2017年7月31日月曜日

一杯一杯復一杯

 久し振りにKさんと会った。大学時代の一年先輩だが近しく付き合って貰っている。待ち合わせた阪急T駅の駅前の居酒屋で呑んだのだが、一杯一杯復た一杯と杯を重ねてあっと言う間に三時間が経っていた。生ビール中ジョッキ二杯と芋焼酎のロックを四五杯も呑んだろうか、日頃の晩酌と比べると相当過したのだが好い酒は悪酔いしない。帰りも心地よく翌朝もスッキリ寝覚めた。
 手土産に下げていった我が家近くのお百姓丹精の「朝摘み枝豆」がことの外旨かったとご丁寧に電話してくれた。それは多分自分で茹でたこともあったのだろう、あのKさんが何年か前から家事全般をやっているという。料理などまったくしたことのなかったKさんが愛妻が思いもかけず難病に罹かって家事を引き受けねばならなくなった。十年来服用していた薬剤が副作用したらしいが気の毒なことだ。Kさんだけではない、気がつけば四五人の友人が料理や家事を奥さんに代わって担当している。不思議なことに皆、それを楽しんでいる。いつだったか三人で呑んでいて、ふたりが料理談義に耽っていて仲間はずれにされたように感じたことがあった。後期高齢者になって何年か経って、伴侶もそれなりの年齢に達して、ともども健康体であることの稀有なことは覚悟しておく必要があると、しみじみ思う。
 
 呑み談義はやっぱりこの時期、政治に関わる話題が多かった。しかし豊田暴言議員や稲田防衛大臣は「語る価値なし」、森友問題の籠池某は「教育を食い物にする補助金詐欺師」の一言で済んだ、どうしてこの程度の奴輩に安倍さんや鴻池さんが騙されたのか残念至極である。問題となったのは「憲法九条」と「国連体制批判」だった。
 現憲法は敗戦後の占領下につくられた『理想憲法』だが、世界の進歩の度合いに先んじ過ぎた、人類最悪の武器―「原爆」を使用されるという『無惨』な経験を、憲法として日本国が世界に宣言しようとしたが世界の進歩は我国の次元に追いつけなかった。軍縮も核不拡散も超大国のエゴによって戦後70年、進展することなくいまだに第二次世界大戦時と同レベルに止まっている。人類の進歩は1945年で止まっているのだ。日本が世界に合わすのか、日本に世界が合わすのか。これまで我国は世界の進歩に合わそうとだけ考えてきた(アメリカにだけ合わせてきたという穿った見方をする人があるかもしれない)。しかしグローバリズムが行きづまって矛盾の堆積が「世界的な暴発」に進みかねない臨界点に達しつつある今、『世界を日本に合わす』努力を訴えねばどうにもならない時期に差しかかっているのではないか。北朝鮮の暴走を止めるのも、大国の暴力で抑えこむことが不可能なことは、制裁強化を繰り返しても効果の無い現状が証明している。
 北朝鮮問題に限らず世界的な矛盾―軍縮、核不拡散に加えて南北問題や温暖化問題など山積する諸問題を解決する機関としての「国連」が機能不全に陥っている。アメリカにトランプ大統領が登場したり英国のEU離脱、ロシアのクリミア侵攻、中国の南シナ海領有権侵犯など超大国が国連の存立基盤を危うくしている。そもそも第二次世界大戦の戦後処理機関としてスタートした国連は「戦勝国の権利」を最大限に容認した組織として成立した。そして70年経ってもそのままのかたちを保っている。この間世界の勢力図は大きく変化したし経済発展の度合いは著しく進展している。20年前はG7が世界を牛耳ることができたが今やG20でも世界をコントロールできない。世界の諸問題を解決するための組織として「国連」は抜本的な改革が求められている。
 
 先に、人類の進歩は1945年で止まっていると書いたが実は1795年以来少しも進歩していないといっても過言ではない。1795年に刊行されたカントの『永遠平和のために』(光文社「古典新訳文庫」による)は、当時の先進欧米諸国を巻き込んだフランス革命戦争(1792年~1802年)の講和条約のひとつである「バーゼルの和約」が永遠平和を樹立するには不完全なものであることに危機感を募らせたカントが永遠平和を樹立するための諸条件を考察した政治哲学の書である。
 カントが掲げた諸条件を現在の世界情勢から判断して三つの要素にまとめると次のようになる。(1)常備軍の廃止(2)平和状態は新たに創出すべきものである(3)誠実さは最高の政治である。
 「常備軍が存在するということは、いつでも戦争が始めることができるように軍備を整えておくことであり、ほかの国をたえず戦争の脅威にされしておく行為である」。カントが危惧した戦争をいつでも始めることのできる状況はまったく変化していない。むしろ兵器の進歩と常備軍をもつ国家の増大によって状況は一層悪化している。
 「永遠平和は自然状態ではない。自然状態とはむしろ戦争状態なのである。つねに敵対行為が発生しているというわけではないとしても、敵対行為の脅威がつねに存在する状態である。だから平和状態は新たに創出すべきものである」。軍縮は一向に進まず世界の軍事費はロシア、中国、北朝鮮などの脅威の増大によって2015年には185兆円を突破している。核保有国の増加に歯止めがかからず世界の軍事的緊張は増大の一途をたどっている。220年の歴史は悲惨なふたつの世界大戦の経験を平和樹立に生かすどころか同じ誤りを繰り返す「愚行」の可能性を高める方向に突き進んでいる。唯一の「被爆国」日本は永遠平和を創出するための組織として「国連」を『改革』する歴史的使命を帯びていると覚悟すべきである。
 「誠実さはあらゆる政治に勝るという理論的命題は、いかなる異議をもかぎりなく超越して、政治の不可欠な条件となっているのである」。軍縮を誓い核不拡散を約束しながらいずれも実現から遠ざかるばかりの戦後70年の歴史は諸国が約束を実現するという『誠実さ』の欠片も有していない証である。国連を誠実さを担保する組織に改革する努力が今こそ望まれている。(安倍政権人気の凋落が誠実さの欠如によることは論を俟たない)。
 
 Kさんと別れての帰途、阪急に揺られながらフト浮かんだのが李白の『山中にて幽人と對酌す』(NHKライブラリー「漢詩をよむ『李白100選』」による)のなかの承句であった。一杯一杯と杯、いやコップを、復た一杯と重ねる酒呑みの心情を見事に汲んだ詩を記してこの稿を終わろう。
 両人對酌して山花開く/一杯一杯復た一杯/我酔うて眠らんと欲す 卿(きみ)しばらく去れ/明朝意有らば琴を抱いて来たれ
 

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