2018年6月4日月曜日

「働き方改革」私論

 5月31日働き方改革法案が衆議院を通過し6月1日には最高裁が「定年再雇用の賃下げ容認」という判断を示したがこれも「高齢者の働き方」に重要な影響がある。そこで我国の労働環境の現状からこの二つの動きを考えて見たい。
 
 最初に我国の労働市場で今どんな問題があるのかを見てみよう。厚労省の「平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると「総合労働相談件数」は113万件で平成20年度以来100万件を超えて推移している。「民事上の個別労働紛争相談件数」は25万5千件超でこれも20年度以降24万件から25万件を超えている。民事相談件数の内訳は1位が「いじめ、嫌がらせ」で約7万件、2位は「自己都合退職」で約4万件、3位「解雇」3万6千件超で解雇退職関係で7万を超えている。他には「労働条件の引下げ(雇い止め、出向・配置転換、雇用管理等)」「退職勧奨」「募集・採用」「採用内定取消」などがある。これを就労形態別にみると「正社員」4割弱で6割以上が非正規雇用となっている。地方公共団体の労働局(東京労働局)での申告事案では「賃金不払」が85%「解雇」は15%に止まっている。以上から雇用・解雇関係、賃金不払、いじめ・嫌がらせが労働紛争の中心になっていることが分かる。
 次にサラリーマンの平均年収の推移をみてみよう。最も高かったのは平成9年(1997年)467万円で平成28年は422万円と1割以上低下した。平成28年の正社員・契約派遣社員(非正規)別の平均年収は正社員約514万円、非正規約328万円(約64%)。最高年収は正社員の〈50~54歳〉約645万円、非正規〈60~64歳〉約363万円(約56%)である。最後にサラリーマンで年収1000万円以上の人数と割合を見ると2016年で208万人強で4.3%弱になっている。
 それでは我国の「労働法制の体系」はどうなっているのだろうか。大別すると(1)失業対策=雇用対策と(2)労働者保護に分かれており(1)には雇用保険法、高年齢者雇用安定法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法などがあり、(2)には労働基準法、最低賃金法、労働契約法、パートタイム労働法、労働者災害補償保険法、育児・介護休業法などで構成されている。
 
 これだけを抑えておいて今回成立した「働き方改革法案の概略」を検討してみよう。
 (1)残業時間の上限既成(時間外労働の上限を年720時間、月100時間、2~6ケ月の平均80時間に設定)、(2)有休取得の義務化、(3)勤務間インタバル制度の努力目標化、(4)割増賃金率の猶予措置廃止(中小企業に適用していたものを廃止)、(5)産業医の機能強化、(6)同一労働同一賃金(正社員と非正規労働者の待遇に不合理な差をつけることを禁止)、(7)高度プロフェッショナル制度の創設(高収入―年収1075万円以上を想定―で専門知識をもった労働者について、本人の同意などを条件に労働時間規制から外す。勤務時間に縛られずに働ける代わりに、残業代や深夜・休日手当が支払われない)。
 残業時間の上限規制には抜け穴があるから細部の詰めを参議院で行われることを期待する。インタバル制度は努力目標に止まっているから「空文化」するおそれが大いにある。同一労働同一賃金は「不合理」をどのように監督官庁が判断するか、運用次第でこれも「空文化」する可能性が高い。
 (7)高度プロフェッショナル制度の対象業務はいまだ確定していないが、想定されている業務は「アナリスト、為替ディーラー、研究職」である。このうちで1000万円以上の年収を得ている人数は全体の4.3%に過ぎないという統計がある上に、そもそも1000万円以上の彼らは大体管理職になっていると想像できるから、この高プロ制に相当するサラリーマンはほとんど存在しないと考える方が現実的なように思われる。問題は先に取り下げられた「裁量労働制の拡大」のように野党や労働者の知らないうちに対象業務が拡大される恐れであって、専門部会を設置して細部の設計を与野党、労使で公正に協議する体制をととのえることに注力すべきであろう。
 
 そもそも現行の労働法制は製造業の工場労働を基本として、厳しい労働者迫害が行われていた労使関係の中で上記の労働法制の体系でも明らかなように「労働者保護」を目的に制定されたものである。しかし今では工場労働は全体の15%以下になり時代にそぐわなくなっている。にもかかわらず今でも労働争議の多くは解雇であったり残業代の不払いであったりと、使用者(企業)側の感覚が旧態依然であることが元凶となっている。結局企業の経営層は新しい市場環境に対応した「労働(労務)制度」を創出する能力に欠け、旧態依然とした残業代カットや解雇による経費節減以外に「生産性向上」を達成できない無能力さが労働者に犠牲を強いる結果に結びついているのである。それが全体として「賃金低下」につながり「デフレの長期化」をもたらしていることにソロソロ『賢明なる』経営層は気づくべきであろう。 
 
 最高裁の「定年再雇用の賃下げ容認」判断の対象となった争議は、運送会社の正社員として20~34年間勤務し定年後も従前同様に働いている人たちで、賃金が3割以上引下げられている格差を「妥当」と判断されたのだ。なぜかと言えば、「定年後の賃下げは社会的に容認されている」という論拠が最も大きな理由で、それ以外にも年金支給が見込まれることや長期雇用でないことも論拠となっている。
 しかしこの最高裁の判断には根本的な誤りがある。「定年という年齢による差別」が当然の前提とされていることでアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでは年齢を理由とした退職は禁じられている。
 高齢者の貧富の格差が著しく、中小零細企業で働いている人や自営業者の貯蓄と年金額の過少なことはよく知られている。年金支給が始まってからの給料で「貯え」をつくろう、増やそうと考えている人は決して少なくない。それが再雇用で給料が3割も5割も引下げられれば年金を切り崩さないと生活できないことになる。「働く意欲」の低下はまぬがれない。
 
 「働き方改革」はなにも若い人だけの問題ではない。いまや「100歳時代」だ、60歳代はおろか70歳代の前半でも健康で現役世代に負けない高齢者は少なくない。彼らの戦力化が「人手不足時代」を乗りこえる有力な方策であるにもかかわらず「定年再雇用の賃下げ」を容認した最高裁の判断は時代に逆行する極めて残念な判断である。
 
 我国のあらゆるところで「政府」に擦り寄っている様に感じるのは私だけだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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