2016年11月14日月曜日

普通の国になったアメリカ

 アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利を収めた。二年前には、いや一年前でさえ予想だにしなかったこの事態がなぜ出来(しゅったい)したかを考えてみたい。
 
 アメリカが今日の繁栄を築いた原因のうちの三つを重要と考える。先ず戦争の被害を直接被ることのなかった地政学的優位性。その二は資本主義と民主主義を原理的に最も純粋に、という事は結果的に最大の効果を達成できる形で実現できたこと。最後に「奴隷制度」が挙げられる。
 
 20世紀は「戦争の世紀」であった。世界大戦だけでも二度も経験したしそれ以外にも多くの戦争が繰り返された後ようやく「平和」が築けるようになった。アメリカがそれらの戦争に不関与であったわけではないが、少なくとも戦争の被害がアメリカ本土に及ぶことだけは避けることができた。この「アドバンテージ」の累積は大きい。フランスにせよドイツにせよヨーロッパの国々は蓄積した資産を戦争のたびに壊滅的に喪失し、復旧・復興を繰り返した。英国も、中国もロシアも、我国も事情は同じであった。発展の遅れた国――後進国は植民地として宗主国に徹底的に『収奪』された。この間アメリカは後進国から先進国の仲間入りを果し、第二次世界大戦の後「覇権国家」としての地位を確立し半世紀以上に亘ってその圧倒的な「恩恵」に浴し君臨した。
 これは旧大陸と遠く隔絶した「地理的」要因と「兵器」の未発達によるものであった。第二次世界大戦で空軍―航空機が戦力として最重要兵器となったがそれでも米国本土が主戦場となることはなかった。その安眠を破ったのが「3・11」であったが、このショックのアメリカ国民に与えた『恐怖』が想像以上であったことはその後の「痙攣的」「誇大妄想的」反応で明らかだ。
 戦後アメリカが「世界の警察」として軍事的に世界を制圧してきたのもある意味で「本土の安全神話」に根差すところがなかったとは言えない。更にアメリカが唯一調達を国内で完結できなかった「石油」を安定的に供給するために中近東の制圧が必要だったのだが原油などの資源確保が自国とその経済圏で賄えるようになった今、「世界の警察」への使命感が希薄化するのは当然で、そもそも中近東紛争が欧州列強の植民地支配時代にまいた種の後始末的側面が強いだけに、第二次世界大戦後の世界秩序維持からの撤退は国民的合意が容易に形成される時期に至っている。
 兵器の飛躍的進歩―軍用機の進化、大陸間弾道弾の出現、潜水艦の機能向上と潜水艦対空兵器の開発などアメリカの「本土安全神話」は崩壊した。「内向き」「保護主義」の深層に潜む『恐怖』の淵源がここにある。
 
 資本主義と民主主義は人類の長い発展段階の最終到達点として構築された経済的政治的システムである。先進諸国がこのシステムを導入するには巨大な「既得権益層」との調整が不可欠であった。ときには「内戦」という代償さえ必要であった。そうして採用したとしても国民諸階層間の妥協・調整が求められ「原理的純粋さ」をある程度犠牲にせざるを得なかったから、システムのもつ効果は減殺されざるを得なかった。例えば、成長分野への資源配分の非効率さであったり労働市場の流動化不足であったりという形でそれは現れた。
 ところがアメリカはそうした「しがらみ」とは断絶した『新大陸』で資本主義と民主主義を「純粋培養的」に、『実験』的に実施することが可能であった。既得権力層をもたない「アドバンテージ」は経済的政治的成果を潤沢にもたらした。「市場原理主義」が他の先進諸国とは比較にならない有効性を持って機能した。二大政党制は国民のカウンターパワー(平衡力)を見事に吸収して安定をもたらした。旺盛な「起業」と成長を終えた企業の「退出」は市場を通じて適正に行われた。冒険心に富む「ベンチャー・キャピタル」は金融市場を活性化し資金循環を円滑化した。資本主義と民主主義はアメリカで「繁栄の精華」を開花させた。
 
 しかしそこに至る以前、独立したばかりの後進国アメリカが成長するためには安価な労働力が不可欠だった。とりわけ産業革命で機械化した綿製品生産が隆盛であった英国へ綿花を供給する南部の「プランテーション」ではその傾向が強かった。ヨーロッパ先進国は植民地政策で資源と労働力の調達を果したが後進国アメリカはアフリカの黒人を暴力的に奴隷として調達するという道をとった。最盛期の黒人奴隷は400万人を数え南部人口の三分の一以上に達していた。工業化路線を進んでいた北部との南北戦争で南部は敗北するが独立当初のアメリカの繁栄が黒人奴隷制に支えられた綿花栽培であった事実を覆い隠すことはできない。
 奴隷制度の歴史はアメリカ(人)の『原罪意識』として永くこの国を規定し続けることだろう。
 
 繁栄を支えていた三つの要因が消滅したりその優位性が減退した今、アメリカは「普通の先進国」に成熟した。先進諸国が負わされている「しがらみ」をアメリカも無視できなくなった。即ち建国250年を経て『既得権益層』がはっきりとヒエラルキーを形成するようになった。今回のトランプ旋風は明らかに『反体制運動』であった。1%の超富裕層が支配する『現体制』へ「ノー」を突きつけた「トランプ大統領」の誕生であった。
 市場原理主義を信奉し市場の「見えざる手」にすべてを委ねる経済運営は修正を求められるに違いない。「再配分政策」を大幅に取り入れざるを得なくなるであろうし、既成の政治勢力に二大政党制の運営を任せるだけでは国民の総意を吸収することは不可能になっている。何らかの政治体制の変更を迫られるに違いない。「アメリカ型資本主義」を強制してきたアメリカの外交姿勢は劇的な変化を見せるかも知れない。
 トランプ氏がこうした時代の要請に応えられるかどうかは不明である、そもそも彼は「超富裕層」なのだから。しかしたとえ彼が裏切ったとしてもアメリカが元のアメリカに戻ることは不可能だから「次のトランプ」が又大統領になるに違いない。
 
 普通の国になったアメリカの正念場はこれからだ。トランプ氏のいう「アメリカン・ドリームの復活」はあり得るだろうか?

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