2017年11月20日月曜日

ことばはやさしく美しくひびきよく…

                  サトウハチロー
美しいことばは
相手にキモチよくつたわる
ひびきのよいことばは
相手のキモチをなごやかにする

ことばで 語り
ことばで 受け答える
ことばで はげまし
ことばで 礼をいう

よくわかることばほど
うれしいものはない
やさしいことば使いは
おたがいの心をむすびつける

ことばがすらすらと出た日は
一日たのしい
ことばがつかえた日は
夜までくるしい

だがボクは
共通語だけを
美しいとは思っていない
方言でなければ
あらわせないもの
言いつくせない味や色や形や匂い
それをふりすててはいけない
それはそれで
とりいれなければいけない
それを
話しの間にあしらってこそ
その人のよさが出る
その人のよさがにじみ出る

おはようからおやすみまで ことば
外でも家でも ことば
ともだちとも ことば
買物も ことば                             

ことばは
いつもいっしょにいる
ことばが足ぶみしないで
唇から出るようになればしめたものだ
ことばで 動き
ことばで よろこぶ
ことばで 嘆き
ことばで うなだれる

美しいことばは
相手にキモチよくつたわる
ひびきのよいことばは
相手のキモチをなごやかにする
 
 むつかしい言葉のひとつもないこの「詩」のなんと心地よいことか。作者のサトウハチロー(19031973)は詩人・作家で佐藤愛子の異母兄にあたる人で童謡「ちいさい秋みつけた」や歌謡曲「リンゴの唄」「長崎の鐘」などをつくっている。われわれ世代はNHKラジオ「話の泉」でまず彼に接した記憶がある。テレビ草創期にはテレビにも相当出ていたように思う。この詩を知ったのはNHKテレビドラマ『この声をきみに』の最終回に朗読されたのを聞いたからだ。(このドラマはここ十年ほどで放送されたドラマの中で最高傑作だと思うがそれについては別の機会にゆずる)。
 
 この数十年の言葉の劣化はおそろしいほどである。政治の言葉はいまや空虚を通りこして「不誠実」の典型だし、SNSは「ことばをつくす」という「テマ・ヒマ」を拒絶しているから伝達手段としての「熟達」が見込めない。トランプの出現は感情的なことばの扇動が事実を凌駕する――『ポスト真実』な政治状況で世界を不安定化し混沌に落としいれている。
 
 科学は「メディア(伝達手段)」の進化と多様化をもたらしたが「ことばの劣化・貧困化」は防げないでいる。なぜそうなったかを考えてみると、ことばの「不完全性」には手をつけずに与件として――とりあえず「そこにあるもの」として科学が取り組みやすい方向に「進歩」を追求してきたからだ。ことばを少しでも良いもの、豊かなものにすることは科学の領域ではなかったからでもある。
 ところが世の中は「科学」と「資本主義」を『万能』と「たてまつ(奉)った」からこんなことになってしまった。
 ところがその「科学」と「資本主義」が決して『一番』ではないことが分かってきた。
 
 さあ、どうする。サトウハチローが、そう、いっているようだ。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿