2015年5月10日日曜日

成長幻想

 
 プライマリーバランス(P.B)の黒字化を目指した「財政健全化計画」の基本方針を政府がまとめた。プライマリーバランス(基礎的財政収支)というのは国債費関連を除いた国の収支(税収と一般歳出)の均衡(赤字を出さない)を図ることを意味し、黒字化することで累積している国の債務を減少させ財政を持続可能なものにしようという計画が「健全化計画」である。1976年~78年頃から国債を発行して税収を超える支出を繰返してきた結果現在の公債の累積残高は約800兆円に達しているが、P.Bを黒字化するのに必要な赤字の穴埋め額を約16兆円(/年)と「経済財政に関する中長期試算」は試算している。我国の潜在成長率(我国の今の経済の実力)は実質1%に届かない水準にあるが、「健全化計画」では実質2%以上名目3%以上の成長を前提として税収増約7兆円、歳出削減などで9.4兆円を捻出するとしている。この計画は相当無理な数字だと識者の多くはみているが、政府はアベノミクス効果を高く評価しているのだろう。
 
 一般に経済成長は「人口(労働投入量の伸び設備(資金投入量の伸び技術進歩イノベーション(要素生産性TFP)」の3要素によって決定される。人口増の止まった我国では設備投資の増大とイノベーションの活性化以外に経済成長は望めない。それは可能なのだろうか?人口増にカゲリが見えた途端に成長が衰えだした中国やバブル崩壊に生産年齢人口の減少が伴ってゼロ成長に転じた我国の歴史を鑑みるとき、そもそも『人口増』無くして「成長」は達成できるのだろうかという疑問が湧いてくる。
 
 歴史を概観したとき、『工業化』は間違いなく「経済成長」を齎した。自然条件(天候)に制約を受けて年に1回(或いは数回)しか収穫のない農業から、設備と労働量に比例していくらでも(理論的には)生産量が増やせる『工業』に主産業が移行した国の経済は成長を加速させることが可能になった。新興国が高度成長している今の世界の情勢は如実にこのことを証明している。しかし経済が成熟し経済構造が3次産業化するに従い成長が鈍化するのは、サービス業の多くが労働力に制約を受け「設備=機械化」による生産性の向上が困難なことによるという事が知られており先進国の成長鈍化はある意味で必然で、唯一アメリカだけが「移民」による「人口増」によって「中成長」を維持している。
 もうひとつの歴史的概観は、19世紀以降の世界経済は「戦争」による『破壊』と国の建て直し=『復興』―『スクラップアンドビルド』の繰り返しであった、ということである。第1次世界大戦第2次世界大戦の世界規模の戦争以外にも世界各地で多くの戦乱が繰返され、冷戦終結後も局地戦は絶えることはなく今も世界の数地点で戦乱が展開されている。近代の戦争は資源の確保と生産力の拡大を目的に惹き起こされたが「飢餓からの解放」と「貧困の克服」は通底している。近代化と共に「飢餓と貧困」を克服する「生産物=商品」が多様化し「生産技術」の進歩と高度化が商品生産の『効率化』を齎した。経済の「グローバル化」は開発の遅れた後進国の「飢餓と貧困からの解放」の当然の結果であった。
 「飢餓と貧困からの解放」は「『生理的欲求』を充足させる商品」が充てられ誰もが必要とするから「大量消費=大量生産」に適している。貧困から解放された「豊かな社会」では「それ以上の『欲望』を満たす商品」が求められるが「ブランド品や嗜好品」は少数者が対象の商品であり小売、飲食、医療・介護などのサービス業は地域的な制限を受ける地産地消商品だから大量生産に適さない。サービス産業が6割以上を占める先進国が成長鈍化するのは避けがたい現実である。
 
 「経済の成長」は「戦争からの復興」に依るところが多く、戦争の抑止力が国際的に強力になった現在では沈滞している先進国の成長力の回復は『幻想』ではないのか。
 戦争の繰り返しの中で「復興需要」と「必要充足商品」を大量生産するために人口と設備を大量投入して『成長』してきた先進国が、人口減と大量生産に適さない「欲望充足商品」や「地産地消のサービス商品」を主たる産業としなければならない状況で、『成長』を前提に「財政再建計画」を考える合理性はどこにあるのか?
 
 戦争を避ける『賢明さ』を具備した「豊かな先進国」が再び『成長』を基本理念として「国家経営」を行うことは可能なのだろうか。
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿