2014年1月6日月曜日

神の数式と氷の季節

 年末に撮りためた2つの録画を新年の早朝、静寂の中で見た。理論物理学の究極「神の数式」成立の歴史を50分4回にまとめたドキュメントと1973年に発売され130万枚を超えるメガヒットとなった「井上陽水・氷の世界」の製作過程とヒットの意味を問うどちらもNHK制作のドキュメントがそれである。

 「神の数式」とは、何故私はここにいるのか―ということは宇宙がどうして出来たのかと同じ意味だが、それを一つの数式に表そうとしたもので、これには二つのアプローチがある。ひとつは最小単位の存在を突き止めその構成体として物質を規定する方法であり「素粒子の数式」と呼ばれている。もうひとつはマクロのアプローチで「空間(タテ、ヨコ、高さ)と時間=4次元」の世界を数式化する方法でアインシュタインが確立し「相対性理論の数式」と呼ばれている。素粒子の数式は幾人もの科学者の研究の積み重ねの末に「電子、2つのクォーク、ニュートリノ、ヒッグス粒子」の4つの素粒子の発見と数式化で完成する。このミクロとマクロの数式を統合したものが「神の数式」になるのだがそこに至るまでには数々の難関が待ち受けていた。しかし超弦理論を援用することで、4次元ではなく10次元という異次元を作用させることによって統合は成功し「神の数式」は完成する。
 素粒子の発見には湯川博士や朝永振一郎博士が理論的に、小柴博士が実験で貢献した。二つの理論の統合に決定的な影響を与えたのが南部陽一郎博士であり益川敏英博士もこの分野での貢献者であった。そして数々の段階で神の数式の成立に貢献した「ホーキングのパラドックス」で有名な「車椅子の天才―スティーヴン・ホーキング」を記憶しておく必要がある。
 この難解極まるテーマをドキュメントとして制作するだけの科学的知見を備えた優れた陣容を擁しながら、何故報道番組では「阪神淡路大震災」と「3.11東日本大震災・福島原発事故」をその学問領域に取り込むことのできなかった「地震学」の、恣意的な1つの可能性に過ぎないシミュレーションの結果である「起こるかもしれない大地震の被害データ」を、厳密な検証もせずにタレ流すという愚行をNHKは繰り返すのだろうか、しかも原発の存在する危険性には一切触れることもなく。
 
「氷の世界」は1973年に発売された井上陽水のアルバムである。1973年は戦後歴史の大きな転換点であった。その『時代性』を陽水は13の作品に結晶させたがそれをアルバムとして音楽的に完成させたのはプロデュサーの多賀英典であり当時の最先端技術16トラックを駆使するミキサー大野進と星勝をはじめとする10人余のミュージシャンであった。「あかずの踏切」から「おやすみ」まで、タイトル曲「氷の世界」代表曲「心もよう」陽水が最も愛する「帰れない二人」など全曲についてリリー・フランキー等が陽水の回顧を含めて明らかにする制作現場は、25歳の若き天才の感性を喜び称えながらも少しでも完成の域に高めるために妥協のない試行錯誤を積み重ねていく熱気に包まれていた。
 1973年は高度経済成長の終焉したときであり、70年の大学紛争の敗北感と73年第1次石油ショックが成長神話を崩壊させた「不安と混沌」が横溢していた。方向感覚を喪失した人たちは「成功神話」を捨てきれないでいる旧世代と価値観を見い出せない新世代に分断されていた。その熱狂のあとの乾いた同時代人の心を引き掴んだのが「氷の世界」ではなかったか、文化人類学者中沢新一らはそう分析し、職業作詞家と作曲家の存在が否定された作品であったと作詞家なかにし礼は苦々しく振り返る。


 ひとつは歴史の蓄積の過程を経て実現された「知性の極致」でありもう片方は歴史の一時点に凝縮された時代転換のマグマを昇華させた「感性の極致」である。それを時間と金をたっぷりとかけてベストの製作陣が完成させた傑作を見終わったとき、お笑いとアイドルのタレント事務所に主導された低水準の番組に占拠されているテレビのメディアとして進むべき方向がはっきりと見えていた。

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