2013年11月11日月曜日

食育

 先のコラムで株式市場の久し振りの活況(2兆円超)をアベノミクスの成長戦略に関する市場の評価の表れではないかと書いた。ところが先週続々と期待を裏切る政府の姿勢が報道され市況は一挙に冷え込み7日(木)には1兆7千億円を割り込んでしまった。直接の引き金は「薬(一般用医薬品・大衆薬)ネット販売」の規制緩和に逆行する禁止・制限を柱とする新たなルールの発表だったろうが、それ以外にも「コメの減反補助金の支給對象をプロ農家に絞る方向が一転全農家に配る方針に転換しそう」や会計検査院の「12年度決算の税金のムダ遣い過去3番目の4900億円」など財政規律の緩みを示す発表もあった。「国家公務員給与の平均約7.8%減額特例措置の14年度以降へ延長しない方針」などは財政規律の緩み以外の何物でもなく国民感情を顧みない愚挙と批判を浴びること必至だろうし、最高裁判決に基づく「婚外子の資産相続に関する格差規定を削除する民法改正」も見送られそうな情勢、「1票の格差是正」を命じた最高裁判決に対する姿勢も三権分立を蔑ろにしていると見られても仕方ない対処が続いている。これでは既得権益層を護送する「古い自民党」への後退と受け取られても致し方なく市場が見放す結果となるのも当然である。
 「自民党よ驕るなかれ!」、という国民の批判は地方選挙からじわじわと表れるに違いない。

 子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも「食」が重要である。今、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けるとともに、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進することが求められている。もとより、食育はあらゆる世代の国民に必要なものであるが、子どもたちに対する食育は、心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるものである。
 これは平成17年に施行された「食育基本法」の前文からの引用である。「『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育て」という行文は今世情を賑わせている「メニュー偽装」騒動への警鐘そのものではないか。

 30年ほど前「中食」という新語が生まれた。私の先輩の造語なのだが、それまで外食と内食(家庭での普通の食事)という言葉はあったが既に一般化していたデパ地下や惣菜屋さんでおかずや弁当を買って帰って家で食する習慣に対応する言葉が無かったのを上手く表現したものとしてマスコミに重宝された。その後バブルが崩壊し低価格を売りものとする外食産業の隆盛を迎え「内、中、外」食の区別や食生活全般が混乱した状態で今日に至り、行き着いたところが「メニュー偽装」となってしまった。
平均的な4人家族の可処分所得を300万円としエンゲル係数を20%として1日当たりの食費を算出すると約1700円になる。普段の食事を倹約して週に1度の外食を想定するとセイゼイ1000円から1300円が1人の予算になるが回転寿司やファミレスの価格設定はズバリこれに当てはまり飛躍的な成長の原因をうかがい知ることができる。しかしそれはあくまでも内食の延長として捉えられるべきもので、奥様方のホテルランチはヘソ繰りを足さないと無理なランクになる。いずれにしても一昔前、我々が「ご馳走」と呼んでいた本物の食材をふんだんに使った「ハレの食事としての外食」には予算がかなり不足している。メニュー偽装は起こるべくして起こったものかもしれない。


子供たちが学校で食育を学習する環境を大人は整える責任がある。内食、中食と外食のメリハリを付ける食習慣こそ「健全な食生活」の第一歩なのではないか。

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