2018年3月19日月曜日

国家の品格 

 
 ――空文化する倫理規定――
 
 数年前『国家の品格』という本がベストセラーになった。へそ曲がりという性向と「うさん臭い」タイトルへの忌避感もてつだって未だに拝誦の栄に浴していないが出版社の惹句にはこうある。「日本は世界で唯一の情緒と形の文明である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき国柄を長らく忘れてきた。論理合理性頼みの改革では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、国家の品格を取り戻すことである。すべての日本人に誇りと自信を与える画期的提言作者の藤原正彦氏は高名な数学者で若いころから海外で活躍した経験もあり、それ故に日本文化の特色と優位性を自覚してこの書を著したのであろう。しかし、情緒と武士道精神をもって日本国の「品格」とするのはいかがなものであろうか。昨今の「安倍一強」下における『忖度』の風潮を見るとき、公務員には「冷静、客観的な論理」の貫徹こそが求められているのではなかろうか。
 
 こんなことを書いたのは勿論「森友問題に係わる決済文書書き換え(捏造)」問題に接したからである。マスコミの論調は「公文書とは、国民が正確な情報に基づき主権を行使する民主主義の基本的インフラ」であるのにその「国民が共有すべき公文書を書き換えるとは信じ難い」とし「民主主義を揺るがす」最悪の事態である、などとなっている。
 戦後「民主主義を揺るがす重大事態」は何度もあったがそれらのほとんどはロッキード事件のような「贈収賄事件」であった。いってみれば民主主義に未成熟な「後進国」的な「利益供与」事件で正邪が明確であったから制裁も法にてらして厳格に下すことができたし、民主主義はただちに『復旧』できた。しかしここに至って全く異質な事件が相次いで起っている。
 そのひとつは「昨年10月の衆院選滋賀4区の開票作業で滋賀県甲賀選挙管理委員会の事務局長らが、投票総数と開票した票数の食い違いをごまかすため、白票を数百票水増しして集計していた」事件である。発覚からまだ日が浅いから今後どのように進展していくかは定かでないが、この問題がこれまでの「選挙違反事件」と根本的に異なるのは、選挙人と被選挙人との事件でなく、選挙制度そのものを監視・監督する側の事件であることにある。「公職選挙法」は選挙が公正に行われるために定められた法律だがそれは「選挙制度」が正常に機能することを前提にしている。今回の甲賀市選管の事件は制度そのものを踏みにじる事件であるところに『重大性』がある。果たしてこうした事態を直接的に裁く法律があるのかどうか、『想定外』だから他の法律―地方公務員法を援用して裁く以外に方途はないのかもしれない。それほど予想だにしなかった事件である。公務員の劣化もここまで「極まった」かと思わせる事件である。
 
 そして今度の「決済文書書き換え事件」である。マスコミの論調に見るように『民主主義の根幹を揺るがす』事件である。そもそも公務員(国家公務員)は国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならないこと」と「国家公務員倫理規定〈倫理行動基準〉」の冒頭に定められている。更に「職員は、常に公私の別を明らかにし、いやしくもその職務や地位を自らや自らの属する組織のための私的利益のために用いてはならないこと」「職務の執行に当たっては、公共の利益の増進を目指し、全力を挙げてこれに取り組まなければならないこと」とも規定されている。
 これまでに明らかにされたところによれば、当時の「佐川理財局長」の国会答弁と齟齬を来たさないために「書き換え」られたことになっている。ということは「佐川」氏の個人的利益のために――それはひいては「財務省の省益」を守るために行われたのであり、明らかに倫理規定の「国民の一部に対してのみの奉仕者」であってはならないという定めの違反である。しかしそれは更に「財務大臣」のために、「安倍総理大臣」のために、とつながっていくかも知れない。
 行きつくところがどこまでなのか、想像を絶した『奥深く』底の見えない暗闇の「空恐ろしさ」。
 
 もうひとつ、無視できない報道があった。「東日本大震災の被災者に貸し付けられた最大350万円の『災害掩護資金』が6年間の猶予期間を過ぎた今年度後半から返済が本格化する。高齢者等の返済困難者をどう処遇するか、自治体の対応が課題となりそうだ」というのがそれだ。一部報道によれば350万円の返済月額はおよそ3万円になるという。この額は国民年金のみの受給者にとってはとんでもない負担になる。考えてみれば東北三県の被災者は農漁業やそれに付随する加工業の自営業者が多かったのではないか。
 猶予期間の終了を控えて市町村から返済に関する通知が発行されているが、それによると据え置き期間終了後の利率は年1.5%、延滞金利息は10.75%に設定されている。お役所文書独特の無味乾燥の文面にこんな数字があると、生活に困っている人にとっては脅迫に近い感じを抱くのではないか。もし返済不能になればどこかへ行方をくらますしかないと、不安に襲われる人もあるにちがいない。実際阪神大震災の被災者未返済のまま行方不明になった兵庫県内の被災者が昨年末の時点で約220人いることが分かっている 
 
 震災から7年経った今年もテレビ各局は「被災地の今」をレポートしていた。映し出される場面から伝わってくるのは『復旧』すらほとんど進んでいない現状。その一方で『復興五輪』と謳った「2020東京オリンピック」施設は着々とスケジュールを達成し20年にはまちがいなく開催にこぎ着けるに違いない。
 復旧すら危うい被災地と『復興五輪』の確実な進捗。フツフツたる『怒り』を感じるのは私だけだろうか。
 
 『国家の品格』を語るにふさわしい、と胸を張っていえる日本人がどれほどいるのか!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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