2023年2月20日月曜日

悪いのは組織委員会ではないのか

  久し振りに近所のお宮さんの前を通ったら鳥居の前の白梅紅梅が七分咲きになっていました。歳のせいか寒さに怯んでここまで足を伸ばさなかった僅か半月のあいだに季節はいつも通りすすんでいたのです。もう二月も半ばなのですね……。

 

 コロナのマスク着用が不用になるようですが不安です。スケジュールばかりが先走りしていますが、ではマスク着用不用の根拠は何なのでしょうか。これまでならコロナに関する政府発表のときには総理や厚労大臣の言葉を科学的に裏づける立場から尾身さん(コロナ対策政府分科会会長)が同席するのが通例となっていましたが今回は尾身さんの姿は見えませんでした。勘ぐれば医師などの反対意見を封じて政治的判断を優先させたからではないかという見方ができます。一般的にはワクチン接種が広範囲に深化して免疫力が高まった、コロナの弱毒化が進んで感染力が低下した、特効薬ができて重症化を防げるようになった、などが背景にあると言われていますが、しかし感染が拡大したときの医療体制にはいまだに不安が残っていて医師の懸念はぬぐえていません。

 なんにせよマスコミはどうしてニュースリリースを鵜呑みにして公開するだけで着用不用の科学的根拠を政府に問いたださないのでしょうか。多くの国民が政府発表にもかかわらず疑問を抱き不安を取り除けないでいるのは政府を信用していないからです。着用の有無は国民の判断に委ねる、などといつまでたっても「要請」姿勢でその場しのぎしようという政府や行政には呆れてしまいます。

 

 最近政府が持ち出した少子化対策の多子家庭優遇策としての所得税「N分N乗」方式に対するマスコミの姿勢も信じられない無責任さです。マスク不用とまったく同じでニュースリリースの垂れ流しです。所得を個人単位ではなく家庭単位で捕捉して総所得を家族数で割って課税所得を少なくして家族単位の所得税を少なくする、家族数の多い――子どもの多い家庭が有利になるようにしようという所得税の課税方式でヨーロッパ諸国で採用されているらしいのですが高所得層ほど優遇されるなど問題点もあって実際にわが国で採用されるまでには紆余曲折が予想されます。ここで問題にするのはマスコミの報道の仕方です。現行方式と「N分N乗」方式の比較を表で示すのですが「所得額―課税所得(A)―税率(B)―税額(C)」という表なのですが「課税所得×税率=税額」となっていないのです。結局「課税所得」と表示されている数字に間違いがあるのでしょう、でなければ[A×B=C]にならないはずがないのです。これも役所のニュースリリースを垂れ流しているからこんな発表の仕方になるのです。マスコミ各社には給与課があるでしょうから彼らのチェックがあればこの表の誤りは指摘されるはずなのにどうしてこんな発表になるのでしょうか。[A×B=C]にならない課税所得はありません。こんな初歩的な疑問をなぜマスコミは持たないのでしょうか。

 

 マスコミの劣化を示す最大のものは「五輪汚職・談合」です。この報道にはいくつもの疑問点があります。まず第一は、電通抜きでオリ・パラは運営できたでしょうか。第二はテスト大会と本大会を別業者でするメリットはどこにあるのでしょうか。別にする意味はあるでしょうか。少しでもイベント業界を知っている人ならこうした疑問は初歩的なモノでマスコミの人でも多くの人は今回の捜査のあり方に違和感を抱いているはずです。

 今現在ネットで見られる範囲で「オリンピック組織委員会」の組織図を見てみました。まず驚いたのは評議員、理事、顧問、役員など役職者の多さです。百人や二百人で収まらない夥しい数の「非実務者」が組織の大きな部分を占めているのです。従って評議会や理事会、委員会の数も尋常ではありません。組織が多岐にわたって煩雑すぎてこれではとてもガバナンスを保つのは無理なことをうかがわせます。しかも統括官である事務総長(武藤敏郎)に過大な権限が集中している組織になっているのです。夥しい非実務者を抱えた煩雑な組織でありながら事務総長に権限が集中する結果、命令系統があいまいで責任体制が明確でない組織委員会の性格が組織図を見るだけでうかがえるのです。その結果が「電通頼み」の委員会になってしまったのです。

 電通抜きで委員会は運営できない、電通を頂点とした広告会社とイベント会社をいかに組織に組み込んで有効に生かすかが組織委員会を構築する際の要諦であったと思います。ところがそれが不徹底でなおかつ「透明性」を欠いていたから今回のような不祥事が起こったのだと思います。大会運営の素人が上部を占めている組織委員会が破綻なく五輪を運営するために電通(と広告会社、イベント会社)をどう位置づけるのか、その系統図と責任・権限を明示的に組織図に組み込む。透明性をもった組織にして独立性をもったチェック機関を設置する。これが五輪組織委員会に求められる最低限の「ガバナンス」だったのです。それを怠った最高責任者が武藤敏郎事務総長だったのです。

 

 明らかになった高橋治之元理事(元電通専務)らの汚職やテスト大会・本大会の談合は許されるものではありません。素人集団の五輪委員会を手玉に取ってほしいままに組織を操り私腹を肥やした所業や談合は処断されて当然です。しかしそれ以上に彼らの「したい放題」を放置して黙認した武藤事務総長らの責任はそれ以上に重いと思います。なぜなら高橋氏らの振る舞いは人目にさらされていなかったとは思えないのです。一部の人は勘づいていたでしょうし上層部にもその声は届いていたと思います。それを下手に動いて彼らの反発を買って運営から手を引かれたら大ごとになる、それをおそれて見て見ないふりをしていたのではないでしょうか。

 原点に返ってみると電通抜きで運営ができないことはそれなりの立場にある人たちには分かっていたはずです、勿論わが国で一番優秀な官僚のひとりとされていた武藤さんも。ただ昨今の風潮としてそれが表沙汰になると「業界との癒着」が疑われることを懼れたのではないでしょうか。それでうやむやにしてしまった結果が汚職・談合につながったのです。

 

 東京五輪の経験を過去のものとして葬ってしまうのではなく、組織や経営の専門家にキチンと検証してもらって問題点を明らかにして対策を立てる、そのことによって今後もあるに違いない国家的な事業やイベント――たちまちのことなら大阪万博がそうですし可能性としては札幌冬季五輪にもその成果は活かせるはずです。それでなくても万博に関しては早くもキナ臭い噂が週刊誌などで取り沙汰され始めているではありませんか。

 

 民間活力の有効活用――これはお役人の常套句です。堂々とあからさまにするになんの怯むことがあるものですか。足らざるをさらして他人の力を借る、IT関係の国際的な遅れは知らない年寄りののさばりと役人の何でも自前主義の齎した「恥」の結果なのですから。

 

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