2016年4月3日日曜日

イワンのばか

 トルストイの民話『イワンのばか』を幼い頃絵本で読んだ人は多いだろうが、今読み返してみるとその教訓的なことに驚かされる。あら筋はこんな風である。
 
 お金持ちのお百姓さんの三人息子―兄のセミョーン、次兄のタラスとお人よしで「イワンのばか」と呼ばれている末弟のイワン(口の利けない妹マラーニャと一緒に住んでいる)―と悪魔の話である。二人の兄は悪魔との戦いに敗れるがまじめにこつこつ働くイワンは王女さまの病気を治してあげたおかげで王様になります。悪魔の悪企みにしてやられたふたりの兄もイワンのおかげで王様にしてもらいます。そこで悪魔は最後の戦いを挑みます。
 セミョーンは好戦主義者ですので悪魔は言葉巧みに隣国インドを倒すようにたきつけ「軍拡」に国力を傾注させます。一方でインドにもセミョーンの国の対インドの軍拡を告げ口して軍備の大増強をさせます。その結果セミョーンは大国インドに抗する術もなく国を滅ぼしてしまいます。
 次兄のタラスはお金が好きで何でも欲しがる性質ですので悪魔は大量の金貨を作らせます。リフレ派でマネタリストのタラスはジャブジャブの金貨でイワンの国へ直接投資をして立派な御殿を建てようと、イワン国の住民に物資の購入や人材の雇用を働きかけます。イワンの国では「物々交換」と「役務の相互提供」で経済が成り立っていたのですが初めは金貨が珍しくて「子どものおもちゃ」や「恋人の首飾り」にしようと金貨と物資の交換に応じ建設人夫として働きます。でも二度目にはそんなに金貨があっても子どもも恋人も喜びませんからタラスの金貨に魅力を感じないようになります。結局タラスは希望の御殿を建てることができなくなりタラスの国も滅んでしまいます。
 最後に悪魔はイワンの国を滅ぼそうとタラスの金貨を持っていきますが当然何も買えません。腹の減った悪魔はイワンに助けを求めますと、イワンは領民に順繰りで悪魔に食事を恵んでやるよう頼んでやります。何日かしてイワンの家に悪魔がやってくるとイワンのおかみさんは昨日の食べ残ししか与えてくれません。なぜだと怒った悪魔に「うちでははたらきだこのないようななまけものにはちゃんとした食事はもらえないきまりなんだよ」と答えました。
 イワンは今でも元気です。でもイワンの国でははたらきだこのないものは今でもちゃんとした食事はできない決まりがつづいています。
 
 まとめが下手なのでトルストイの巧みな語りの味わいは伝えられませんが、トルストイの考えは分かると思います。隣国の脅威と緊張を打破するために『軍拡』を企てても、結局は大国の強力な財政に裏打ちされた『軍備増強』には太刀打ちできないという原理は現在でも真理でしょう。冷戦でソ連が崩壊したように現在の国際緊張下でも最強国の軍備が世界を支配する構図に代わりはないのです。
 世界経済のデフレ傾向の下、デフレは金融現象のひとつであるから貨幣量を増やせばデフレ脱却できると量的質的金融緩和を非伝統的手法を用いて展開しても、実経済の成長力を高めなければデフレ脱却はできないということを今の世界経済の混迷が証明しています。
 
 高度成長期から中成長に成熟した中国経済は、可処分所得の伸びの鈍化と生産者物価の低迷で大半の企業の赤字経営が常態化している。厖大な債務はGDP比でみても日本のバブル期よりもはるかに上回っており中国経済の長期停滞懸念は避けられない。とすれば中国経済の工業化の終わりと共に、モノの世界の収縮は続いていくと覚悟せねばならないが、それ以上に中国の過大な債務は金融市場の収縮にも影響し世界的な金融不安はこれからが本番になるかもしれない。
 北朝鮮の核の『挑発』、留まる気配も無い『難民』と『ナショナル・ステイツの溶解』、経済のグローバル化という新たな「帝国主義」と先進国に蔓延する『格差拡大』。21世紀はこれまでとは次元の異なる『混迷』を我々に突きつけている。
 こうした状況は第二次世界大戦後に樹立された『戦勝国システム』の機能不全をもたらすと同時に既存の理論・知識の適用不可能性をも思い知らしている。
 
 『イワンのばか』がなにを教えているのか?謙虚にトルストイに教えを請わねばならないのではないか。
 

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