2015年5月30日土曜日

松井とイチロー

 「イチロー ベーブルース超え!」という文字がスポーツ紙や一般紙のスポーツ欄を賑わした。「マーリンズのイチロー外野手は22日、本拠地でのオリオールズ戦に7番・レフトで4試合ぶりに先発出場2回の第1打席でレフト前ヒットを放った。メジャー通算2874安打とし、並んでいた“野球の神様”ベーブ・ルースを上回り歴代単独42位となった。」と記事は続いている。
 正直言って『気恥ずかしさ』を覚えた。考えても見て欲しい、アメリカ・メジャーリーグの『神様』と日本の『天才打者』を同列に論ずるなどということは許されざることではないのか?数日前、2873本で安打数が並んだときに巨人・阪神線を中継していたテレビのアナウンサーが興奮気味に解説の野茂さんに感想を求めると「安打ですからね…」と彼は冷静に、素っ気なく応じていた。そう言えばいつだったか元ヤクルトの古田氏も「安打はいいんですよ、何とでも収拾できますからね。でもホームランはお手上げですよ!防ぎようがありません。だから松井には苦労しました」と話していた。イチローの評価に関してはマスコミの対応に比べてプロ選手は意外に冷淡なように感じる。
 
 単純な記録の比較をしてみよう(括弧内はベーブルースの記録)。単打数2338本(1517)、二塁打336本(506)、三塁打86本(136)、本塁打113(714)。差は歴然としている。何よりもイチローの単打のうち二割以上は「内野安打」である。この内容をもってベーブルースとイチローを、ただ安打総数が同じだからといって、比較対象とするだろうか?
 少しでも野球を理解している人なら『裏ローテーション』があることは知っているだろう。長いペナントレースを乗り切るために強いチームには「エース級」の良い投手で応じる必要があるから、逆に弱小チームには2番手の投手が登板する機会が多くなる、この2番手投手のローテーションを「裏ローテーション」というのだが、イチローは日本でもアメリカでも優勝争いするチームに在籍したことがないから、この考えを適用すれば「ややレベルの低い」投手相手に戦ってきたことになる。それだけでもアドバンテージになるうえに優勝争いする人気チームでの出場機会に感じるプレッシャーとそうでない試合では緊張感に比較にならないほど差があるのは当然だろう。イチローが唯一人気チームに属したのはヤンキースであったがそこでの評価―扱いは散々なものであった。メジャーにおけるイチローの位置はそんなものなのである。ベーブルースとの比較など問題外といわねばなるまい。
 
 好対照が松井秀喜氏である。彼が国民栄誉賞を長島氏と同時に受賞したときにははなはだしい違和感を感じた。戦後プロ野球の隆盛を王さんと共に牽引した長島さんと何故松井が一緒に国民栄誉賞なんだ?と。しかしその後ヤンキースが彼のために「引退試合」を挙行したことで納得した。彼以外にメジャーリーグで引退セレモニーが行われた記憶がない。彼の評価はイチローと正反対に、アメリカでは我国と比較にならないほど高いことを思い知らされたのだ。
 
 松井氏の生涯記録(日米通算)は打率0.293、単打数2643本、二塁打494本、三塁打28本、本塁打507本である。しかし彼の業績で燦然と輝いているのは2009年のワールドシリーズMVPに選ばれたことであろう。2009年10月28日から行われたメジャーリーグ105回目のワールドシリーズフィラデルフィア・フィリーズと対戦したヤンキース4勝2敗で9年ぶり27回目のワールドチャンピオンとなった。このシリーズで3本塁打、8打点をげた松井秀喜MVP初受賞したのだ。日本人選手によるMVPの受賞は史上初の快挙であったしかし翌年その彼がヤンキースから放出されたのだから驚いた。なんとアメリカのビジネス感覚はドライなのかと。
 にもかかわらず2013年7月28日松井秀喜氏の引退セレモニーがニューヨーク・ヤンキースの本拠地ヤンキースタジアムで行なわれたのだ。ヤンキースは松井氏と「1日契約」を結びチームの一員としての花道を用意したのだドライと思われたアメリカが最後になんとウェットで素晴しいプレゼントを松井氏に贈ってくれたことか、ニューヨーカーは、そしてアメリカ国民は彼を愛していたのだと本当に嬉しかった。
 
 松井とイチローとどちらが偉大なのかは一概には言えないかもしれない。しかし日米でこれだけ評価が異なっているのは紛れもない事実である。文化の差か価値観の相違か。その違いを承知の上で、彼の国の価値判断に万全の信頼を寄せて同盟国への「集団的自衛権」行使を容認することに危うさを感じない安倍政権は余りにも幼い。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿