2019年7月22日月曜日

吉本を考える

 一昔前まで、芸人は師匠に弟子入りして修行を積み師匠のお許しを得て独りだちするというのが一般的なコースであった。中学校を出るか出ない頃に弟子入りするのが普通で――高校を出るのは珍しかった――住み込みで最初の二三年は行儀見習いと下働きばかりで芸を教えてもらうのはその後で、そうなっても師匠の鞄持ちや楽屋での身の回りの世話は大事な仕事だった。何年か経って少しは芸に見込みがつくと師匠連の前座で舞台に立たせてもらって、勿論お金の取れるような芸でないから出演料というようなものはなく「たばこ銭」程度が出れば良しとした。この間は師匠の家か師匠手配の弟子部屋住まいで食事は師匠のうちでおかみさんに振舞われる家庭料理があったから「住まいと食事」に心配はなかった。小遣い程度は貰えたかもしれないがそれも師匠の気持ち次第でその代わり季節ごとに着る物は支給された。何年か前座をつとめて師匠方に「藝」が認められてようやく「一人前」になって商売になる。これが「芸人への道」であった。席亭(小屋主)は師匠に応分の出演料(暗黙の了承で弟子の養育費込みの)を払うだけでお弟子さんは師匠の丸抱えという「かたち」が普通だった。
 こうした「徒弟制度」は今でも相撲界には残っていて親方の経営する「部屋」に入門したら芸人同様の修行時代を経て実力ある者だけが「関取(十両以上)」に昇進してプロとして通用する社会である。関取になるまでは「小遣い」程度が相撲協会から師匠を通じて支給されるが妻子を養えるほどのものではないから関取になる見込みがなければ早い時期に親方が引導を渡して廃業させるのが親心とされている。ここでも住居と食事は親方が保障しておりその原資は相撲協会から「弟子預り料」として応分額が支払われている。
 芸人や相撲ばかりでなく料理人も理容美容界も徒弟制度であったし日本の多くの職業がそうであった。余り知られていないが製造業の大企業には学校があって職人技の「仕込み、継承」が図られていた。例えば三菱(重工や自動車)や島津(製作所)にはそれぞれ「三菱学校」「島津学校」があって中卒で入学、二年か三年が修行年限で、社員として採用もされていたから「給料」が支給され「ボーナス」も社員並にあったのが他の徒弟制度と大きく異なるところである。こうした技術の養成・蓄積が高度成長時代の日本経済大躍進の原動力になっていた。
 
 大きな変化はNSC(吉本総合芸能学院)が1982(昭和57)年に創設された時であった。理容美容学校や料理学校、服飾専門学校などが戦後早くから創設されていたにもかかわらず芸人だけが師匠―弟子関係をもとにした「徒弟制度」を頑迷に固守していたのがこれをしおに一挙に崩壊し、芸人は学校に入学して「芸の基本を学ぶもの」という時代に突入した。NSCの修養年限は1年で学費は40万円(現在)。入学者数は大阪東京でそれぞれ約500人、卒業生が100人くらいと言われている。吉本興業HDの現在社員数は865名、所属タレント数約6000人。事業所は大阪・東京本部のもとに全国11箇所を擁し、直近の吉本興業HD全体で約700億円の売上高を誇り純利益も7.1億円を上げている。
 この近代企業の若手芸人の出演料が1ステージ約500円で月1回のチャンスしかなく、契約形態も口約束の「諾成契約」をいまだに守り通している。
 
 連日のように吉本のお笑い芸人の『闇営業』がマスコミで物議をかもしている。こうした現状を踏まえて毎日新聞が吉本の大崎会長にインタビューをこころみてこんな回答を掲載(2019.7.14)している。
 ◆吉本の場合、ほとんど諾成契約。100年以上の歴史で、契約書を超えた信頼関係、所属意識があって、吉本らしさがある。
 ――紙の契約書にする考えは?
 ◆ない。芸人って、吉本のドアをノックしたときから、一生の付き合いやな、という関係ができているので、この方が吉本らしいし、かつ僕はマネジメント、エージェントとしてもいいと思っている。
 ――最低限の生活保障をすべきだとの意見もある。
 ◆一つの方法かもしれないが、本当に果たしてその子のためになるかといえばならないと思う。つらい仕事も乗り越えて、一生かかって自分のスタイルを目指すというのが、正しい芸の道と思う。
 
 マネジメント、エージェントという横文字を使いながら内容は100年以上前の「徒弟制度」に基づいた契約であり出演料方式をひきづっている。1ステージ500円というのは「たばこ銭」でありそれは師匠の庇護のもと「住居と食事」が保障されていたから通用した制度であってそれを「本当に果たしてその子のためになるかといえばならないと思う」というのは勝手な言い分だ。この考え方が「中堅」になっても継続した出演料を強制しているから「直営業」でピンハネのないギャラを欲しがった結果が今回の不祥事につながっているのだということを会長はどう考えているのだろうか。
 100年以上の歴史で、契約書を超えた信頼関係、所属意識があって、吉本らしさがある/吉本のドアをノックしたときから、一生の付き合いやな、という関係ができているので、この方が吉本らしい、というのも経営サイドのひとりよがりなもの言いであって、エージェントというのならそれなりの現代にマッチした契約制度に更新すべきではないのか。
 
 全員が会社と「雇用契約」を結ぶというかたちは『芸能』というジャンルにはそぐはないかもしれない。それでも「社会人」として芸人を遇する道はあるはずでそれを模索するのが近代企業としての「吉本興業ホールディングス株式会社」のつとめであろう。「吉本のドアをノックしたときから、一生の付き合いやな、という関係ができている」のであればそれが実質を伴った形にするのが「歴史ある吉本」なのではなかろうか。
 
 今回の吉本の対応について世間の目は非常に厳しい。折りしもジャニーズ事務所の元SMAPの三人の事務所脱退者にたいする圧力に対して公正取引委員会が注意を促した。
 時代は大きく動いている。
 
 
 
 

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