2017年1月23日月曜日

豊洲問題を考える一視点

 豊洲市場の地下水モニタリングの結果、環境基準の最大79倍となるベンゼンなどの有害物質が検出されたとして問題化している。ベンゼン(環境基準0.01mg/ℓ)35カ所 最大0.79mg/ℓヒ素(環境基準0.01mg/ℓ)20カ所 最大0.038mg/ℓシアン(環境基準不検出39カ所 最大1.2mg/ℓなどを検出した。移転の可能性に疑問符がつくのではないかと危惧されている。
 しかしこの問題はもっと多角的に検討されるべきであり、そもそもの東京都の「卸売市場問題」に対する意識そのものが問われるべきなのではないか。
 
 問題点の第一は卸売市場の取扱量が趨勢的に著しく減少していることだ。
 農水省「食糧需給表」「青果物卸売市場調査報告」等から集計した食品の卸売市場の取扱量は〈青果/平成元年82.7%→25年60.0%〉〈水産物元年74.6%→25年54.1%〉〈食肉元年23.5%→25年9.8%〉〈花卉元年83.0%→25年78.0%〉となっている。豊洲の取り扱いになる青果は4割が市場外取引に、水産物は約半分が市場外に流出している。この趨勢は今後とも拡大することが予想されるから卸市場問題は市場関係者の余程の革新的取り組みがなければ「ジリ貧」は必然的傾向と覚悟しなければならない。
 なぜこんな事態に至ったかは既にマスコミ等で論じられているように、大手総合スーパーとの直接取引や総合スーパーの自社農場生産の拡大が最も影響しているが、それ以外にも小売店との「産地直送」やインターネットによる消費者との直取引など流通チャネルの多様化はここ20年~30年の間に目ざましい進化を遂げた。こうした動向の底にある根本原因は「流通経費」の削減による「低価格志向」への対応が求められているところにある。
 
 もうひとつの問題点は農水産業の競争力の強化と生産者の利益率の向上―流通経路における生産者の取り分の拡大である。生産者の減少と高齢化は顕著で平成23年の農業就業人口の平均年齢は65.9歳で65歳以上の割合60.7%75歳以上31.7%となっておりこの状況は漁業でも同様であり、若い人が魅力を感じられるような産業に変貌しなければ益々高齢化するにちがいない。農業部門は自民党の小泉議員が中心になって「農協改革」を推進しようとしているがその根本は流通段階での生産者の取り分を拡大することにある。農水省の「食品流通段階別価格形成調査」によれば青果物の生産者受取分は45.1%であるが漁業生産者は僅かに28.9%に過ぎない。青果物の集出荷団体経費―主に農協が相当すると思われる―は16.5%になっており、卸・仲卸経費は13.7%を占めている。漁業の産地出荷業者・卸売経費は26.1%、卸・仲卸経費は11.6%である。適正値がどれほどかはにわかに定め難いが漁業生産者の28.9%は低すぎるのではないか。これでは後継者の育つ可能性は低い。
 かといって「卸機能」を短絡的に過小評価するのは生産・流通を総体的に考えた場合誤りで、生産性の高い流通機構を構築するというトータルデザインが必須なのだが「豊洲市場」はそうした観点から構想されているのだろうか。豊洲参加者が「ターレット(トラック)」を市場内の運搬器具と想定しての批判を展開していたが、ハコ物は最先端でも場内移送が旧態依然で果たして生産性向上が実現できるのだろうか。「中央市場の将来像」について都と市場参加者で共有できていたのか疑わしい。生産者に適正利潤を保障するためには卸・仲卸業者の生産性を高めながら業者数の淘汰を同時に達成するという困難な問題を解決する司令塔の役目を東京都が担わなければならないが東京都にそのような問題意識があるのか極めて疑わしい。
 施設の安全性確保と同時に卸売市場の生産性向上について都と業者の真摯な検討が不可欠であろう。
 
 ところで豊洲問題のすぐ先に2020年東京五輪・パラリンピックの食品提供問題がある。2012年のロンドン大会以降食材調達基準は「持続可能性」重視になっており、そのために農産物ではGAP(農業生産工程管理制度)の、水産物はMSC(英国の海洋管理協議会)などの認証取得が基本原則になっている。これは単に生産工程上の技術だけでなく環境(水質汚染、資源管理、海洋環境への配慮など)や就労者の人権を考えた生産物の提供が義務づけられており、すでに日本コカコーラでは緑茶生産者にJGAP(日本版GAP)認証取得を求めるており、国内小売大手も自社農場や野菜の調達先にJGAP取得を推進し、水産物にも調達基準を設定する動きが検討されている。農水産業の一部で外国人技能実習生が不当な扱いを受けていることがマスコミで問題として取り上げられたこともある我国の生産現場はこうした世界的な潮流を踏まえた体制を確立しているのだろうか。仄聞する限りにおいては到底そんな状態にあるように思えない。
 豊洲市場で取り扱われる食品はこうした条件をクリアしている必要がある。そういう意味からも卸売市場問題は非常に重層的先進的な問題であるにもかかわらず「施設の安全安心」という極めて初歩的な段階でつまずいている現状は嘆かわしい限りと言わねばなるまい。
 
 和食がユネスコ無形文化遺産に登録され日本食、日本文化が今後世界から益々注目を集めそうな状況にある。和食のグローバル化時代を迎えて「上質で安全・安心」な食材の供給はそのための必須条件であり、豊洲市場は中心的存在として単なる東京の中央市場でなく、日本の、そして世界の和食文化の「総本山」になるべき存在にある。そうした視線で現状をみるとき、5千億円いや六千億円を投じているから、といったような金銭的短期的基準で判断するのでなく、世界に冠たる「和食文化」を支える『東京ブランド』を供給する『世界の市場』として世界に認められる「東京市場」にならなければならない。
 豊洲ではそれは不可能である。
 
 五千億円にこだわって『未来の希望の市場』を手放すような愚かな選択をしないように、日本国民全体の問題として豊洲問題を考える必要がある。
 
 
 

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