2020年10月12日月曜日

管見譫言/20.10

 人間八十年も生きていると世にあるすべての存在が不確かに思えてきて、若い人たちがあれだこれだと争っているのをみるとあれもこれも明日には今日とすがたを変えているかもしれないのにご苦労なことだとおかしくなってくることが少なくありません。勉強に勤しんで懸命に仕入れた知識が不動のものではなく時の移ろいとともに昨日正と信じていた理論が明日には真逆の理論に取って代わられるという経験も何度か経てきました。そんな耄碌老爺の繰り言をこれからときどき書いてみたいと思います。題して「管見譫言(かんけんせんげん)」、よし(葦)のストローからのぞいたような狭い視野の戯言(ざれごと)とでもいうような意味です。

 今日の第一回は「中国と朝鮮(韓国)について」語りたいと思います。

 

 まず中国ですが、今の中国をイギリスやわが日本のような「現代国民国家」としてみるのはまちがっているのではないか、最近そう思うようになってきました。香港に圧制を布いたり台湾の独立を抑え込もうとしたり、南沙諸島に人工島を築いて実効支配をたくらんだりと、およそ世界の常識とかけ離れた政治的行動が目立ちますがそれは中国という国を、いま中国領土とされている地域が日本の国土のようにそこに住んでいる住民が「中国国民」として納得している国土とはいえない地域を多く抱えているということを忘れて、わが日本と同じような国だと誤解しているからなのではないでしょうか。香港は別にして、台湾も新疆ウイグル自治区もチベット自治区も内蒙古自治区も中国共産党政府は中国領土と主張していますが、戦後75年経ってもまだ領土として安定していないのです。だからどの地区でも紛争が絶えないのであり、ほかにも中国には55の少数民族が住んでいますから反政府運動が絶えないのであって、数年前まで反権力闘争を含めた紛争数を公表していましたが二万件を超えたころから公表を控えるようになっています。結局中国という国はいまだに国家として確立していないのです。

 中国の歴史を振り返ってみれば漢民族と四夷――野蛮な異民族(中国からみた)との抗争の歴史であり、満州民族もモンゴル民族もかって中国を支配したことがありウィグル族、チベット族と漢民族は権力闘争を繰り返してきました。かっての中国が賢明だったのは異民族の支配を受け入れながら時間をかけて彼らを「中国化」し、奢侈と怠惰に陥るのをまって「同化」するか追放するかしていたのです。しかし中国共産党は性急にそれをなそうとしていますから紛争が頻発するのです。今のやり方では同化は成功しないでしょう。彼ら異民族にはかって中国を支配したというプライドがありますし、言語も価値観も根本的に異なりますからアイデンティティを共有することはできないのです。

 もう一つの問題点は13億人の中国を9千万人の中国共産党が独裁していることです。ここ数年習さんが粛清しましたから少しはましになっているかもしれませんが、それまでは地方の長官になれば数年で一兆円という途方もない蓄財が可能なほどの許認可権などの権力をほしいままにすることができたのです。それでも国が年10%以上の経済成長をして一般国民もそれなりに豊かになることができましたから共産党の横暴を受け入れていましたが、二三年前から成長が鈍化し1人当りの豊かさ(GDP)も年間1万ドル近くで停滞しています。世界標準では2万ドル以上が豊かな国ですから中国国民はまだ道半ばで留まったままです。極貧から脱出して世界の先進国の豊かさを知った中国国民はこの状態に満足することはできないでしょう。より豊かになることを共産党政府に要求するはずです。それを知っているからこそ習政府は南沙諸島に人工島を築いたり「一帯一路」政策で世界の資源の確保と消費を囲い込もうとしているのです。それでも13億人の国民に先進国並みの豊かさ提供することはできないでしょう。そうした「現実」を国民が知った時「共産党独裁」を中国国民が容認するでしょうか。

 中国は「未完成」な国家です。異民族を「中国化」することと漢民族に「豊かさ」を与えることができなければ「統一国家」として13億人の広大な国家を形成することはできません。そこに向かっての「運動体」が今の中国なのです。今後中国がどのように変貌していくか、ここ五六年、2025年頃までが中国の正念場になることでしょう。

 

 次は韓国について。なぜあの人たちはこんなに日本(人)を憎悪するのでしょうか。

 朝鮮半島は第二次大戦後はじめて独立国として領土をもつことができました。そして韓国は民主主義も手に入れました。しかしいまだにふたつとも――独立国として民主主義国として――有効に機能していません。

 朝鮮半島は歴史上いつも中国の属国でした。朝貢国として中国に傅(かしず)いてきました。日本も朝貢国の時代がありましたが朝鮮のように地続きでありませんから中国の脅威に直接さらされることから逃れることができました。とくに徳川時代以降は鎖国政策によって純粋な「経済関係」以外の政治的な国交はありませんでした。日清戦争(1894年~1895年)によって朝鮮に対する中国の宗主権が放棄され独立が保証されることによってようやく朝鮮は中国の支配から脱却できました。歴史上朝鮮は初めて独立国となったのです。ところが1910年に日本は朝鮮を併合し植民地化しました。結局朝鮮の独立はわずか15年足らずで終わりをつげ主権を剥奪されたのです。古代以来2000年以上中国の属国という地位に甘んじてきた歴史に終止符を打ったと思った朝鮮の人たちにとって日本の植民地になることの屈辱はわれわれ日本人の想像をはるかに超えた根深いものであるにちがいないのです。なぜなら日朝の関係は中国文化の移入においては日本より先進国であったし、武力関係においても古くは白村江の戦い(663年)でも、また秀吉の朝鮮出兵(1592年~1598年)においても日本に勝ったという自負をもっているからです。その日本に植民地として収奪された支配されたという恨みは骨髄に徹する思いなのです。ところが世の常がそうであるように「した方」は「された方」ほどにはその痛みは分からないのです。

 なぜ韓国の人たちがこれほどにわが国を憎むのか、多分こんなところなのではないでしょうか。

 

 中国の理解できない振る舞いと韓国の想像を超えるわが国への憎悪。それを理解するには「教科書歴史」や世間の常識から自由にならないと見えてこないと思います。現実に起こっていることを理解しようと自分の頭で考える、そのためには「深い読書」が欠かせないと思います。ウィキペディア全盛の今、SNSが席巻している今こそ古典を中心としたすぐれた本を読む価値が高まっていると思います。

 

 

 

 

 

 

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