2024年7月1日月曜日

新しい教育

  今年になってわが国の教育制度について不安を抱いた方が多いのではないでしょうか。原因はAIです。特に生成AIが身近なものになって今の教育が「小型AI」、それも精度の悪いAI型の人間をつくることを目的としているのではないかという不安を持たれた方がいるのではないかと推察するのです。国定教科書を唯一のテキストとして、40人の児童生徒に一斉授業し、共通テストで全国一律の学力判定を行う現在の教育制度は結果的に「AI型知識習得人間」を養成することになっていないでしょうか。

 折りしも「世界競争力ランキング」が発表になってわが国は38位(主要67ヶ国・地域中)に低迷して過去最低を記録したことが分かりました(スイスの国際経営開発研究所〈IMD〉発表の2024年版)による)。「経済実績」21位、「インフラ」23位、「政府の効率性」42位、「ビジネスの効率性(企業の技術革新や利益)」はなんと51位に低迷しています。 

 

 教育の機会均等は親の経済力によって著しく不平等になっていますし、非正規雇用が2023年には2124万人(雇用者に占める割合4割)にも達しています。国会議員の女性比率は22.6%に止まっていますし閣僚の平均年令は60才を超えておりOECD中(53.1才)最高齢なのです。

 要するに今のわが国は、教育格差によって多くの若い能力を「死蔵」し女性の能力が生かし切れておらず、壮年(高齢)男性が「意志決定権」を寡占しているのです。その結果が上の「政治の効率性」「ビジネスの効率性」の無惨な結果になって現れているのです。

 にもかかわらず中央教育審議会・高等教育の在り方に関する審議会で「国立大学の学納金(授業料)を150万円程度にするべき(2040年ころに)」という提案がなされたのです(現在は約53万円)。今でも教育格差が著しいわが国でこれ以上機会を不平等にするというのですから驚きです。そうではなくて世界的に最低ランクの公的教育費(対GDP比3.46%、世界121位)を今の倍くらいに、せめて5%台にアップして教育費無償化を進めるくらいの抜本策を講じないとズルズルと国の活力を劣化させてしまうに違いありません。もちろんその結果国民は今(1人当りGDP33,806ドル/34位2022年)よりもっと豊かでなく格差の大きな社会に住むことになるでしょう。

 

 さてではAI時代に適した「新しい教育」はあるのでしょうか。あるのです。日本だけが相変わらずPISA(OECDが定期的に行っている15才の生徒の学習到達度テスト)の順位に拘泥して「学力」を高めることに注力している間に世界の潮流は「批判的思考(クリティカル・シンキング)」の養成に教育の主目標が変わっているのです。日本のPISAの得点(2022年)は科学的応用力2位、読解力3位、数学的応用力5位と世界的に高いレベルを達成していますが「批判的思考」を養うという観点からは世界に大きく後れを取っているのです。OECD(経済協力開発機構)の国際教員指導環境調査(TALIS)の最新データ(18年)によると、「批判的に考える必要がある課題を与える」ことを自らの授業で「しばしば」または「いつも」行なうと答えた教員は中学校で調査参加国平均で61.0%だったのが日本では12.6%と圧倒的最下位なのです。「明らかな解決法が存在しない課題を与える」については、参加国平均が中学校で37.5%に対して日本は16.1%で最低レベルになっています。

 

 では「批判的思考(クリティカル・シンキング)」とはどんな教育なのでしょうか。自らの思い込みや偏見による推論、既存のアプローチに対し批判的・内省的に深く思考する学習です(他人を批判することではありません)。この思考法は証拠やデータを広く精査・分析し、異なる視点をもつ他者の多様な意見を聞き、議論しながら答を求めていくアプローチを養成します。議論を活性化し新たな発明や創造を生みだしていくために多様な背景を持った人々がいることが重要になってきます。デジタル化が進み不正確な情報が蔓延する中、データを批判的に評価して分析する能力は不可欠です。批判的思考を身につけるための学びの場で教師の役割は、文献やデータの分析の仕方に指針を与えつつ、その教科の専門的な知見を背景にグループ討論などを通して思索を深めるプロセスのファシリテーター(進行役)を担うことになります。(「批判的思考」型の教育は初等教育での基礎的学力習得後に行なわれます)

 こうした教育を実現する為には現状の変革が求められることはまちがいありません。世界最長といわれる労働時間、教務以外の一般事務、部活など労働環境の改善はもちろんのこと職能開発時間の確保(参加国平均週2時間に対して日本は0.6時間といわれています)は必須で、教師が教育の専門家として尊重される環境を整えなければなりません。

 

 教育こそあらゆる問題解決の中核にあります。「自分の行動で、社会や国を変えられると思う」と感じる若者が5割を切る今の日本を活性化するためには教育改革は必須です。そのための「教育投資の増大」は他の予算を削ってでも実現しなければなりません。

 教育に投資しない国に未来はないのです。

 

《資料―2024年版IMD発表世界競争力ランキング主要67ヶ国・地域》上位1~3位はシンガポール、スイス、デンマークで台湾8位、米国12位、中国14位、韓国30位、ドイツ34位、英国28位、フランス31位などとなっています。

《資料―2022年公的教育費の対GDP比/179ヶ国》米国5.44%(42位)、英国韓国5.40%(45位)、仏国5.24%(51位)、独国4.54%(75位)、中国3.30%(125位)

(この稿は2024.6.18京都新聞・中満泉(国連事務次長)「現論――「批判的思考」育成、日本は遅れ」を参考にしています)

 
  

 

 

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