2015年5月3日日曜日

株価の見方

 
 日経平均株価が15年ぶりに2万円台を回復した。日本経済は長期のデフレから脱却し、企業社会が構造的に変わったのだろうか。株価回復は日本企業が「稼ぐ力」を取り戻したことを示しているのだろうか。識者の意見を概観してみよう。
 
 先ずこの株価自体をどう評価すればいいのだろうか。 単純に比較するわけには行かないが日経平均の史上最高値はバブルの頂点にあった1989年末の3万8915円である。今回日経平均株価は13年1月末から今年3月末までに72%上昇したが、東証一部全銘柄の単純株価平均は27%しか上昇していない。日経平均は225種の平均であり東証1882銘柄のうちの一部しか含まれていないからである。従って日本の代表的な企業の全業種にわたって収益が向上しているとはいえないし企業間の収益には相当なバラツキがあることも承知しておく必要がある。
 
 企業の収益力をどんな指標で測ればいいか意見の分かれるところであるが、<P/E>(過去10年間の平均企業収益Eに対する現在の株価Pの比率)を用いて株価を比較するとバブル絶頂期の1989年末には103倍、輸出主導の景気回復に沸いた2006年初には89倍だったが13年初は22倍、14年度末には24倍となっており現在の株価は長期的な企業の収益動向から見ると非常に緩やかな水準にあるといえる。財務体質に左右されない営業利益をとりだして(時価総額の営業利益に対する比率)と(営業増減益率)の関係を見てみると12年度以降、営業利益の増益傾向がつづき株価上昇を支えてきたことが分かる。従って今回の2万円相場は企業実態を反映したものであるといえる。
 更に現時点での時価総額・営業利益倍率13倍あり06年頃の水準に高まっている。またPER(株価収益率=株価/1株当当期純利益)も20倍近くあり07年当時の水準が射程に入ってきており、ドイツにはほぼ並び米国にも接近してきている。「出遅れ状態」はほぼ解消されていると見てもよく割安感も消えつつあるのではないか。
 今後の株価は企業の収益力の高まり次第である。
 
 そもそも株価とはどういうものなのだろうか。将来において企業が株主のために生み出すであろうキャッシュフロー額を、現時点での価値(企業価値)に換算したもの―これが株価である。キャッシュフローの大部分は付加価値でできているから売上高付加価値率を取り上げて観察すると「低下傾向」がうかがわれる。12年以降アベノミクス効果で若干の上向きが見られたが足元では頭打ちとなっている。このことから日本企業の収益力の回復は弱いといえる。デフレ傾向の中で付加価値のうちの「人件費」の抑制と古い設備を使い続けることで減価償却費の圧縮を図って売上高が伸びない中で営業利益の確保を図ってきた日本企業は、これまでの方針を転換し、賃上げを実施し設備の大胆な更新をしつつ国内での高付加価値商品・サービスを生産する仕組みづくりを構築する必要がある。
 企業の収益力に対する期待の高まりは公的年金の動きに象徴されている。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が資金運用の指針であるポートフォリオ(資産構成割合)の国債比率を引き下げ日本株を含むリスク資産の組み入れ比率を引き上げた。137兆円の資金の日本株の組み入れ比率を12%から25%に引き上げたが国家公務員共済と地方公務員共済もこれに追随した。加えて日銀の上場投資信託(ETF)の購入も継続しておりこれ等の動きが相乗して株価の下値切り下げに対する安心材料になっている。
 
 長年の不健全な「円高」が是正され適正な「円安」傾向が当面維持されており企業の収益力向上のための「外的条件」は整えられた。あとは岩盤規制などの「規制改革」を果敢に行って市場の競争条件を「公正」に保つことで企業努力が業績に反映されるような政府の対応が望まれるのだが、ここにきて「酒税法改正案」によってスーパーや酒販ディスカウントショップへの規制を強めるなどの動きが出てきており注意が要る。
 そもそも企業がどんなに収益向上に努めても財政危機(高いインフレによる物価調整)が起きれば個々の企業努力は吹き飛んでしまう。金融危機の教訓として日本企業には今でも手元流動性を積み上げようとする強い志向がある。しかしこれはマクロでは成長を阻害する典型的な「合成の誤謬」であるが、財政の将来不安がなくならなければリスク回避は根本的には解消しない。
 また経常収支は、国内の需要と生産の差と表裏の関係にあるので、政府支出を抑制することで経常収支の悪化を食い止め財政健全化をはかる必要がある。
 政府は40年度程度先までの試算を公表して、財政再建の合理的な選択肢を国民に示すべきである。
 
 企業の収益向上策として企業が個々に努力することは当然であるが日本の金融市場のあり方を改革して、企業行動を監視し資金の最適利用を促して成長を実現することも必要である。この方面の動きとして投資資金の流れ(インベストメントチェーン)を全体に変えようとする仕組みづくりがが企業、投資家、政府(日本再興戦略)の三者の協働によって醸成されようとしている。日本の企業統治の問題点は70年代までの資金不足時代に機能した銀行による統治バンクガバナンスからバブル崩壊後の資金余剰時代になってから株主による統治エクイティガバナンスへの移行が円滑に行われていないことにある。日本版スチュワードシップ・コード(機関投資家の投資家としての行動規範)とコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を制定することで投資家と企業双方の行動に方向付けを行い透明化を図ることによって企業の収益性を高めることをめざしている。自己資本利益率ROEが約6%(2000年代10年平均)とグローバルな平均値の半分に低迷している収益性をこれによって構造的に高めようとする狙いである。
 
 最近の株式市場の際立った傾向として自社株買いを通じて自己資本利益率ROEを高める動きがあるが、ROEによる経営改革は、労働者の取り分を減らして株主の取り分を増やすゼロサムゲームに見られがちである。そうではなくて雇用や賃金も増えるプラスサムゲームを実現するような方向に転換することが今求められている。
 そのためには労働市場改革が必須である。
 長期的に強い企業は、ステークホルダー(株主、経営者、従業員など)の全員が当事者意識をもって意思決定に参加できる「積極的自由(単なる選択の自由ではなく自己統治に参加できる自由)」のある組織ではないか。従業員一人ひとりが自分の職場のあり方を自己決定できる自由を持つことで満足感を得られるだけでなくチーム全体に対する強い責任感を必然的に生み出すようになる。こうした積極的自由の作用を最大限に生かした組織運営を行うことで生産性の引き上げが実現できる。
 
 一方で 米国の金融緩和終結による金利引き上げが現実化した今、これによる資金の引き上げによる新興国の外貨準備高の減少は我国の株式市場にも少なからぬ影響があるだろう。新興国の外貨準備のピークは2014.6月末の8.0兆ドルで2014年末残高は7.7兆ドルで前年比1.4%減となっている。これは①ユーロ安②米連邦準備理事会(FRB)の量的金融緩和の停止による影響③原油安等の影響による。新興国は原油などの資源に依存する国が多く昨年後半、約3割低下した原油価格は新興国の外貨準備高の取り崩しにつながった。こうした傾向が長引けば新興国の外貨準備資金で運用する株式・債券の売却する動きが広がり国際資本市場の動揺する恐れが出てくる可能性がる。
 
 以上識者の考えは次のようにまとめることができる。
円安の反映として株価が上昇している分を差し引いてみれば、必ずしも2万円の株価が日本経済の実力を示しているとは言い切れない(ドル建てでは日経平均の上昇幅はかなり割り引かれてしまう)。「欧米に出遅れた日本」という追い風は2万円まででありこれ以上の株価の高まりは企業の収益力の向上にかかっておりここから先は日本企業の真価が問われることになる。
マクロでは将来リスクの懸念があり、企業レベルでのミクロでは構造変化の希望がある。
日本財政の持続性とマクロ的な経済の安定性が不確実である点はひきつづき大きな懸念材料である。
 
 
 結局、企業の「稼ぐ力」を高め国と地方の財政健全化を図るという至極当然な努力以外に国と経済の発展はなく、株価の安定的な上昇もないといえる。
 
以上は日経の「土居丈朗慶大教授「経済論壇から27.4.26」「川北英隆京大教授/経済教室/日経平均2万年は実力か、上27.4.27」「小林慶一郎慶大教授「経済教室/日経平均2万年は実力か、下27.4.28」「スクランブル/長期マネー誘う増配27.4.29」を参考にしています)
 
 

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