2022年6月13日月曜日

物価の番人

  子どもの頃社会科で日銀の役目を「物価の番人」と教わった人は多いと思います。ところが今の日銀総裁である黒田さんは「物価は上がっていますが家計(国民)はそれに耐えるだけの蓄えをもっています」と堂々と発言したのです。もちろん経済の専門家で賢い人ですからこんなあからさまな表現ではなく、「家計の値上げ許容度が高まっている」と言いましたが素人に解るようにかみ砕いていえば上のようなことを言っているのです。そしてその理由は、コロナで厳しい外出規制があって旅行やショッピングなどが行なえなかった「強制貯蓄」が50兆円もあるから、というのです。

 当然のことながら猛烈な反発が起こりました。庶民の実情を知らない日銀の「公家体質」が露呈した、「#値上げ受け入れていません」、コロナで収入が減って貯蓄などできるわけがない、どこの国の話、などなど。

 

 この問題が起こるちょっと前、「悪い物価上昇」ということがマスコミでさかんに言われました。給料が上がらないのに物価だけがドンドン上がっていく状態を言っているのですが、ということは、給料が上がって物価が上がる、あるいは給料と物価が同時に上がるのを「いい物価上昇」というのでしょうか。しかしそんな物価と給料の関係は歴史上一度しかありません、高度経済成長のときですがこれは「異常」な時期です。戦後復興という稀有な時代のことです。そもそも中央銀行がなぜ生まれたかを考えてみれば、イギリスのイングランド銀行がフランスとの戦費調達のために設立されたのが最初ですが、多くは戦争を契機とした異常な物価上昇――インフレ、20世紀前後を境として戦争が頻発しそのたびに酷い物価上昇が起こり、銀行が破綻することも珍しくなく、国を後ろ盾とした中央銀行に物価抑制の役割を負わせなければならなかった、そんな背景で中央銀行が設立されたのです。これによってそれまで幾つかの銀行が発行していた銀行券――通貨の発行権を中央銀行に集約するとともに、「最後の貸し手」として市中金利――銀行の貸出金利の調整も行なうようになったのです。

 経済が成長して給料が上がる、物(財とサービス)の量は市場の景気状態を予想して企業が増減しますから給料が上がったからといって同時に増やすことはできません。その結果、市場に出回っている商品の量と給料の総額としての通貨の流通量がアンバランスになって――通貨の量が商品の量を上回る――お金(通貨)の価値が下がることによって物価が上がってしまう。これがいわゆる「いい物価上昇」が描いているインフレの状態です。しかしこれは経済の専門家が描く「理想のインフレ」であって実際は、戦費調達のために公債を発行して通貨量が増えてインフレになったり、戦争が終わって物の量が極端に減って国民全部に行き渡る量が足らなくなってインフレになったり、石油危機でトイレットペーパーが不足するというフェイクニュースが広まってほかの物価も同時に狂乱して、など「理想型インフレ」などめったにないのです。たとえどんな物価上昇であってもそれに対応して「物価の番人」としての役目を果たすのが中央銀行――日銀の役目です。それを果たさずになにが「日銀総裁」なのですか。

 

 日銀の役目は「物価の番人」です(アメリカの中央銀行FRBは「最大雇用」の実現も目標としています。なぜ日銀がこれを目標にしないのでしょうか)。それを実現するために「通貨流通量の調整」と「金利の調節」という方法を用いる、ということも社会科の教科書に書いてありました。

 金利が高いと企業が資金を借りる時、借入を控えるか借入額を少なくするでしょう。いわゆる「金融の引き締め」です。もちろん住宅資金にも影響しますから家を建てる人も減少します。全体として社会の経済活動が沈静しますから過熱して高かった物価が下落します。

 物価は市場に出回っているお金の量――通貨の市場流通量を調節することでも調整できます。今物の量とお金の量が100対100のところにお金を20増やすとします。結果100円で買えていたものが120円出さないと買えなくなってしまいます。黒田さんのやった「異次元の金融緩和」という政策がこれです。バブル崩壊後の20年30年、物価が上がりませんでした。給料も上がらないから日本経済は停滞したまま「セロ成長」がつづきました。そこで黒田さんはお金をドンドン市場に供給したのです。金利をゼロにして政府の発行する国債を際限なく買い入れ、それでも足らずに禁じ手の「株式の購入」にまで手を出しました。それでも物価は上がらなかったのです。そんなところに思いもかけずプーチンが狂気してウクライナ戦争が起って物価が上がったのですから黒田さんは勿怪の幸いと思ったことでしょう。少々の痛みは国民に我慢してもらって「物価上昇基調」を醸成したい――物価上昇を受け入れるムードを演出したい。こんな黒田さんの「本音」が「国民は物価上昇を受け入れている」と言わしめたのです。そうでありながら「金融緩和」――ゼロ金利と国債の買い入れはつづけます、と言うのですからこの人は「狂って」います。

 こんな人に中央銀行を任すことは危険極まる選択です。

 

 黒田さんはだれのために働いているのでしょうか。先日安倍前総理が「日銀は政府の下請けだ」と発言しましたがまさか黒田さんはこんな発言を受け入れはしないでしょうね。「中央銀行の独立性」は世界の中央銀行トップの矜持です。もしそんなプライドも投げうって「アベノミクス」の『下僕(しもべ)』に徹して日銀総裁にしがみ付くのなら今すぐ辞任しなさい。

 

 金融はITなどの最新技術と同様に「ブラックボックス」になっています。素人には分からない理論がまかり通っています。しかし人間の考えることですから真理は案外単純なのではないか、最近そんな思いが募っています。「お金を増やせば物価は上がる」、こんな簡単なことは誰でも思いつく「理屈」です。

 

 しかし世の中はいろんな人間が無数に居て成り立っているのです。単純な理屈では理解できないというのが庶民の知恵です。賢い人には世の中が「単純」に見えるのでしょうか。

 

 

 

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