2017年5月22日月曜日

なんじゃもんじゃ

 なんじゃもんじゃの花が咲いた。表通りの街路樹が去年なんじゃもんじゃに植え替えられてはじめての初夏、小さな白い花を付けたが鮮やかな新緑と真っ青な空に融け込んでしまいそうなはかない花なので気づいている人もあまりいない。今の騒がしい世の中には不釣り合いな感じさえする。
 
 さて騒ぎの中心、北朝鮮のミサイル発射実験を巡って国際世論が声高に非難を上げているが南北に分断された朝鮮半島の「戦後処理」をどう決着を着けるべきか、先進諸国の「賢人」たちは構想を持っているのだろうか。一方欧州ではフランス大統領選でEU残留派のマクロン候補が勝利して一応の落ち着きを見せたがヨーロッパ統合の今後の趨勢は予断を許さない。最大の問題は「難民」である。これもいわば「戦後処理」に外ならず現在世界を揺るがせている二つの火種は「戦後処理」という点で問題の根幹は通底している。
 
 戦争が終わって朝鮮半島が38度線をはさんで南北に分断されたのは米ソ二大強国の理不尽なエゴ以外の何ものでもなかった。これによって1910年の日韓併合以来朝鮮半島には国家の統一がないまま今日に至っていることに国際世論はどれほどの配慮をしているだろうか。
 隣国日本が西側陣営のモデル国家として目ざましい成長をとげる中、社会主義陣営に組み込まれた人口僅か一千万人強、国土は日本の三分の一の小さな国、北朝鮮は社会主義のモデル国家として格好の存在であった。社会主義の優位性を見せつけたいソ連は強力な援助を北朝鮮に施したから一時は「理想郷」ともてはやされ、日本からも少なからぬ人が北へ移住した。しかし金日成の独裁国家に変貌した北はソ連の思惑を超えた路線を歩むようになる。社会主義として受け入れ難い「世襲」を制度化した金日成の北朝鮮は、ソ連崩壊後、ロシア、中国が市場化を受け入れ社会主義・共産主義の修正を行う中で「世界の孤児」とならざるを得なかった。北朝鮮の志ある層は国の体制を変換する以外に国として成り立っていく方途がないことは理解しているが軍隊を後ろ盾とした強力な「既得権層」が金正男体制を守護し体制転換に抵抗している。
 核保有国として世界秩序に組み込まれることを構想している北朝鮮をどのように説得して南北統一を朝鮮半島に齎すかは、70年を経た「戦後体制」がどうしても決着をつけなけねばならない「残された宿題」である。
 
 ヨーロッパ諸国を混乱に陥れている「難民」は、アフガニスタン、シリア、ソマリア、スーダン、コンゴ、イラク、エリトリアなどのアフリカ及び中東諸国のほかミャンマー、ヴェトナム、コロンビアなど世界の多数の国から発生している。そしてこれらの国のほとんどは戦前欧米先進国の「植民地」であった。イギリス、フランス、イタリア、ベルギー、スペインなどの宗主国は戦後「民族自立」の原則を受け入れ「植民地」を解放した。しかし未熟な「後進国」を、「収奪」の「後始末」もせず放置して「独立」を与えたから、主権国家としての体制が不完全なまま「世界経済」に組み込まれざるをえなかった。脆弱な政治経済体制は「グローバル化」の荒波に抗するすべもなく、国家の枠組みは溶融し「難民」として国外に流出した。
 難民を受け入れたから職を奪われ困窮したと不満を募らせ、国家主義政党のポピュリズムに阿る風潮が蔓延しているが、宗主国として植民地を収奪した『報い』が70年後に身に降りかかったという見方もあることを認識すべきであろう。
 
 朝鮮半島問題も難民問題も「戦勝国」による「戦後体制」の齎した『歪み』という点では因(もと)は同じであり「無責任な放置」が混乱に拍車をかけた。同じ構図は国内にもある。
 沖縄を主とした「基地」、全国に散在する「原子力の町」。これらの「地方」は国の施策によって基地にされ原子力発電所を受け入れさせられた。どちらも雇用吸収力の大きな「産業」であるから当然のように受け入れた「地方」は基地と原子力という「産業」に依存する「かたち」に編成されている。その「かたち」のままで「基地」「原子力」を「廃止」することが不可能なことは誰がみても明らかだ。それを、ちょっと不満を言えば「補助金」を減らしたり、「恫喝」まがいの「説得」を行うなど『卑怯』という外ない。「不公正」といってもよい、正義がないとも言える。「無責任な放置」を前提として基地や原子力を「地方」に押し付けようとする社会経済体制をこのまま残存させておく『余裕』はもう残されていない。
 
 北朝鮮のICBMが現実味を帯びてきて「アメリカの本気」が見えてきたが、日韓はずっと以前からその「脅威」にさらされている。身勝手な「大国の論理」に世界はいつまで「従属」しているのだろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿