2012年10月8日月曜日

今こそソフトパワー

NHK土曜ドラマスペッシャル「負けて勝つ―戦後を創った男・吉田茂」は渡辺謙の名演と脇役陣の充実もあって本年第一等の重厚なドラマであった。

戦後日本の復興が想像以上のスピードで高度成長を達成したについては緒論あるが「軍事費負担を極力回避」する姿勢に徹した吉田の存在が大きく影響したことは衆目の一致するところである。軍事費の過大な負担が一国の経済成長と負の関係にあることは多くの識者の指摘するところであり、ソ連邦の崩壊も米国との冷戦による軍事費の負担がその一因であったことは認めざるを得ないであろう。又米国の経済的衰退もベトナム以降の「世界の警察」としての戦費の過大な負担が累積して今日あらしめたことも否定し得ないところである。米国の軍事費と経済の関係については「アメリカ経済と軍拡・産業荒廃の構図(R.ディグラス著・藤岡惇訳ミネルバ書房刊)」に詳しい。

R.ディグラスは次のような結果を導いている。政府がハイテク兵器開発のためにこれほどの巨費を投じなかったとしたら、軍需分野の技術者たちは民間用のエレクトロニクス製品の開発に力を注ぐことができ、より効果的に日本と対抗できたであろう(p63)。新興の産業群から労働と資本を奪い取り金融的な冒険精神を去勢することこそ、軍事支出の必然的結果なのである(p142)。そして「政府の有する資源をレーガン政権のような規模で軍事面に移せば、(略)失業問題、海外市場の喪失、技術的優位の衰退、工場施設の老朽化といった焦眉の課題に対処する国家の能力は大きな制約を受けることになるであろう。/これと同じ資源を、我が国の経済的問題解決のために直接投入できるとすれば、逆に合衆国経済は強化されるはずである(p148)」と結論づけている。

中国経済が急減速している。中国政府が雇用確保のために最低限必要としてきた8%成長を割り込み7%台に落ち込んだ原因をヨーロッパ経済の変調による輸出の大幅な減少とする論調が多いが、過大な軍事費負担が経済の重しになっているという見方は成立しないであろうか。中国の軍事費は公表されている数字でGDPの1.28%だが最低でもその2倍は下らないというのが通説になっておりそれ以上を主張する識者もいる。世界第2位のGDP産出国に成長したとは言え、1人当たりのGDPは未だに年間5400ドル(約40万円超)で世界の89位に留まっている(日本は45900ドル約360万円)。成長段階に比して軍事支出の負担がアンバランスといえないか。ディグラスは、軍事費負担がアメリカ経済の実績を損なっていることは間違いない。ベトナム戦争当時のように経済がフル操業に近い状態にあるときにはとくにそうである(p55)、とも言っている。中国はまさにフル操業にある。

中国経済減速の主因が軍事費の過大な負担にあるというのはひとつの仮説であるがそのおそれがないと断言することはできない。中韓ロとの領土問題が非常に難しい局面を迎えている今、稚拙な「ナショナリズム」の横行を座視せず別側面から我が国国民と相手国民を啓蒙するソフトパワーこそ必要なのではないか。NHKがこの時期に「ドラマ・負けて勝つ」を放映する狙いがもしそこにあったとしたら、その慧眼には脱帽するばかりである。

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