2014年2月3日月曜日

西経90度と東経90度

楽天・田中将大投手のヤンキース入団が決まった。7年契約年棒総額15500万ドル(約160億円)は年棒23億円になりまさにアメリカンドリームである。しかし最大にして最高の『アメリカンドリーム』は「アメリカ合衆国」そのものであったかもしれない。

腐敗せる旧世界との決別というのは、アメリカの建国神話の一つ、おそらくは最も重要な神話であった。自由と豊穣と道徳的向上の大地たるアメリカ合衆国は、シニカルな旧大陸諸国の下劣な抗争に関わりを持つことなく、ヨーロッパから独立して発展する道を選んだわけである(「帝国以後」エマニュエル・トッド著・藤原書店)。アメリカは若い国である。ヨーロッパのように罪を知らない、まだ穢れていない。なぜならば、罪のない悔い改めた清らかな人たちだけが、メイフラワー号で渡ってきて造った国だから、アメリカはイノセントである、という信念が、最初にあるわけです。(「世界文学を読みほどく」池澤夏樹著・新潮選書)
腐敗にまみれた旧世界(ヨーロッパの先進国)から脱出した清らかなアメリカ人が新天地で民主主義と資本主義という最先端の考え方と手法で豊かな社会を築いた―それがアメリカだ、という矜持が彼らの心の底に強くある。建国から僅か2世紀足らずで世界の超大国に上り詰めた原動力である。

20世紀はアメリカの世紀であった。共産主義の勃興と冷戦という試練も乗り越えて唯一の覇権国として『無尽蔵』とさえ思われる富を蓄積し世界を席巻した。そして圧倒的な戦力と経済力によって「アメリカ型の資本主義・民主主義」をグローバリズムとして世界に流布した。
20世紀にはいかなる国も、戦争によって、もしくは軍事力の増強のみによって、国力を増大させることに成功していない。仏、独、日、露は、このような企みで甚大な損失を蒙った。アメリカ合衆国は、極めて長い期間にわたって、旧世界の軍事的紛争に巻き込まれることを巧妙に拒んできたために、20世紀の勝利者になったのである(「帝国以後」)。
しかし2008年のリーマンショックに端を発した金融危機は世界経済に大転換をもたらした。先進大国G8による支配からG20が象徴する「無極化する世界」へと変貌したのだ。その結果世界の中心が西経90度(北アメリカ)から東経90度(アジア地区を中心としたユーラシア)へと180度転回する可能性が極めて高くなった。
ユーラシアから離れているという、中心をはずれ孤立したアメリカ合衆国の立場(略)平和になった世界の歴史は、かくも人口が多く、かくも狡知に長けたユーラシアに集中するかもしれない(「帝国以後」)。
しかしもし民主主義が至る所で勝利するなら、軍事大国としてのアメリカ合衆国は世界にとって無用のものとなり、他の民主主義国と同じ一つの民主主義国に過ぎないという事態に甘んじなければならなくなるという最終的パラドックスに、われわれはたどりつくのである。/このアメリカの無用性というものは、ワシントンの基本的不安の一つであり、アメリカ合衆国の対外政策を理解するための鍵の一つなのである(「帝国以後」)。

 新興国経済の不透明感が増している。それはグローバリズムという名のアメリカン・ローカルルールをそれぞれの国の歴史と文化に馴染ませる過程にさしかかっている兆しかもしれない。もしそうなら何故そうなったかを理解する必要が有り池澤の次の言葉は極めて示唆に富んでいる。「過去の事例を引用したうえで今を決められない。これが歴史がないということです。(略)法律と倫理、治安、セキュリティーを自前で賄わなければいけなかったという歴史がある。(略)ローカル・ルールで人を裁いてしまうという姿勢は、いまだに変わっていません、ハックルベリーフィンの頃から変わっていないのです(「世界文学を読みほどく」)」。


 世界がアメリカなしで生きられることを発見しつつあるその時に、アメリカは世界なしでは生きられないことに気付きつつある(「帝国以後」)。

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