2016年7月18日月曜日

働き方改革と十字軍

 参院選は自民党の圧勝に終ったがこれで山積する我国の諸問題が解決される保証はどこにもない。
 一方で英国のEU離脱、米国大統領選での「トランプ現象」。英国は民主主義の発祥の国であり米国は民主主義と資本主義の実験場でそれらを最も原理的に先鋭に発現した国である。ともに二大政党政治を標榜した先進諸国のリーダー的存在である両国が「あるべき形」とは呼べない選択を示したということは、二大政党の本流政治家や著名ジャーナリストの信奉する民主主義とは異なった地殻変動が両国で起こっていることを示しているのではないか。
 先進国での資本主義のあり様を見てみると、EUのドイツ独り勝ちとその他の国の低成長と分裂指向、日本のデフレの長期化、米国は堅調とはいえ高度成長とは言い難い2%前後の経済成長と、戦後70年を経て安定成長を前提とした経済運営は中長期的に展望不能な段階に至っている。加えて『難民問題』は逃れ難い現実としてEUとヨーロッパに突きつけられこれからの数10年避けて通れない根本問題として取組んでいかざるを得ない状況になっている。
 
 我国は明治以来、近代化を目指して富国強兵を突き進み第二次世界大戦を経て資本主義と民主主義のある程度の『完成型』を達成し、アジア唯一の欧米型の先進国としてアジア諸国やその他の後進国の『モデル国』として目される存在となった。ということは米国、英国やEU諸国が今ある『低成長』を前提としてこれまでの成功体験とは異なる「国家運営」を行わざるを得ない状況に我国があることを覚悟する必要がある。
 では従来の我国の「国のかたち」とはどんなものだったのだろうか。
 一つの典型は「男性の就労第一主義」であろう。成人男子は結婚して家庭を構えるのが常識であり、結婚後の家計は夫が担うのが当然で、女性は「ハウスキーピング」と「ケアワーク」を夫から丸投げされて家庭に引きこもる、という生活スタイルである。見方を変えれば、男性は仕事第一主義で家庭(妻)から仕事(の場)に収奪された社会的存在であって、仕事と家庭が分裂し仕事の場が家庭とは全く分離した生き方を強いられたということができる。
 明治以前を考えてみると、武士階級を除いてほとんどの国民は職場と家庭を両立させ夫婦(子供)が『協同』して生活していた。農業も商業も、工業さえもそうであったかもしれない。ところが明治になってお役人(公務員)を中心として『雇人(古い統計用語で今の雇用者にあたる)』階級が発生し、当初は労働人口の7%程度に過ぎなかったものがやがて農家の二三男の地方から都市への流出が顕著になり一挙に『雇人』が増加した。そして現在(2016年)では就業者数6446万人のうち雇用者数は5718万人実に9割近くが『雇人』になっている。
 この『雇人』階級の男性の働き方が『就労第一主義』なのであり現在喫緊の課題となっている『男女や高齢を差別しない平等な働き方』を邪魔しているのだ。各種の調査で女性を積極的に活用している企業や高齢者の能力を上手に生かしている企業の生産性が高いことが証明されている。にもかかわらず「平等な働き方」ができないでいるから労働生産性が経済協力開発機構(ORCD)加盟国中の先進主要7カ国の中で最も低い状態に至らしめているのだ
 『男性の就労第一主義』の働き方の典型が『長時間労働』と『無限定の職務範囲と勤務地』である。日本企業の男性正規社員の長時間労働が生産性を阻害しひいてはROE(自己資本利益率)の低迷を招いている最大要因なのだが一向に改善の気配がない。
 
 すべての元凶といってもいいこの『長時間労働』をどうすれば是正できるのか。『公務員の長時間労働規制』を『強制的』に実施すればよい。我国の経済の仕組みは役人との交渉や接触が大きな比重を占めているから役人がまったく『残業』をしなくなれば遠からず民間企業にもその影響が及ぶのは目に見えている。そもそも役人の仕事は明治になって新たにできた仕事がほとんどでありゼロから教える必要があったし役人に転勤はつき物だった。勿論労働組合もなかったから役人は長時間働いてでも一日も早く仕事を習得したかったから平気で『残業』したであろう。役所仕事は会計年度で区切りがつくから『学卒一括定期採用』が可能であり効率的でもあったからこれが制度として定着した。こうして「日本型雇用慣行」の多くは役所―公務員の雇用・働き方として生まれ定着した部分が多く今日に至っているのでありこの役人の働き方が私企業に浸潤していったとみても間違いない。
 だから『公務員の働き方改革』を実行すれば日本全体の働き方改革が実現できる可能性は極めて高いのである。こんなことを言えば、毎年の予算編成や政治家(国地方を問わず)の議会答弁の資料作成をどうすればいいのだという反論があるだろうが、これこそ今流行りの『ビッグ・データーとAI(人工知能)の活用』で今よりずっと短時間にできること請け合いである。役人の資料作りの作業は法律とデータの検索・適用が主要部分を占めるから、そしてそれに莫大な時間を要するから、短期長時間労働になって徹夜徹夜の激務になるのだから、『ビッグ・データーとAI(人工知能)の活用』を実現すれば役人の仕事の効率アップに絶大な効果があるのは確実である。そしてこうした仕事は『ビッグ・データーとAI(人工知能)の活用』のもっとも得意な仕事だから実用化も相当早くなるに違いない(仕事が減って人員削減につながるから役人の抵抗は当然強いものになるだろうが)。
 
 そもそも『仕事と家庭』とどっちが大事なのだろうか。それについては面白い史実がある。十字軍が11世紀末に聖地エルサレム奪回のためにローマ法王から派兵を要請されたとき、兵士は十字軍参加の為に『妻の同意』が必要かどうかが重大な争点となった。そしてウルバヌス法王は「妻の同意は必要」とはっきりと判断を下したのである。結婚は神の前での男女の同意の上で成り立っている以上、妻にも女性としての権利があり、それを戦争だということで権利放棄を強制されることはないというのだ。この間の事情を下世話に解釈すると、カトリックでは離婚は認められていない、その分浮気には寛容な風土がある、従って十字軍遠征中の彼の地での亭主の浮気が心配という妻側の言い分には十分な説得力がある。だから両人の理解と納得が必要だったのだ。逆に夫側の不安が世に悪名高い『貞操帯』を発明・普及させたのである。
 
 我国では「単身赴任」が当然の如く行われている。そして「戦争参加の義務というものを、なにものにも―ほとんど盲目的に、とさえ言いたいほどに―優先するとする近代国家なるものが、果たして人間に対して妥当性を持つものかどうかさえ疑われて来るのであった(堀田善衛著『天上大風・歴史への逃避』より)」。
 
 「天皇陛下 生前退位のご意向」が明らかになった。これは「高齢化」の象徴的お考えである。少子高齢化が我国の基本体制さえも根本的に考え直さざるを得ない時期に至っていることを天皇自らが示されたと考えるべきなのである。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿