2012年7月2日月曜日

荘を以てす

娘の呉れた小銭入れがとうとうオシャカになってしまった。マチの縫い目が解(ほど)けてそこから破け硬貨が抜け落ちてしまう。社会人になって初めての父の日にプレゼントして呉れたものだからもう15年近く使っている。牛革が暗褐色に深まって味が出ているのも好いがそれ以上に永年使い込んで鞣し具合が絶妙に掌に馴染む心地よさが捨て難い。惜しいので近くのスーパーにある修理屋さんに相談してみることにした。これまで傘やスニーカーの修理でお世話になっている親父さんは「預けてくれる、何とかしますよ」と言ってくれた。
 数日して引き取りに行くと、同色の糸で丁寧に縫った見事な出来栄えである。後10年は大丈夫だ。修理代315円。余りの安さに何とも申し訳なかったが有り難くご好意に甘えた。

 閑話休題。消費増税に関する一連の報道で造反派の議員が「仲間と結束して…」と発言しているのを聞いて愕然とした。今や政治家は「同志」的結合でなく「仲間」的結束になっているのだ。高校生の生徒会「仲間」と同じレベルに成り下がったのか。そういえば、いつか大阪府警の庁舎を通り抜けて近道しようとしたとき呼び止めた警官が「うちの会社にどんな用があるんですか」と詰問してきたのを思い出す。彼にとっては警察も一般企業と同程度の就職先に成り果てているのであろう。

 ところで消費税増税を柱とした一体改革関連法案採決前の民主党臨時代議士会で反対派の説得に当たった野田総理の演説をどう聞かれたであろうか。「心から心から、心から」と絶叫する彼の言葉を耳にしたとき、論語にある季康子の問いに答えた孔子の辞を思った。魯国の実力者である季康子が臣民を自分に敬し服せしめるにはどうしたらいいかと問うと「之に臨むに荘を以てすれば、則ち敬せん」と孔子は答えた。「人民の前で(疚しい気持ちがなく)ピシッとしゃんとすることです。そうすれば民は尊敬します」と答えたのだ(読み下し文と現代語訳は講談社学術文庫「論語・為政篇」加地伸行訳による)。少なくとも党の最高の地位に在る者が軽々に翻意(転向?)を懇願する姿は、「疚(やま)しい気持ちがなく」でなく「―ある」から「荘を以て」することができないのだろうと頗る不快に感じた。

 315円の地道な修理屋さんと政治家「仲間」の落差。唖然である。

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