2015年1月18日日曜日

戦艦大和ノ最期

 海戦史に残るべき無謀愚劣の作戦 
 世界の三馬鹿、無用の長物の見本―万里の長城、ピラミッド、大和
 
 昭和20年329日戦艦大和は必敗の作戦へと呉軍港を出港した(最期の出撃に乗組む栄に浴せるもの、総員3332名)
 
 本作戦の大綱は次の如し―先ず全艦突進、身をもって米海空勢力を吸収し特攻奏功の途を開く 更に命脈あらば、ただ挺身、敵の真只中にのし上げ、全員火となり風となり、全弾打尽すべし もしなお余力あらば、もとより一躍して陸兵となり、干戈を交えん かくて分隊毎に機銃小銃を支給さる/世界海戦史上、空前絶後の特攻作戦ならん(略)かかる情況を酌量するも、余りに稚拙、無思慮の作戦なるは明らかなり/長官以下の第二艦隊司令部と、各艦艦長を挙げての頑強なる抵抗に対し、中央は直接説得のほかなき異例の事態と認め、特使として伊藤長官と兵学校同期、かつ親交厚き草鹿連合艦隊参謀長の派遣を決定せり/「一億玉砕に先がけて立派に死んでもらいたし」との最後的通告を得て、ようやく納得されたり(略)「なに故に豊田長官みずから日吉の防空壕を捨てて陣頭指揮をとらざるや」と若手艦長が特使一行に詰問せるは、特攻艦隊総員の衷情を代弁せるものというべし(p43)
 本作戦は、沖縄の米上陸地点に対するわが特攻攻撃と不離一体にして、更に陸軍の地上反抗とも呼応し、航空総攻撃を企図する「菊水作戦」の一環をなす(特攻機は攻撃用の過重な爆薬を積載しているため動きが鈍重になり米迎撃機の好餌になる虞がたかい、米戦闘機の猛攻撃を逸らすために)米迎撃機群を吸収し、防備を手薄とする囮の活用こそ良策なる しかも囮としては、多数兵力の吸収の魅力と、長時間拮抗の対空防備力を兼備するを要す/「大和」こそかかる諸条件に最適の囮と目され、その寿命の延命をはかって、護衛艦九隻を選びたるなり/沖縄突入は表面の目標に過ぎず 真に目指すは、米精鋭機動部隊集中攻撃の標的にほかならず/かくて全艦、燃料搭載量は往路を満たすのみ 帰還の方途、成否は一顧だにされず/世界無比を誇る「大和」の四十六糎主砲、砲弾搭載量の最大限を備え気負いに気負い立つも、その使命は一箇の囮に過ぎず 僅かに片路一杯の重油に縋る/勇敢というか、無謀というか(p41)
 
 
 のち明らかにされたるも、東京日吉に常駐の豊田連合艦隊司令長官より逐一令達されつつある「天号」作戦の構想に対し、伊藤長官(「大和」座乗の第二艦隊司令長官伊藤整一中将)は当初より強硬なる反対を表明せるものの如し 反対論拠の第一は、わが空軍掩護機の皆無(略)/第二、海上兵力の劣勢(わが方は駆逐艦八を含む十隻、敵は六十隻を下らず)/第三、発進時期の遅延(下命は米機動部隊避退の一日後なり これを半日繰上げ避退軍に膚接して発進し、夜間外洋を進攻するを可とす)/少なくとも発進時期の最終的決定は現地指揮官に一任すべきが当然なりと、伊藤長官は切歯扼腕せりというp17
 
 「航空機による大戦艦攻撃法という、俺たちが緒戦で世界に叩きつけた問題に、ここで鮮やかな模範解答をつきつけられたようなものだな」(p105)
 
 艦長「御真影の処置はどうか」(略)私室に御真影を奉持して、内側より扉に鍵したると 身をもって護る、これにまさりて確実なる手段なし/見れば、航海長(中佐、操艦航行の責任者)、掌航海長(中尉、その輔佐)向い合って「ロープ」を手繰りつつあり/膝を交互に組み合せ、肩をぶつけ合って、互いの足腰を羅針儀に縛りつけんとす/万一浮上せば、恥辱たるのみならず、四肢自由のまま水中に没すれば、生理的に浮上を求めもがくこと必定にして、苦痛に堪えざるなり(p117)
 暗号士より暗号書の処置終了を伝声管にて届く―みずからの腕に軍機密書類一切を抱き、艦橋暗号室に入りて内よりこれを閉ざせりと/敵の入手防止には完璧を期せる暗号書 鉛板を表紙に打って沈降に万全を期し、更に潮水にあえば溶け去る特殊「インク」をもって印刷し、かつ活字の跡を消すための文字と異なる紙型を二重に強く刻印せり しかも暗号士、身をもって機密を保持せざるべからず(p120)
 
 ここに艇指揮および乗組下士官、用意の日本刀の鞘を払い、犇めく腕を、手首よりばっさ、ばっさと斬り捨て、または足蹴にかけて突き落とす、せめて、すでに救助艦にある者を救わんとの苦肉の策なるも、斬らるるや敢えなくのけぞって堕ちゆく、その顔、その眼光、瞼より終生消え難からん/剣を揮う身も、顔面蒼白、脂汗滴り、喘ぎつつ船べりを走り廻る 今生の地獄絵なり―(p156)
 
 多くの生還者が一致して証言せる異常事象あり 救助作業のため駆逐艦洋上に停止せし間、米水上偵察機一機、ことさらに我らが頭上を旋回せり 漂流者の眼には定かならざるも、駆逐艦乗組員中には、不気味に静まりて超低空を匍いまわる機影を記憶せるもの少なからず/縦横疾駆の機能こそ駆逐艦の生命なれば、その行き脚の止るや、脆弱極まる存在となるこれを低空より襲うは赤児の手を捻るにも等しきが、上空に待機せる戦闘機、爆撃機の奇襲より我らを遮蔽し、絶対の防壁として作用せしは、ほかならぬ偵察機の謎の旋回行動なり(略)偵察機の遮蔽活動が、指揮官機の下命、あるいは人道的動機に基づくものなること考え難し(略)ただ日米決戦の終幕を汚すを潔しとせざりしならん(p156)
 
 以上は吉田満著「戦艦大和ノ最期(講談社文芸文庫)」からの引用である(原文はカタカナ表記であるがひらがな表記に改めた)。吉田満は昭和19年東大法科を繰り上げ卒業、海軍少尉、副電測士として大和に乗組んだ。哨戒当直(艦内の見張り、報告、命令を掌握する)にたまたま立直したという偶然が、艦内全般の戦況を大局的に捕捉する機会を得る結果となり、この書を執筆するに至った。戦後日本銀行行員として要職を歴任した人である。
 
 最後に哨戒長臼淵大尉の洋上での述懐を記してこの稿を閉じたい。
 痛烈なる必敗論議を傍らに、哨戒長臼淵大尉、薄暮の洋上に眼鏡を向けしまま低く囁く如く言う/「進歩のない者は決して勝たない 負けて目ざめることが最上の道だ/日本は進歩ということを軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」(p46)

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