2016年3月5日土曜日

或る日の断章

 店内は停電し、商品も散乱している。店員たちは入り口で必要なものを聞き、暗く混乱した店内から探しては売っていった。手持ちの現金がない人はノートに名前を書いてもらうだけで手渡す。代金は後に全額戻ってきた。/気仙沼店では寒さの中を並ぶ客に暖房用の灯油を1人10㍑まで無料で配った。まだ電話が通じておらず、本社と連絡が取れていない。居合わせたテレビの取材に店長はこう語ったそうだ。「クビになるかもしれません。それでもいいんです」。
 これは3.11東日本大震災直後のアイリスオーヤマのホームセンターでの社員の奮闘ぶりを語る大山健太郎社長の『日経・私の履歴書(28.3.2)』からの引用である。お金を持たない被災者に名前を書いてもらうだけで商品を渡した店員とその信頼に応えた宮城のひとたち。「ユーザーイン」というアイリスオーヤマの経営哲学をマニュアルなしに実践し「常に相手の立場に立って考えた」社員のとっさの判断。近頃珍しい清々ししさに心打たれた。
 
 この日、平成28年3月2日の日経には「今日」を映した象徴的な記事が多く掲載されていた。
 笛吹けど踊らず、政府や役人の懸命の手立てもかかわらずデフレ払拭はママならず賃上げも消費も一向に盛り上がらない、その元凶は誰だ!安倍首相の追い込まれた呻吟に総務事務次官桜井俊は「携帯電話料金の引き下げ」を提案した。こうして「上からのスマホ料金値下げ」という消費喚起策が浮かび上がった、と2面の『迫真―攻防 携帯値下げ』は伝えている。
 若者の自動車や旅行などにみられる『消費離れ』は、非正規雇用の増大に伴う雇用不安と低賃金下での「可処分所得の減少」が原因であり、さらに携帯などの「通信費の増大」が縮小した消費支出の「通信費以外の支出」を相対的に削減したことは以前から識者の言うところである。国を成長させそれによって賃金を上昇させるという政治の本来あるべき「国民福祉向上の正道」には手をつけず、選挙目当ての国民受けする政策ばかりを追い求めた「政治の失敗」の『弥縫策』が「官製スマホ料金値下げ」であったことをこの記事は明らかにしている。
 
 「子育て貧困世帯2.5倍に―92~12年の20年間」。山形大学戸室健作准教授の「子どもの貧困率研究」の結果が42ページに掲載されている。18歳未満の子供のいる子育て世帯のうち、生活保護の基準となる最低生活費以下の収入で暮らす割合―貧困率が2012年で13.8%にのぼっている。貧困率は1992年の5.4%から20年間で約2.5倍に急増した。これを世帯数でみると70万世帯から146万世帯に拡大しており都道府県別では沖縄が37.6%で最悪、次いで大阪の21.8%鹿児島20.6%福岡1937%北海道19.7%など西日本や東北以北で高い傾向を示している。豊かさが首都圏、中部地方に偏っていることがうかがわれる。
 
 経済面では『家庭用紙、相次ぎ増量品―1ロール長さ3倍、加工を工夫』という一見「消費者に恩恵」を思わす記事があった。トイレットペーパーやキチンペーパーが紙量を従来品より1.5~3倍に増やし1袋当りのロール数を削減したり重量を増やした商品が増えているという。同じ紙量当りの価格は従来と同水準になっている。これは量がかさばるため輸送コストがかかるのが弱点だった家庭紙の弱点を解消するためにメーカーが打ち出した解決策だが消費者にも好評で販売量が10%以上伸びているメーカーもある。消費者はペーパーの取替え頻度の減少という利点があり小売店側には保管スペースの有効活用のメリットがある。
 一見三方良しに見えるこうした状況の裏には「トラックの運転手不足」による『物流費の高騰』という業界の構造的問題がある。11年の東日本大震災以降、震災復興の盛り上がりがきっかけとなって運転手不足が深刻化し人手不足による物流費上昇圧力は今後も続く可能性が強い。物流や建などのキツイ仕事の人手不足は日本経済の足かせになりかねない。
 
 『日教組加入率最低の24%―昨年10月、39年連続低下』と社会面の片隅に小さく載っていた。
 
 一日の新聞記事に垣間見える『日本の病巣』。選挙目当てのポピュリズムがひき起こした政治の失敗による若者世代の雇用不安と貧困化、資源の衰退産業から成長産業への最適移行を妨げる規制の残存、企業に対抗する労働側の組織力の低下、遅々として進まない震災復興に対する国民の不信。これで「一億総活躍社会」が実現できるとはとても思えない。

0 件のコメント:

コメントを投稿