2009年6月27日土曜日

今何故、家計に負担を言い立てるのか

 10日麻生首相は、日本の2020年時点の温暖化ガスの削減目標を05年比15%削減(1990年比8%削減)にすると表明した。これは昨年の洞爺湖サミットの「2050年までに世界全体の排出量の少なくとも50%の削減を達成する目標」とどのように整合性を保っているのか。そして今、何故「この目標を達成するためには年間76千円程度の負担を家計にお願いしなければならない」などと突然言い立てるのか。

 低炭素社会を実現するための世界的合意形成の基本的な資料は国連の気候変動に関する政府間パネルの「気温上昇を23度に抑えるには先進国が20年までに排出量を90年比で2540%削減する必要がある」という指摘を採用するのが最も説得力を持つであろう。又EU2100年に産業革命以来の温度上昇を2度以下に抑えるとの理念のもと、20年に90年比20%減の目標を掲げていることも判断指標の一つになる。そして京都議定書の「第一約束期間(20082012年)の締約国の温室効果ガス総排出量を5.2%削減し、日本は基準年比6%削減するという目標」とどう向き合っていくのか。数字だけ見れば、日本は京都議定書に基づいて12年までに90年比6%削減した後に、1320年に追加で同2%程度しか削減しない、低炭素社会実現に非常に消極的な国と見られるに違いない。

 世界のGDPの約75%は韓国までの上位13カ国(この中に中国、印度、露国、ブラジルも含まれている)が稼ぎ出したものである(2005年現在)。この繁栄を享受している先進国或いは豊かな国が温暖化阻止に対して積極的な貢献を果たさなければ世界の200近い国・地域のほとんどが温暖化による負の影響を甘受しなければならないという『不条理』に引き込まれる。

 先の家計負担額は、産業構造を変革せず産業界にそれほどの負担を求めず排出量取引などによる削減誘導策も進めないという条件の基に役人が算出した、国民を威しにかけた数字である。役人の志の無い机上の空論的数字に踊らされて、世界の国から尊敬されず、文明史的転換点での国家変革の失敗の愚を犯していいのだろうか。

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