2018年7月30日月曜日

権力の終焉・読書ノート

 『権力の終焉(モイセス・ナイム著加藤万里子訳日経BP社)』がFacebookマーク・ザッカーバーグ主催のブッククラブ第1回の課題書に選定され全米でベストセラーとなった。トランプの出現やイギリスのEU離脱など現在世界は混乱を極めている。これを読み解くキーワードとしてナイムは「権力の衰退が世界を変えた!」と分析する。そしてこうした状況を惹起したのは「3つのM革命」があったからだという。
 ひとつ目はMore(豊かさ)革命だ。この革命の特徴は、国家の数から人口規模、生活水準、識字率、市場に流通する製品の量まで、ありとあらゆるものの増加による。ふたつ目は、Mobility(移動)革命。この変化によってヒト、モノ、カネ、アイディア、または価値観そのものが、これまで想像もつかなかったスピードで世界のあらゆる場所(かっては人里離れた連絡の取りにくかった場所を含む)に向って移動している。旅行と輸送のたやすさ、そして情報、金、価値観をより早く、より安価で移動させる手段は、必然的に挑戦者たちの生活を楽なものに変え、支配者たちの日常を困難にするのである。そして、三つ目はMentality(意識)革命。これは、先の二つの革命に伴う考え方や期待感、願望における大きな変化を反映している。この三つの革命が世代間の意識、そして世界観の隔たりを否応なく際立たせている、と解析するのである。
 
 今日はこの書の中から現在の我国政治状況を理解するために有効な部分に限って拾ってみたい。
 
 40歳未満のアメリカ人全員、政府が正しいと思われることをしていない、と国民の過半数が信じている国で生きてきた」。アメリカの政治状況を語るカーネギー国際平和財団ジェシカ・マシューズのこの言葉がそのまま今の我国の40歳未満の国民にもあてはまっていることは驚きだが、こうした『諦観』が『右傾化』に繋がっていることは明らかだ。更に書中には「民主主義が健全に機能している国で、三分の二から四分の三の国民が政府はほぼ常に正しいことをしていると信じていない」という論述もあり、こうした『あきらめ』や『白けムード』が世界共通だということが分かる。「権力の衰退は権力を不安定化させ、私たちの生活も目先の利益や不安に支配され、将来の行動や計画が決めにくくなる」。だからこそ「右傾化」―すなわち現状肯定志向に向うのだ。
 スウェーデン元副首相レナ・イェルム・ヴァーレンは「仲介者としての役割を失う政党」として「政治の経路の短縮と単純化は『政党が掲げる抽象的で包括的なイデオロギーよりも、自分たちに直に影響が及ぶ単独の問題に動かされる人たちのほうが多いのよ』」と投げやりな慨嘆を口ばしる。
 トランプの出現が一層先鋭化させた今日の混乱はアメリカの弱体化による「無極化した世界」の出現によることは論をまたない。それは1970年代にMITのチャールズ・キンドルバーガー教授の述べた「覇権安定論――犠牲の大きい危険な国際的混乱を防ぐ最善策は、世界秩序を守る特異な能力と意志の両方を持ち併せたひとつの支配国が存在することである」が本質を突いている。
 
 現在の無気力な「自民党一強支配」の政治状況を読み解く概念として、社会科学者たちが「集団行動問題」と呼ぶジレンマをナイムは提示する。「自らの一存で変化を起こすことができるプレーヤーがひとりもいないのにすべてのプレーヤーが、誰かが代わりにやってくれるまで、何のリソースも使わずにただ待っている状態。結局のところ、全員が利益を受ける状態でも、変化が実現されることも決してない」。
 そしてこうした社会状況に潜むリスクとしてナイムは「五つのリスク」を上げ、権力の弱体化は社会福祉と個人の生活の質を短期間のうちに貶め、将来反動や大惨事さえ引き起こす可能性がある、と警告する。
 そのリスクとは①無秩序熟練の解体と知識の喪失社会運動の陳腐化集中力の持続時間の短縮疎外感である。無秩序は今の我国の政治状況を表すのに最も当てはまる言葉だろう。一強を良いことに好き放題の国会運営と官僚操作を行ってこの国をある方向に向わせようとしている現状は、我国憲政史上類を見ない「手続き=秩序」を蔑ろにした政権といえる。IR(統合型リゾート)法案などはその際たるもので国民の反対意見の多いこの法案を僅かな審議時間で成立させてしまったが、これは安倍首相のトランプ大統領へのプレゼントだという見方さえある。即ちカジノの運営・経営のできるノウハウは日本にはないから世界のカジノを仕切っているアメリカ資本に頼らざるを得ず、その資本の多くがトランプ氏のお友だちだというのだ。日本はすでに年間約28兆円を費消するギャンブ大国(パチンコ約23兆円競馬約3兆円競艇その他の公営ギャンブル約2兆円)である。従ってカジノ市場の主たるターゲットは外国人ということになろう。ということは外国資本が経営して外人さんが楽しむカジノに日本が場所を提供して僅かな税収を得る、という構図になる。これがまともな「民主主義国家」のやることだろうか。イージス・アショアもそうだ。昨年北朝鮮問題が緊迫化してスグにも戦争という状況下でサッサと2基導入が決められた。しかしその時には1基700億円で総額1500億円という触れ込みだったがそれが2000億円になり今や4000億円にまで膨れ上っているが、これもトランプ氏のお友だちである軍需産業へのプレゼントなのだろうか。トランプ氏がお友だちに日本の安倍首相を使って利益供与を図っている一方で、我国総理は自分のお友だちや知人に便宜を与えている。こんな輩が二大民主主義国のトップに座るなどまさに『無秩序』そのものであろう。
 こんな輩ということば繋がりでは、「すべてを単純化する危険な輩」が人々の憤りと失望につけこみ、彼らに訴えかけることによって権力を手に入れようとするが、「極端に物事を単純化する」とともに、最終的には詐欺的な約束をする扇動政治家たち、とヤーコプ・ブルクハルトが表現する権力者の存在でナイムは「熟練の解体と知識の喪失」リスクを訴える。歴史ある旧政党の機能不能をついてシングル・イシューで国民の軽薄な人気を博する政治家――これを読んで思い浮かぶか政治家と云えば、トランプ氏であり我国の総理ではなかろうか。
 「社会運動の陳腐化」について云えば、エフゲニー・モロゾフの「スラック(怠慢)ティビズム低関与で影響力の小さい参加」という概念をナイムは提示する。「怠惰な世代の理念系の活動主義で、バーチャル・スペースで大々的な運動ができるなら、わざわざ座り込みストライキをしたり、逮捕されたり警官に暴行されたり、拷問されたりするリスクを冒す必要はない」という社会参加の仕方である。インターネット上の嘆願やフォロワーの数や「いいね」に熱中しすぎることが、もっとリスクの高い、もっと得るものの大きい活動を展開している組織から潜在的な支持者を遠ざけ、リソースを奪い去る恐れがあり、こうした若者を主とした「社会参加の姿勢」が大きなリスクになっていることは現状を見れば明らかだ。
 
 これまで述べてきたのは『権力の終焉』のほんの一部であることからもこの書が名著であることが分かろう。簡単に読めるものではないがそうした努力を避ける風潮が「熟練の解体と知識の喪失」をもたらし、今日の政治状況を招来したということを肝に銘じる必要がある。
 
 
  

 

 
 
 
 
 

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