2018年1月8日月曜日

日馬富士問題の深層 (続)

 二つ目は「力士の給料と雇用関係」についてである。
 数日前、テレビのコメンテーターが「横綱の給料って安すぎませんか?」と言っているのを聞いて唖然とした。確かに横綱の月給282万円というのは安いが収入は給料だけでなく、ボーナス(年間二か月分)、本場所手当や報奨金などがあり懸賞金も少なくないから実質年収は5000万円を下らない。しかし問題は別の所にある。所謂「タニマチ」といわれる「ご贔屓」からの祝儀がバカにならない金額なのだ。年6場所の本場所と年間80ケ所前後の地方巡業が編成されているが、地方巡業のほとんどの日に地元有力者の接待を受けている(こうした活動も大相撲の大きな仕事の一つになっている)。タニマチは少なくとも70万円から100万円程度の出費は覚悟しなければならないから関取の実入りは50万円は下らないだろう。年間にすれば相当な金額になることは確かだ。勿論本場所でもこうした交際は日常化しているから関取の収入は表向きの給料の何倍(5倍近く)もあるのではないか。関取に限らず「部屋」にもタニマチはついていて「後援会」を通じて「部屋贔屓」しており「部屋経営」の大きな柱になっている。(部屋経営は力士数に応じて協会から支給される補助金と後援会からの資金援助そして親方の個人マネーで成立っている)。
 大相撲の歴史からも明らかなように相撲は「パトロン・スポーツ」の性格が強い興行形態を長く行ってきた。協会という形に統合されて「財団法人日本相撲協会」が設立された1925年になってようやく現在に近い体制が整い、2014年に公益財団法人として承認されて今日に至っている。今でも「興行」という形態を保っている大相撲は、一般の企業経営のように財務活動のすべてが『透明化』されているわけではなく、表立って公表されている財務指標は現実の半分にも満たないかもしれない。
 貴乃花が改革しようとしている最大の眼目は「大相撲財務の統合と透明化」にある。実際彼は後援会制度(メンバーズクラブ)をオ-プンにして①スペシャルサポーターズ年会費10万円②アシストメンバー年会費2万円③キッズクラブ年会費3千円の三種類を公募している。
 
 給料問題のもう一つは「力士の雇用関係」についての視点である。給料の支払い対象は十両からで、十両は月額約100万円、平幕約130万円、三役170万円、大関約234万円、横綱約282万円となっている。幕下以下には基本的に給料は支払われず、場所手当と成績に応じた奨励金が支給されて幕下で年収約100万円、最下位の序ノ口でも年収約40万円ほどは保証されている(引退に伴う退職金―養老金と呼ばれている―も幕下以下には支払われない)。給料が雇用関係に基づいて支払われるものだとすれば、幕下以下と「部屋」或いは「相撲協会」とはどういう関係になるのだろうか。そもそも力士と部屋或いは相撲協会との関係は雇用関係として認識されているのだろうか。給料が協会から支給されるのであれば、力士は協会との雇用関係は成立しているのか、その場合、部屋との関係はどうなるのだろうか。
 丁稚奉公が普通であった昭和初期までは別にして、戦後は労働法規が整備されてどんな小企業であっても雇用主と被雇用者という雇用関係が成立するようになっている。大相撲協会も「公益財団法人」として認定されるようになった現在、弟子と部屋或いは相撲協会との雇用関係を明確にすることは必須の条件であろう。
 貴乃花は改革に「雇用問題」も考えに入れているのだろうか。
 
 最後に「力士のセカンドキャリアと年寄り制度」について考えて見たい。
 現在力士は約700人在席しており、内十両以上の関取は70人前後である。年寄りは約100人で部屋数は45ある。大雑把に言って親方100人、力士700人、行司などの協会関係者を200人と見積もっても約1000人で年間約100億円(平成28年の経常収益は約94億円)の売上を上げている組織として日本相撲協会はある。相撲社会は先の給料問題の件でみたように厳しい格差社会で100人足らずの関取というエリートとそれ以外の600人の下積み力士、それと年寄りというセカンダキャリアのエリートで構成されている。退職金は養老金という名目で、横綱で1500万円の基本額と50万円の在席場所数に応じた加算金が支給されるようになっている。階級によって基本額、加算金に格差があって横綱で1億円前後、十両平幕だと3千万円程度の退職金になる。しかし関取になれなかった力士には10万円から30万円足らずの「餞別」が支払われるだけである。相撲協会を従業員1000人売上高100億円規模の中堅企業と見た場合、余りにも従業員の福利厚生が劣悪すぎる。金銭的な待遇だけでなく引退後のセカンドキャリア支援もほとんど顧みられていない。こんな劣悪な従業員(力士)待遇では今の、日本の若い人が魅力を感じるはずがない。また裾野の狭いことも与って日本人入門者が減り、畢竟モンゴル(外人)力士全盛の時代となったのである。
 貴乃花の焦りにも似た「改革」熱望志向にこうした背景があるのが手に取るように分かる。
 
 更に力士の劣悪な処遇に反して100人近いの年寄り(親方)の「厚遇」がある。部屋持ちの親方の平均年収は約2000万円、平の年寄りでも1500万円近い年収があり、しかも力士と違ってある意味で生涯保障になっている(力士の引退年齢は長くて35歳前後である)。この年寄株が高額で取引されている状況を改革するために年寄名跡売買禁止が検討されたが1998年に成立した年寄名跡の新制度は形骸化している。関取クラスのセカンドキャリアとして年寄り的な制度の必要性は認められるが現状のまま、一般力士の犠牲の上に成立っている現制度の改革は急務である。
 
 以上が日馬富士問題についての私の考えである。最後にマスコミも一般ファンも疑問に思っている「貴乃花は何故『だんまり』を決め込んでいるのか?」についての推論を述べてみたい。
 今回の事件の真の『首謀者(?)』が白鵬と石浦氏であることは相撲協会関係者暗黙の事実なのではないか。しかしそれを誰も明言できない協会の『隠蔽体質』に貴乃花はある種の「諦念」を抱いている。もしそれを明らかにしたら、現在の「大相撲体制」が根底から崩れ去ることは明らかだから、根本的な改革に踏み切る『覚悟』と『将来図』が関係者間で共有されていなければならない。そこに至るにはまだ、相当な「準備期間」が必要なことを貴乃花は理解している。そこに彼のジレンマがある、だから沈黙せざるを得ない。
 
 「大相撲改革」は大事業である。伝統を継承しながら時代に適応した組織に変革することは大難事業である。しかしそれを、時間稼ぎの弥縫策でしのいできたツケが「モンゴル相撲全盛」という形の報いを受けることになってしまった。モンゴル力士の存在を否定するのではない、ただ、今のような「歪(いびつ)」なかたちでは結局今回のような見苦しい権力闘争紛いの醜態を晒すことになってしまうのである。
 日本の子どもたちが魅力を感じる「大相撲」に変えることが「伝統の継承」につながることを認識して「既得権」を『打破』するところからスタートしなければ、「大相撲」を魅力ある『プロスポーツ』に変革することは不可能である。
 
 周到で粘り強い貴乃花の「大相撲改革」に期待したい。
 

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