2022年12月5日月曜日

鞘の内

  サッカーワールドカップの対コスタリカ戦の敗因を「球を持たされた」と解説した専門家が一人いました(私の見た範囲で)。ボールの支配は圧倒的に我が日本なのにジリジリと前線が押し上げられるのにズッと不安を感じていました。コート中央あたりでボールを奪って攻撃を仕掛けようとボール回ししているのですが一向にスキを見出せず右に左にボールを回して一旦ゴールキーパーにボールが戻るたびに敵方が前に攻め上がってくるのです(日本側に詰め寄ってくるのです)。ヒタッヒタッという表現がピッタリの静かな対決が何度も繰り返されてジリジリと時間だけが過ぎていきます。均衡が破れて初めてコスタリカが突破を図った一瞬のスキにゴールが決まっていました。まさに「ボールを持たされて」わが方の武器であるスピードを封じられ、ただ時間だけが経過してアセリがつのって心理的に窮地に追いつめられたイラ立ちの一瞬を突かれた我が方は混乱に陥り考えられないミスをさらしてしまったのです。静かな「守りの攻め」にしてやられた日本は悔やんでも悔やみきれない敗戦でした。

 

 「守りの攻め」と似たような言葉に剣道の「鞘の内」があります。元々は居合術の言葉で「勝ちは鞘の内にあり」などと言われいろいろな解釈があるのですが「圧倒的な技術と心を兼ね備えた達人は、そのオーラ(威圧感)だけで刀を抜く事なく相手を制圧することができる」と理解するのが一般的なようです。相手を殺めることのできる技ですが生涯使わずに人生を終えることができる刀こそ「最高の剣」だというのです。

 戦争の絶えなかった戦国時代にはそんな悠長なことは言っておられなかったでしょう。全国が平定され平和のつづいた徳川時代も百年も過ぎれば「武士道」にも変化が生じます。安泰した幕府権力は少しの反権力に対しても容赦なく、僅かな兆しを利用して「取り潰し」、領地召し上げを狙っていました。したがって隣国との訴訟沙汰は決して実力行使に至らないようにするのが藩経営の要諦となりました。刀――武力を使わずにもめ事の解決を図る、外交努力で平和的解決を図らねばたとえ勝ったところでお家安泰が保証されるとは限らない、そんな危惧を抱かざるを得なかった武士社会の影響が「剣術」に反映して「鞘の内」という哲学が生まれたのかも知れません。

 

 勝っても自国に甚大な損害が生じる上に開戦理由に国際的信認が得られなければ「戦争犯罪」にも問われ兼ねない「現代の戦争」は決して「国際紛争の解決策」にはなりません。戦力は「鞘の内」の「刀」なのです。しかしいくら圧倒的な戦力を保持しても「心」に他を制圧する「威厳」がなければ「鞘の内」ではないのです。相手国に尊敬されその国の国際政治に占める地位が「世界平和」に真摯に向き合っていると信認されて初めて「鞘の内」の国になれるのです。現在の米中関係において、米ロ関係において、互いが平和を志向した真摯な国であると尊敬しあっているとはとても言えません。ということは米中ロの三国は世界平和を実現する国際社会の主導者にはなれないのです。

 こうした認識に立つとき、我が国は世界平和の主導者として最も適格な存在になり得る可能性を持っていると言えないでしょうか。米中の二極体制への「勢力均衡」を模索する混乱を極めた現在の世界情勢において目先の戦力増強策ばかりでなく、その先の世界の「協調体制」の構築に向けた「指導体制」も見据えた「賢明」な外交力をどう発揮するか、今のわが国に求められるのはこうした「冷静な外交思考」なのだということを政治家の誰かが声にするべきです。

 

 にもかかわらず「日米共同で反撃能力発動」であるとか「韓国国会議員、在日米軍基地視察計画」などという敵対していると想定されている相手国を逆撫でするような報道がこのところひっきりなしにつづいています。「5年以内に軍事費GDP2%に増額」方針が「既定事実化」してはや「財源確保」策まで自民党では論議に上る事態に至っています。そんな時に上のような報道が飛び交うと東南アジアの緊張はいやが上にも高まるばかりです。反撃能力が日米共同発動ということになれば「集団的自衛権」行使容認は絶対的前提になりますし、韓国が在日米軍との連携をあからさまにすれば沖縄や横田基地が北朝鮮の攻撃目標にされることが現実味を帯びてきます。

 

 プーチンのウクライナ侵攻をはじめ現在の国際緊張を喜んでいるのはアメリカをはじめとした「軍需産業」であることは世界の周知するところです。最大の軍需産業国はアメリカですがイギリスもフランスもオランダもスイスもそうですからEUのウクライナ支援ではこれらの国の軍需企業も潤っていますし、中国もロシアもトルコもパキスタンも北朝鮮も兵器生産国であることは明らかです。そこへ遅ればせながら我が国も参加しようとしているのですからその愚かさに驚きを禁じえません。

 

 北朝鮮が韓国にミサイル攻撃を数発行なったとしたら米韓はすぐさま反撃するにちがいありません。圧倒的な戦力を保持していますから北朝鮮は壊滅的被害を受ける可能性は極めて高いでしょう。万が一ICBMでアメリカ本土を核攻撃すればその結末は悲劇的でしょう。ロシアと中国とアメリカは国土が広大ですから北朝鮮と同一視できませんが現代戦争においてその被害の大きさと広さは世界壊滅につながることも覚悟しなければならないでしょう。

 

 今の世界の要人には心――相手国に尊敬され国際政治に占める地位が「世界平和」に真摯に向き合っていると信認されている人はまったく存在していません。こんなことはかってなかったのではないでしょうか。キューバ危機を救ったのはケネディとフルシチョフの知性でした。最近ではメルケルがEUを指導的地位に導く存在となっていました。

 二極化した国際緊張が無極化し混沌の極みに陥る可能性をはらむ今、緊張緩和と世界平和をもたらす「協調体制」の理想を掲げる「知性」が必要です。我が国の政治家はその可能性を有していることを自覚するべきです。

 

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