2021年11月22日月曜日

前人未踏

  大谷翔平選手がアメリカ大リーグのMVP(アリーグ)の栄誉に浴しました。推薦人30人のフルマーク(1位満票)で選ばれたのですから凄いと言わざるをえません。ベーブルース以来の投手打者二刀流で投手9勝、46本塁打、打率0.257、盗塁26という投攻走3拍子そろった活躍ですから、それも野球の世界最高レベルの大リーグでの二刀流ですから非の打ちどころがありません。私がとりわけ貴重とするのは大リーグ選手会が選定する「プレーヤーズ・チョイス賞」で最高の栄誉にあたる「年間最優秀選手賞」を得たことです。いくら成績が優秀でも人望がなければプライドの高いメジャーの選手に評価されませんから日本の選手が大リーグの選手たちから最高の活躍をした選手と称えられたことは何物にも代えられない喜びと感じているのではないでしょうか。

 へそ曲がりのひとは、打率の0.257は並の選手以下だとか10勝を上げられなかったのは見劣りがするとか難癖付ける向きもありますが、WARがゲレーロ選手の6.7に対して大谷選手は8.1と決定的な差で抜きんでていることを知れば彼の偉業には一点の曇りもないことを納得するでしょう。WARというのは勝利貢献指数と呼ばれるもので、「Wins Above Replacement」すなわちそのポジションの代替可能選手に比べてどれだけ勝利数を上積みしたかを統計的に推計した指標です。打率が低くても勝利に有効な時、有効なヒットを打つことが重要だという考えを表した数字ですから、ゲレーロ選手との1.4という差は決定的といっても誤っていないでしょう。

 とにかく大谷翔平という選手は日本でこれまで活躍した野球人の誰よりも異次元の存在であり、それは日本に限らずアメリカでも――ということは世界的にみても前人未踏の活躍をした選手と評価していい選手なのです。

 

 折りしも将棋界に藤井聡太という、これまた前人未踏の存在が現われました。19才での4冠は将棋界はじまって以来の偉業ですし王将戦挑戦も決まっていますから来年には10代5冠も実現性を帯びてきました。気の早い人たちは「藤井聡太時代到来」などと浮かれていますが19才という年齢から最盛期までにはまだ時間がありますから10冠独占などという破天荒もあるかもしれません。そして彼の唯一無二なところは名人も破ったAIソフトに勝つ可能性が極めて高いことでしょう。ディープラーニング系のAIソフトは対戦を重ねるごとに成長しますから人間を凌駕することも理論上は有り得ることで実際に名人も負けたわけですが、彼の差し手はそのAIでも受け手を提出できないことのある「異次元」の妙手もありましたから、彼はすでにAIを超えた存在になっているのかもしれません。

 15、6世紀に成立した日本将棋は以来何億手の差し手の蓄積を重ねてきたか分かりませんが、相手から奪った持ち駒の再利用という世界でも珍しいルールによって考えられる差し手は何兆手になるか判断も覚束ないのですが、彼はAIの考え得る何兆手かの差し手のなかに入っていない差し手を考え得る「前人未踏」の存在と言えるのです。想像力という視点からは「異次元」の境地に至っているのでしょうしこれから更なる「異次元」を現出することになるのは確実です。

 

 前人未踏といえば今年4月プロゴルファー松山英樹が日本男子ゴルファ悲願の4大メジャーのマスターズを初制覇しました。100年近い日本ゴルフの歴史ですが1957年日本で開催されたカナダカップで日本人ゴルファー中村寅吉さんが優勝したころから数えても約70年、どうしても成し遂げられなかった4大男子メジャー制覇がやっと松山選手によって達成されたのですから今年は歴史的な記念の年になります。尾崎も青木も中島も涙をのんだメジャーの壁を松山さんが突き破ったのです。

 ゴルフでいえば渋野日向子さんが2019年の全英オープンを、笹生優花さんが2021年の全米女子オープンを制覇しています。

 テニスの大坂なおみさんも「前人未踏」を達成しています。テニス界のグランドスラム――国際テニス連盟の定めた4大大会の全米、全豪オープンを各2回制覇しました。男子の錦織選手がもうちょっとのところで手の届かなかった優勝を大坂選手が達成したのですから偉業です。

 偉業と言えばフィギアスケートの羽生結弦選手も忘れられません。ソチ、平昌の2大会で優勝した「前人未踏」の異次元の選手です。

 

 大谷翔平1994年生まれ、羽生結弦1994年生まれ、藤井聡太2002年生まれ、松山英樹1992年生まれ、渋野日向子1998年生まれ、笹生優花2001年生まれ、大坂なおみ1997年生まれの若い「前人未踏」「異次元」の人たちの共通項に気づかれているでしょうか。

 いづれも現代日本の標準的な学歴コースから逸脱した人たちです。藤井さんは高校中退ですし松山さんは東北福祉大学のゴルフ部卒業と言っていいような学歴、羽生さんも早稲田大学出身ですが松山さんと同じようなものではないか、その他も学歴的に目立ったところのない人たちです。彼らの素質と才能は「標準的な学歴コース」から外れたところで培われ成長したのです。

 

 現代日本の学歴コースは旧帝大を頂点とした単線のヒエラルキーになっています。旧帝大というのは単純化すれば優秀な官僚養成を主眼とした大学でした。明治維新に「西欧の衝撃」を受けたわが国は西欧化を短時日に達成することを必須の課題として学制を策定しました。第二次戦争後も壊滅した国土再建という課題を達成するという意味で維新と同じ学制が有効でした。官僚が西欧というお手本を効果的に実現する主導者として頂点に立ち、実行者は定められた機能を果たす能力に長けて――画一的で、レベルが一定以上である人材を効果的に育成するシステムが要求されたのです。その結果は明らかで、壊滅的な被害を被った経済を短時日で再建し、そればかりか世界第2位のGDPさえも達成するに及んだのです。

 しかしバブルがはじけて、新資本主義のグローバル化の進展のなかで新しい価値の創出という意味の「イノベーション」が無ければ成長が望めない経済状況になると、旧帝大頂点の単線型ヒエラルキーの学校制度と「大学入学共通テスト」では「新しい価値創出能力」の養成と判定は不可能になったのです。

 

 多様な能力を発見し養成することが必要になった現在では旧帝大モデルは不適当なのです。そしてその制度で養成された能力を判定する大学入学共通テストを目標とした学校、塾、予備校のシステムは時代に即さない、むしろ悪影響の方が多い「諸悪の根源」と言っていい制度に成り果てていることに気づかねばなりません。

 

 わが国にきっといるにちがいない新しい才能を発見し正しく養成する学校制度を早急に樹立する。大谷翔平さんや藤井聡太さんはその必要性をはっきりと訴えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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