テレビのワイドショーは連日「トクリュウの強盗事件」を特集しています。専門家がアレヤコレヤと分析して反社の組織の手先にされているとか捜査のあり方がどうとか「専門的見解」を開陳していますが肝心要の「根本的原因」や解決方法についてはなんとも頼りない限りです。しかし大人は――特に年寄りは原因をはっきり知っています、「今の若いもんはシンボウが足らんなぁ」と。
誰が考えても一日5万円も10万円も稼げる仕事などあるわけがないのです。あればヤバイに決まっています。本人たちも分かっているのです。それでもフラフラと誘いに乗ってしまうのは他に選択肢がないからです。いや、やるしかない、と思うまで追い詰められているのです。地道にコツコツやったところで所詮知れている、学歴も技術もない19や20才の自分の将来にいい生活などあるはずがない、という無力感に陥っているのです。
年寄りは言うでしょう、我々の時代だって若いうちは安月給で我慢したもんだと。しかしそれは、今は給料は安いけど辛抱すれば年とともに僅かづつでも給料は上がっていく、40才を超えればそこそこの生活はできるし50才にもなれば家の頭金ぐらいはできているからローンが受かれば持ち家も夢ではない。そんな未来が約束されていたではありませんか。「年功序列」という制度で。
今や「年功序列制度」は成長を阻害する「元凶」の如く毛嫌いされていますが本当にそうでしょうか。
1989年(平成元年)12月3万8915円のピークをつけた株価は急落、わずか9ヶ月余りで半値まで落ち込みました。地価も1992年初頭をピークに暴落します。バブルの崩壊です。「失われた30年」のはじまりです。以降デフレがつづいて未だに脱却できず今回の選挙でもそれが争点になっていました。
2001年発足した小泉政権は、低成長の原因はこれまで自民党政権がとってきた経済政策が誤っていたからだと「自民党をぶっ壊す」の大号令のもと「民営化」と「企業の国際競争力向上」を強力に推進しました。デフレ脱却を需要サイドではなく供給サイドを重点的に強化することで解決する策をとったのです。そして生産性の低迷をデフレの根本原因に据えました。デフレ脱却には生産性の向上が肝で、、そのためには「投資」の拡大が必須であり更に不景気に耐える企業体質――景気変動に対する「機動的な対応力」を企業に与えることを政策の中心にしたのです。具体的には第一に投資のための「資金力の向上」を、機動力を高めるためには重しになっている「固定費の軽減」を、固定費の最大構成要素である「人件費の軽減」を第二の策としたのです。
生産性の悪い「役所仕事(や公企業)」の「民営化」は郵政民営化を皮切りに聖域なく「断行」されました。成果は著しいものがありました、特に野放図に膨脹していた第三セクターによる民間企業と競合する分野の切り捨てや民間移行は全国規模で無駄を省く効果がありました。しかし今から見ると医療機関、大学、幼児教育などは「やり過ぎ」になった部分もありコロナ対応のまずさや研究成果の劣化、待機児童の増加を引き起こしました。
「法人税率の軽減」で資金力の向上を図る、この政策は見事に成功しました。最高時43.3%あった法人税率は2023年23.2%まで低下しました。その結果2023年の内部留保の総額は600兆円を超えています。しかし本来の目的であった生産性向上のための投資には余剰資金は回らず、主に投資家への利益分配に使われるばかりで人材への投資である賃上げも放置され2000年以後ほとんど給料は横ばいでしたが、今年「人手不足」が深刻化したため大企業はようやく5.58%(中小企業は4.01%)の賃上げを行ないました。しかし本丸の投資を誘うイノベーションを起こすことはできず結果として余剰利益が積み上がりとうとう600兆円を超す内部留保を企業は抱えることになったのです。
固定費の軽減のために人件費の「流動費化」が激烈にすすめられました。「年功序列制度」を「成果主義制度」に転換するとともに社員の「非正規雇用社員」への入れ替えを急速に行いました。2005年1634万であった非正規雇用者は2023年2124万人(就業者割合37%)になっています。急激な人手不足になっていますからこの傾向は今後沈静化していくと考えられますが経営者に「年功序列・終身雇用」へ回帰する度胸があるでしょうか。
失われた30年――この間に何が変わったかを考えてみると、大きく変わったのは多分野で民営化がすすめられたことと年功序列・終身雇用を成果主義と有期雇用化(短期契約主流で長くて5年前後)を拡大したことに集約できるのではないでしょうか。
ではこの30年でどんな悪いことが起ったでしょうか。経済面では「イノベーション」を起こすことができなかったことが一番でしょう。経済成長は先進国最悪の低成長(ゼロ近辺)がつづきました。勿論給料は横ばいでした。大学の世界ランキングで中国が急伸するなか大幅な地盤低下しました。少子化・晩婚化無婚化が進行しています。などなど。
年功序列(終身雇用)制度はわが国独自のものです(韓国やドイツなどでも一部でありますが解雇権は企業側が保有しています)。だから年功序列制度とそうでない制度(成果主義など)のどちらが優れているかの検証は行われていないのです。丁度時期的に重なった「新自由主義」の風潮に便乗して――アメリカから押しつけられて年功序列制度を「悪いもの」として廃止したのです。しかし結果をみると――この30年の社会実験の結果は、少なくともわが国では新自由主義的制度は適していなかったと言えるのではないでしょうか。
イノベーションについて考えてみましょう。インターネットやAIのような社会変革をもたらすような大発明、あるいはノーベル賞を受賞するような発明発見は「短期成果主義」の組織からは決して生れません。10年20年の基礎研究の積み重ねを経て創出される、こともあるものです。今のわが国の大学では有期雇用という不安定な環境に置かれた研究者が5割近いのです(無期雇用者割合が51.2%に過ぎません)。私企業では短期利益重視ですから長期の無駄飯を食う研究が継続できるはずがありません。
耐久消費財や持ち家などの高価な買い物は今の給料と同時に将来収入を併せて考慮して決断されます。今の若者の自動車離れ、旅行をSNSやVRですますのも将来見通しが立たないからではないでしょうか。結婚もそうした一面があります。「ひとり口は食えなくても二人口は食える」と言えたのも年功序列だったからかもしれません。
優秀な若い人をスカウトして上級管理職(研究者)に据えて業績アップした企業があるかもしれません。しかし彼がこの先10年も20年も優秀さを維持できるでしょうか。
年功序列制度はわが国独自の制度です。成果主義や有期雇用契約制度との比較は実際に行われたことがありません。失われた30年はその貴重な社会実験であったと思います。