2012年11月5日月曜日

灯火親しむ

今「森鴎外の『うた日記』」という本を読んでいる。先日図書館に行った折にフト書架を見るとこの本が目につき借りてきたものである。どうしてこの本が気になったのだろう?森鴎外の愛読者であること、作者の岡井隆が短歌には無案内な私でも知っている著名な歌人であることが大きく影響したことは間違いない。しかしそれだけではない。まず背表紙のタイトルの字体と配置のバランスが良かった、装幀が上品で重厚であった、手触りや重さも心地よかった。そうした『総体』が長年の読書経験からきている『目利き力』に直感的に訴えるものがあってこの本を借りようと決めたのだろう。

 予想に違わずいい本に出会えた。鴎外の「うた日記」の解読、といえば堅苦しいが詩歌の背景、(漢語)詩の読み解き、岡井氏の感じ方と評価、特に本職の歌人の立場から『文豪・森鴎外』の詩歌を評点するところが面白いし矜持を感じる。「うた日記」というのは鴎外が日露戦争に軍医として出征した日日の思いを託した詩歌をまとめたもので、短歌、俳句、近代詩、漢詩と広いジャンルに亘っている。通り一遍の読みでは分からない、また漢(語)詩では読み方や語句の意味も定かでないものもあり、深く掘り下げて読み解いてくれる作者の語り口は滋味深い。
 いい本には作中の参考文献に優れたものがありその後の読書の大きな支援になることがあるが、今回も「大野晋著・日本語の教室・岩波新書」と「小島憲之著・ことばの重み(鴎外の謎を解く漢語)・講談社学術文庫」を紹介してもらった。すぐに読みたくなり早速購入して前書は既に読み終え後書も本書(うた日記)と並行して読んでいる。ともに言葉についての本だが教えられるところが多く玩味がある。

 最近「電子書籍(以下電子と略す)」が隆盛になってきたが『本との偶然の出会い』がないから今のところ二の足を踏んでいる。しかし辞書や百科事典のように全部ではなく一部を資料として使用する類のものには適しているだろう。雑誌も電子の方が面白いものが作れそうだしエンターテインメントとして読む小説や漫画もどんどん電子化していくに違いない。しかし傍線を引いたり付箋を貼って奮闘しながら挑戦する「専門書」は本としてこれからも存在していくと思う。最も適さないのは「詩」と「絵本」か。特に「詩」は言葉だけでなく書き方も重要な要素であるから質感も含めて本の形が望ましい。
 電子で最も期待されるのが教科書だ。本の教科書をただ移し換えたようなものでなく情報を多層化した多重構造の電子の作れる環境が整えば全く新しい教科書を生み出すことができる。それは学校経営にも大転換を齎す可能性を秘めているが、そのためには「文科省検定」や「学習指導要領」などの『規制撤廃』が前提となる。

 灯火親しむ―の候である。今年も「紙の本」を楽しもう。

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