2021年8月30日月曜日

やくざと東電

  特定危険指定暴力団工藤会の野村悟総裁に死刑判決が出されました。記事を読み進むにつれて、もしこの論理でいくなら福島原発事故を起こした東電の経営陣にもなんらかの刑事責任が問われて当然なのではないかという疑問を抱きました。

  罪状を問われた事件は(1)1998年漁業権に関する利害関係のあった元漁協組合長殺人事件(2)2021年工藤会担当だった元福岡県警警部銃撃事件(3)2013年美容整形クリニックの対応が悪かったと襲撃された看護師傷害事件(4)2014年元漁協組合長親族の歯科医師襲撃事件です。

 判決で問題とされるのは1人殺害で死刑判決は異例であること(最高裁の「永山基準」にてらして)、実行犯と同じ現場にいなかったトップが共謀と認められたこと(過去に暴力団のトップと実行犯の共謀が認められた例はトップが現場にいた場合のみ)の2点でこれまでの判例からみて極めて異例です。したがって弁護側は終始全面無罪を主張していました。

 

 判決は4事件すべてで間接証拠から関与が認定できると判断して市民社会を震撼させた組織トップに極刑を宣告したのです。工藤会の上意下達の組織性は実行役との共謀を認めるに充分な根拠となると判断した論拠は、野村被告が工藤会の組織力や指揮命令系統を利用して重要な役割を果たし(A)、自らの意に添わぬ存在へ襲撃を繰り返した工藤会の暴力性を鑑み、これまでの死刑事件と比較して刑事責任は同等以上と結論付けたのです。直接証拠はなくても間接証拠のつみ重ねでトップの関与が認定できる(B)という判示は、野村被告の意思決定の推認(C)が重要な判決理由になっていますが、現場にいなかった別の幹部の意思決定参与の可能性はないのかという疑問を残しています。

 ただ個々の事件を細分化せず、なぜ事件が起きたのかを暴力団の実態に照らして判断した点は評価できます。組員が犯罪に至る組織構造を作ったのは野村被告を含めた幹部たちです(D)。そうでありながらこれまでは、実行役の供述などの直接的な証拠がない場合は上位者は刑事責任を問われないできました。今回の判決はそういった意味で一般市民の肌感覚に合うものになっています。しかし弁護側は控訴するようですから裁判の行方がどうなるかは今後の進展を待たねばなりません。

 

 福島原発事故で東電の経営幹部が刑事責任を問われなかった理由の一つは、津波正確な予知や予測に限界がある原発の運転を止めるべきと考えるような巨大な津波が予測できたとは言えないというものです。ところが国の地震調査研究推進本部阪神淡路大震災を教訓に「最大15.7メートル」という長期予測を出していたのです。これを受けた茨城県に東海第二原発を持つ原電・日本原子力発電では津波被害の想定を見直し対策を進めていた結果、福島のような重大事故は免れることができたです。一方の東電側は、現場が提案した津波対策の改革案を経営陣が認めなかったのです。明らかに経営陣の判断ミスですが、裁判所は、専門家が出した「15.7メートル」の長期予測に信頼性や具体性に疑問があるとして巨大津波を予測できなかった経営陣の判断の限界に理解を示したのです。専門家の予測を専門家でない裁判所が――異なる専門家の意見を聴取したにしろ――信用できないとして東電側に有利な判決を下したことに一般市民が疑問を抱くのは当然と言えるのではないでしょうか。

 

 東電の経営陣が刑事責任を問われなかったもう一つの理由は、法人はそもそも犯罪行為の主体になりうるのか、法人に刑事責任を問う余地があるのかという法律論にもとづく批判的通説が影響しています。「意思」も「肉体」もない法人は刑罰を受ける主体、すなわち受刑主体にはならない、贈賄罪、談合罪、競争入札妨害罪などのように企業犯罪、組織犯罪として行われることが多い犯罪もあるがそれらも法人処罰の対象にならない、という法律論的通説があって、そうした側面から東電幹部の刑事責任は問われなかったのです。

 もしそうした論理が正当化されるのであるなら工藤会のトップにそれが適用されないことに疑問を抱きます。東電の幹部は明らかに組織力や指揮命令系統を利用して重要な役割を果たし(A)ていたはずです。そしてその組織構造を作ったのは幹部たちです(D)直接証拠はなくても間接証拠のつみ重ねでトップの関与が認定できる(B)意思決定の推認(C)が可能であるとするなら東電幹部の福島原発事故の経営責任は立証可能なはずです。

 やくざにはそれができて東電という巨大公益企業にはそれができないというのは余りに市民感情に背を向けたわが国の法体制といえるのではないでしょうか。

 

 世界最悪レベルの事故によって福島ではいまだ4万人が避難を強いられ生業を失った人も多く、そうした福島の被災者が当事者の誰も責任を取らなくてもよいという判断にやり場のない怒りを感じるの無理もありません。

 1人を殺したやくざに極刑が課せられた今回の判決を聞いて福島の人たちは、改めて東電(幹部)の無責任体制に怒りを感じたのではないでしょうか。

 

 

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