秘めているのは間違いない。騸馬というのは去勢した馬のことで気性が荒かったり騎手の制御に従順でない馬が施術されることで競争能力が飛躍的に改善されることが多い。サウンドトゥルーも2014年の夏に去勢されてからの成績は20戦7勝で着外は僅かに4回、去勢して1年経った昨年の夏以降は11戦4勝2着2回3着4回とそれまでと比較にならない安定した戦績を残した。去勢が彼をまったく異次元の競走馬に変異させたのだ。
 
 育ちのいい(血統のいい)馬が順調に成長して世界に輝く驚異の記録を挙げて、しかしその一回限りで燃焼し尽くす。同じように一度も挫折することなく頂点を極めたのち異世界に進出して体調を狂わせてしまった馬。かと思えば未完成でありながら海外進出で自己の能力を試して次なる成長に賭ける馬。一度目ざした分野で自分が不適格だと知って迷わず転職して能力を開花させた馬。自分の欠点を医学で矯正して騸馬という選択で成功を得た馬。
 そして華々しい戦績で馬歴を重ねてきたが老いて、引退の決意を迫られている実力馬。
 まさに人生の縮図である。
 
 競馬は奥の深いゲームだ。多様な楽しみ方がある。賭け事だから勝って何ぼと儲けを最優先にするのが標準的な楽しみ方だろう。もっぱら推理を楽しむ派もある。競馬ブームの始まったころ活躍した虫明亜呂無という競馬評論家は1レース200円の複勝馬券しか買わなかった。高い『授業料』を払って結局「競馬は儲からない」と観念して。年金生活になって、入ってくるものが限られて、この先増える見込みはまったく無いと思い知らされて、そんな『老いた勝負師(?)』でも競馬は楽しい。年末の『鉄火場』に人生の縮図を見られる余裕は授業料の見返りか。
 それにしては高い授業料を払ってしまったものだ。
 
 

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