2017年10月23日月曜日

なぜ「社内留保」が積みあがるのか

 20世紀は「専業主婦」の時代であった。「夫婦子ども二人の四人家族」が「標準家庭」として当たり前のように考えられていた。政府や地方公共団体が種々の統計や計画を立てる場合にも「夫婦子ども二人の四人家族」が社会の基礎的単位として採用されていた。夫は「会社人間」で毎日の残業は当然、仕事のあとは接待で午前様の帰宅も珍しくなかった。土日の休みも接待ゴルフで家庭に居ない夫、お父さんでも家族は不満を云わなかった。たまに子どもがグズって駄々をこねるようなことがあれば「お父さん、頑張ってお仕事してくれるから皆んなが安心して暮らせるのよ」と妻が諭したものであった。
 そうなのだ、あの頃は『夫の収入』だけで家族四人が暮らせて、ローンを組めば持ち家も可能だったし子どもも何とか大学へ行かせられた。
 
 平成になって状況は一変した。1991年(平成3年)バブルが崩壊し2008年(平成20年)のリーマンショックで事態は更に深刻化した。1980年、昭和55年専業主婦世帯は約1100万世帯、共働き世帯は600万超世帯だったのが2016年(平成28年)にはそれが664万世帯と1129万世帯に逆転している。バブル崩壊から僅か5年―1996年に共働き世帯が専業主婦世帯より多くなり社会構造が大転換した、それからもう20年以上経過しているのに社会システムの変革がそれに追いついていない。
 日本の多くの企業は「新卒一括採用」で採用した社員を社内外の研修やOJTの現場教育で教育訓練して使えるように、戦力化した。終身雇用と年功序列の「日本型経営」は生活給型の給与制度を採用して年齢とともに給与が上昇したから結婚すれば「配偶者手当」、子どもが誕生するごとに「扶養家族手当」が支給され「夫だけの収入」で家族を養うことができた。大企業では社宅が完備していたから住居費を割安で済ませられたし中小企業でも「住宅手当」が支給されることが多かったから40才代でローンを組んで持ち家を手にすることも可能だった。高額の高等教育の授業料を負担して大学を卒業させた子どもたちが独立する頃には親を引き取って面倒を見る家庭も多く見られた。
 要するに、戦後我国の社会福祉政策はその多くを社員の雇用維持・保障と福利厚生制度によって企業に機能分担させてきたのである。政府は高度経済成長による税収増を減税に回して納税者に還元し、公共事業で企業に仕事を提供しその乗数効果で日本全体の雇用を維持することを図った。経済成長と企業の努力と労働運動と政府の施策の総体として日本における社会保障システムは機能してきたのである(実際の仕事は専業主婦たる女性が分担することが多かったが)。
 バブル崩壊とリーマンショックと経済のグローバル化はこうした「日本型経営」の維持を困難にしたので、企業は終身雇用・年功序列の改変と成果配分型の給与制度への移行、系列の解消などによって「企業経営の自由度」を高め、グローバル競争に対抗できる「スリムな企業体質」を獲得しようとした。
 
 「脱日本型経営」の進行とともにサラリーマンの平均年収は2001年(平成13年)の505万7千円を最高に2015年(平成27年)には420万円にまで減少した(厚労省賃金構造基本統計調査)。雇用に占める非正規雇用者の割合は2016年(平成28年)には37.5%にまで上昇し、平均給与は正規雇用者が418万円非正規雇用者が171万円で250万円近い格差になっている。男女別でみると正規雇用の男性521万円女性276万円で男性は女性の約1.9倍の収入を得ている。貧困率(相対貧困率/厚労省国民生活基礎調査による)は1980年12%、2000年15.3%、2012年16.3%と年々上昇してきた。
 こうした状況を背景に介護保険制度が2000年(平成12年)に施行された。「子育て支援」は1994年(平成6年)に「エンゼルプラン」としてスタートしたが保育所の整備によって潜在的保育需要(働いてはいないが就労を希望する子育て世代)が掘り起こされ、また認可外保育施設利用者が認可保育所に入所を希望するようになったことなどによって保育所不足は今も深刻な社会問題とになっている。
 
 社会保障制度の大きな部分を企業が負担することで「低負担中給付」を可能にしてきたのだが、「グローバル対応」の大義のもとに企業がその多くを放棄したために社会保障制度を維持することが困難になってきている。低成長で国の経済はほとんどセロ成長であるにもかかわらず企業のいわゆる「内部留保」は増加の一途をたどり2016年度の「内部留保金融業、保険業を除くは前年度よりも約28兆円多い4062348億円と、過去最高を更新した財務省法人企業統計によるちなみに1998年度の内部留保は131.1兆円であった
 内部留保の積み上がりのすべてが社会保障制度の負担分返上によるものとは云わないがそれも可なり影響していることは否めない。そのうえ、社員の戦力化を高等教育(大学)に肩代わりさせようとするのは身勝手が過ぎるというものだろう。
 
 戦後ここまで「アメリカ追随」「アメリカ方式の採用」でまあまあの国家経営ができてきた。市民、企業、政府の関係も偏りを最少に保ってきた。しかしここにきて、企業が突出して利益を得ているように国民の多くが感じている。北朝鮮、中国、ロシアとの東アジアでの勢力争いの名目で「戦力強化」費用が高騰しそうな情勢が迫っている。結果として「格差」がさらに拡大しそうである。過去の歴史の教訓は「格差拡大」は社会不安につながっている。
 折りしも「総選挙」である。保守・革新の程好いバランスが保てるような結果が出ることを願う。

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