たった一夜で秋が来た、そんな急激な季節移りが台風21号の去ったあとの感じである。でもこの冷ややかさは一時のもので必ずブリ返しはある。暑さ寒さも彼岸まで、この古諺は毎年正しかったではないか。
岩波文庫『蕪村俳句集(尾形仂校注)』の「秋」の句を楽しむ。
舎利(しゃり)となる身の朝起(あさおき)や草の露
秋の句でいちばん心打たれた句である。老妻に先立たれたひとり暮らしの老人なのだろう。老いのつねで早暁に目覚めて手水を使おうと井戸端へ向いながらキラリと光る草を見た。草に宿る露である。つい昨日まで暑苦しかったのにいつの間にか秋が来ていたのか…。舎利という語に老人の孤独が感じられる。
さびしさのうれしくも有り秋の暮
限りある命のひまや秋の暮
秋の寂しさ。しかしそんな感懐を抱くようになったのもここ数年のこと。道端の草花の美しさ、早朝の公園で鳥の鳴き声を知ったのも停年してしばらく経ってからのこと。もう何年の命かは分からないけれどそれまでの老いの道程(みちのり)――老いることにも楽しさがある。
鵯(ひえどり)のこぼし去りぬる実の赤き
御園(みその)守(も)る翁が庭やとうがらし
うつくしや野分の後のとうがらし
秋は紅葉、という今なら定番の美的意識とは異なり蕪村の秋の句には「とうがらし」が多い。鵯の句の黒い土に真っ赤な実――とうがらしか南天か――が鮮明に映る。野分の句もそうで、嵐が去って畑の具合を確かめに出てみると薙ぎ倒された作物の草色のなかに真っ赤なとうがらしが際立っている。御園守という漢字と翁の字面が古びを表すなかでとうがらしの色があざやかに浮かんでくる。
迷ひ子を呼(よべ)ばうちやむきぬた哉
砧(きぬた)は洗濯した布を生乾きの状態で台にのせ、棒や槌でたたいて柔らかくしたり、皺をのばすための道具―いわばアイロン代わりである。秋の夜なべにあちこちの家からトントンと砧を叩く音がひびいてくる。突然、暗くなっても帰ってこない子どもを探す親の呼び声がひびく。サッと砧の音が止んでシーッンと一瞬静寂(しじま)が闇夜を覆い、そして子どもの名を呼ぶ声が澄明に響き渡る。秋の冷ややかさが肌に伝わる句である。
蕪村の句には滑稽味有る句も少なくない。
猪の狸寝入やしかの恋
戸をたゝく狸と秋をおしみけり
猪―の句には「獣を三ッ集めて発句せよといへるに」という前書きがある。数人の仲間と戯れ句を楽しんでいる風情が実感できる句会の様子。猪と鹿は花札遊びの「いのしか蝶」にあるように昔は一緒の並びで使われることが多かったがそれに狸を加えての三匹でおかし味をかもした蕪村の手練(てだ)れがたのしい句である。戸をたたく―の方も実際はどうだったか確かではないが狸が出没するのは珍しくなかったから、戸を開こうとしてカリカリと引っ掻いたり後足で蹴破ろうとしたこともあったかもしれない。現実ではなく、秋を惜しみながら月を愛でているうちに絵にある薄(すすき)と徳利と月と狸の図柄を思い出してこんな句をつくったのかもしれない。
妻も子も寺で物くふ野分かな
打(うち)よりて後住(ごじゅう)ほしがる寺の秋
台風21号の被害は甚大だったが被害を受けた人たちは避難所に避難している。昔も同様だったのだろう、小学校の代わりに村で一番頑丈なお寺の本堂が避難所として使われたにちがいない。吹き荒ぶ嵐の音のなかで妻子が夜の飯を食べているのだろう。
打よりて―の方は後住(後釜の住職のこと)を誰にしようか、どこから連れてくるべきかを相談している村役たちの姿…。台風のセイか高齢かははっきりしないが先の住職の亡くなった後を補充しなければならない村の年寄り達の議論している薄暗い寺の本堂のローソクの灯りと人の暗い影がいかにも秋を思わせる侘しさである。
俳句を完成した芭蕉の後継者としての位置づけで深化と熟度の達成を担った蕪村の句は、李杜と並び称される漢詩の杜甫同様に難解さを読み手に強いる。杜甫の使用した漢字が李白のそれより五百字以上多いように蕪村の句は和歌や故事、先達の俳句の引用が多く鑑賞は難しい。それでありながら現在に通じる新しさ――「俳詩」の斬新さのような一面もあり、玩味に富む豊かな作品に魅せられた一巻である。
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