2022年10月10日月曜日

成長の先に(続)

  前回わが国のシステム――現在日本の経済・社会システムにはもう「成長の伸びしろ」が残されていないということを述べました。そりゃあそうでしょう、戦後のセロの状態、いやマイナスからわずか20年ちょっとで世界第2位の経済力を達成し、爾後42年間その地位を維持し中国に2位の座を取って替わられてからも3位を保ちつづけているのですからソロソロ限界に近づくのも当然なのではないでしょうか。というよりもこの変化の激しい時代に1つのシステムがよくも半世紀ももったというべきでしょう。そう考えればいまだに同じシステムに拘泥していること自体がおかしいのです。最後のあがきとして黒田日銀が非伝統的・異次元の「金融緩和」という「純経済的」施策で現状打破を企てましたがそんな弥縫策で乗り切れるほど現状は生やさしいものではありませんでした。それに気づくために10年も要したこと――貧富の格差の拡大と国民を分断に追い込んだことはかえすがえすも残念なことでした。

 

 ではどうすれば良いのか。純経済的システムだけでなく広く日本の社会システムの全体を新しく改革しなければ次のステージを切り拓くことができないとするならどんな社会に変革しなければならないのでしょうか。約2割も減少した給料を取り戻しそれ以上に国民が豊かになって格差が解消し分断した国民が豊かでぬくもりのある社会に生まれ変わるにはどうすれば良いのでしょうか。重要と思われる5つの分野を取り上げてみましょう。

(1)女性と若者の力の活用…はっきり言って今の停滞は男性に偏った――それも主におっさんの力ばかりで経済と社会を運用してきた結果であることは国際比較で明らかです。社会を構成している半分は女性なのですからこれを活用してこなかったこれまでが余りに異常なのです。男女雇用機会均等法は昭和60年に成立しましたが35年以上たった今でも「男女平等ランキング2021」は世界の120位という体たらくです。これでは世界に伍していく創造性や成長力が生まれるはずもありません。性根を据えて女性を前線に押し出さねばなりません。

 若者に関しては「教育投資の大幅拡大」で彼らの能力を高めることも必要です。教育への公的支出がOECD平均の4.9%(対GDP比)から大きく離れた4.0%(韓国5.1%)ではグローバル競争に耐える水準ではありません。

(2)企業と銀行(金融機関)の緊張を取り戻す…高度成長をもたらした大きな要因に「銀行と企業」の緊張関係があったことが忘れられています。投資(運転)資金の借入時に銀行の厳しい審査があって同意を促すために両者で緻密な協議と展望を重ねたことで投資の有効性を高めてきたのです。今や「ゼロ金利」ですから借り入れが容易になって企業の投資に関する意欲と熱意が極度に劣化しています。企業の競争力を高めるためには銀行との緊張感ある関係は欠かせないのです。

(3)企業と労働者の緊張感を高める…成長の要因として企業と労働者(組合)の緊張関係があったことも忘れられています。組合をつぶして企業側(経営者)の経営の自由度を高めることが成長につながると考えられて組合の無力化が進められてきました。しかし銀行と組合という経営者にとって大きな「対抗力」が消滅した結果は「イノベーション力」の劣化となってわが国の成長力を大きく毀損したのです。アメリカでさえアップル、アマゾン、ウォルマートという大企業で組合結成の機運が高まっているのです。「眠れる経営者」を目覚めさせることが成長力再生の決め手なのです。なお非正規雇用の存在が正規雇用者から緊張感を奪い能力向上意欲を阻害しているという側面は今後の研究課題でしょう。

(4)東京一極集中の解消と地方創生…国力を向上し「成熟期」に至るまでは東京一極集中は「必要悪」として認めざるを得ませんでした。しかし成熟を果たしたこれからは、放置されていた「地方の活力」を活用しなくては国全体を成長させることはできません。掛け声だけでなく本腰を据えてこの問題に取り組む時期に来ています。

(5)行政の専横を矯正する…昨今の政府内閣の暴走は目に余るものがあります。「国葬」の強行はその例のひとつですが、国会の軽視、多額の「予備費」は民主主義の崩壊をもたらします。なぜ政府の暴走が成長を阻害するかといえば、政権党――政府与党支持者の利益に政策が偏向するからです。これは「既得権者の擁護」につながり「新規参入」を拒絶して「イノベーション」を排除してしまうのです。

 

 最後に人口減の問題について。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成14年推計)」によれば2050年には約1億人(1億59万人)に減少すると推計されています。しかしドイツは6千万人余で5万ドル強(1人当GDP)、英国6千万人余で4万7千ドル、仏国6千万人余で4万4千ドルと我が国の3万9千ドル強よりも豊かな生活水準を達成しています。それらの国との比較においてどこが違うのかを検討すると上記の5項目において明らかに我が国より上位に位置していることが分かります。そのうち女性活用の効用は相当大きいのではないでしょうか。そして特に注目するのはドイツや北欧圏での新たな動向として労働者の経営参画が進展していることです。それは「労使共同決定制度」といい、選出された従業員代表が大企業の取締役会の議席を半分まで占めることができるというもので、経済発展を妨げるのではないかという心配はむしろ逆の結果でその正当性が証明されています。先にも述べましたがアメリカの大企業でも組合結成の動きが加速しているように、経営者が株主利益を保証すればその地位が安定し経営的バーバリズムが減退する――成長力を阻害する悪弊を、労使・対金融機関との緊張感を醸成することで企業の成長力を高める効果をもたらすに違いありません。

 

 20世紀後半から資本主義は株主利益に偏向した短期の成長に拘泥しすぎました。しかし経済の究極の目的は国民の豊かな生活の達成にあります。豊かさは単なる経済的豊かさだけでなく格差の少ない国民皆が能力を発揮できる社会にあります。成長至上主義から脱却し国民の誰もが豊かさを共有できる不平等でない社会を成長の先に築きたいものです。

 

 

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