2014年10月13日月曜日

ノーベル賞と雇用の流動化

 今年も又日本人からノーベル賞受賞者が出た。ここ数年、毎年のように受賞者が現れて嬉しい限りである何よりなのは戦後教育を受けた人たちが現れてきたことだ。これまで多くの識者が戦後教育批判を繰り返してきた。その顕著な例としてノーベル賞受賞者が現れないと予言していたしその言には説得力もあってわが国のこれからに悲観的に成り勝ちだった光明がほのみえてひと安心である。
 それにしても毎年のように下馬評を賑わす村上春樹氏が今年も文学賞選から漏れたのは何故なのだろうか。我々一般人ばかりでなくジャーナリズムも囃し立てていることを思いあわすと、我々の考えている「文学」とノーベル賞が文学としているものが異なっているのではないか?そんな疑問さえ感じてしまう。彼の作品はほとんどがベストセラーになっている。ということは一面から見れば「読み易い」小説と言えなくもない「分かりやすい」と言い替えることも出来ようか。ということは、文学というものは何がしか「苦労」して「複雑な操作」求められるものなのかも知れない。文学についてこのへんのことを一度ジックリと考えてみる必要がありそうだ。
 ノーベル賞の季節に何時も考えるのは、ひとつ事をジックリと何十年とつづけることの偉大さなのだが今政府のやろうとしているのはそれとは逆の「雇用の流動化」である。しかもその一方でノーベル賞倍増を図って「大学改革」でエリート養成しようとしているスポーツ面でもオリンピック目指してエリートを育てようと目論んでいる。ということは、一握りのエリート以外は企業の都合のいいように「使い捨て」して「流動化=解雇し易い雇用関係」しようというのか。それでいながら「生産性」は高めたいというの少々虫が良すぎるとういうものだろう
 仕事(労働)を個人の立場からみてみると若い人の考え方が気がかりだ。定着率が非常に悪い。厚生労働省の「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移」をみると、大学卒の3割以上が3年以内に離職しておりかつ1年目での離職率の高さが目立っている。彼らの言い分は「自分探し」がしたいとか「自分にあった仕事」がしたいということらしいが具体性が乏しい。
 
 現在は職業の自由があって「職業の選択」は個人に任されているが戦前から戦後すぐの頃までは「家業」を継ぐのが当たり前で農家と自営業の割合は70%を超えていた。その後高度成長が続き「勤め人」が80%を上回るようになったのだが、「労働の喜び」といった面からは果たしてどういう「働き方」が良いのだろうか。
 
 「私はごく早いころから、家職のなかに生きることが、すなわち人間として正道を踏む生き方であることを、深く理解できた…。家職というものは、私たちに顔かたちが備わるように、人がこの世にある形にほかならぬ。私はそれを引きうけ、それに精魂をうちこみ、それをさらにお前たちに伝えることを、心から誇らしく思っている」。これは辻邦正の『嵯峨野明月記』にある本阿弥光悦のことばである。彼は刀剣の鑑定、研磨を家職とする家に生まれその道に精勤することで身を高め、寛永の三筆としての名声を博するとともに琳派の創始者として日本文化に大きな影響を与えた。その彼が仕事に生きるということについてこんなことも言っている。「私たちの日々も、同じように、何か形あるものに変えて、そのなかに閉じこめなくては、ただ流失するほかない。だが、ひとたびこうして一日、一日を、営々と閉じこめはじめれば、人はいつか十年二十年の歳月さえも、目に見える形で、閉じこめることができるようになるのだ」。その日暮らしに仕事をするのではなく、その日の糧を蓄積するよう工夫をこらせば、歳月を経て立派な業績とすることができると言っている。
 マックス・ヴェーバーは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で職業についてこう語っている。「職業の特化は、労働する者の熟練を可能にするため、労働の量的ならびに質的向上をもたらし、したがって公共の福祉に貢献することになるのだ(略)確定した職業でない場合は、労働は一定しない臨時労働にすぎず、人々は労働よりも怠惰に時間をついやすことが多い。(略)そして彼(天職である職業労働にしたがう者)は、そうでない人々がたえず乱雑で、その仕事時間も場所もはっきりしないのとはちがって、規律正しく労働する。…だから『確実な職業』は万人にとって最善のものなのだ」。雇用の多様性と流動化の美名の下に『望まれざる』非正規雇用の存在を是認し、衰退産業から成長産業への労働力の移転を円滑化するために「労働市場の流動化=解雇権の柔軟化」を実現しようとしている現政府の労働政策は『働く人間』にとって幸せな『仕事人生』を約束してくれるものではない。
 
 「自分探し」を『面的』に捉えるのではなく『深化=特化』と考えると選択肢が広がるのではないか。そのためにも若年労働者の『雇用拡大と安定』を政府をはじめ大人たちは考えるべきである。

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