2023年7月31日月曜日

時代おくれ

  もし平安時代の京の娘――そこそこの美形がいたとして好意を抱くだろうか?多分それはないだろうと思います。なんといっても着ているものが相当粗末だろうしお風呂も入っていないから臭いだろうし、今の時代の者は生理的に受け付けないのではないでしょうか。

 ここ数年古今集や山家集を評釈を手がかりに読みつづけていると時々こんなことを考えます。これまで散文――古事記や方丈記、平家物語などを読むことはあっても韻文、和歌はほとんど読んだことがなかったのですが最近になって精読してみると作者の感情が皮膚感覚で伝わって来て、生活感がありありと分かるようになるとむしろ和歌の方がおもしろくなってきました。古今集の時代は「通い婚」で顔も見たこともない同士が歌のやり取で相手を決める、当然男優位で女性はひたすら相手が通ってきてくれるのを待つだけの「心もとなさ」「切なさ」。交わりは板の間に互いの着物を敷いて媾(まぐあ)うのです。日が落ちてから来て夜の明ける前に人目を避けて帰っていく、後朝(きぬぎぬ)の別れです。

 こんな時代(10世紀ころ)の和歌を屏風絵に題詠したものが美術品として後世に伝わっているのですからわが国の文化度は中途半端なものではありません。後代になっても扇絵や掛け軸に歌は多く書かれて今に伝っていますし、印刷機は江戸後期まで一般化していませんからそれまでは「書写」が通常の「本」の制作方法でした。そんな本や屏風絵、扇絵を読みたいと『くずし字で「百人一首」を楽しむ(中野三敏著角川学芸出版)』を読みはじめて「書く」ことが「読める」ようになる近道と覚って毎日一首づつ書くようになって少しづつ「読む力」がついてくる、こんな「学び」のかたちは人生初めての経験ですが、パソコン、スマホの時代になんとも「時代おくれ」なことをやっているなぁと呆れています。が、これが楽しいのです。

 

 漢詩も先達の手引きで少しづつ読み続けていますが、十年十五年と読んでくると、漢詩にせよ和歌にしても評釈者には「則にしたがって読み解く」という制限があって、語句に捉われるまだるっこさがあるのです。もう少しピッタリとした訳になってほしい、という読者(私)とのあいだに隔絶がどうしても生まれるのです。そこで二ヶ月ほど前から漢詩と和歌の「私訳」をノートに書きはじめました。めったに「名訳」はありませんがそれでも原文が自分に「近づいてきた」ように感じます、大事なことは「音読」することです(和歌も同じです)。繰り返し声に出して耳で聞いているうちに「訳」が浮かんでくるのです。

 

 最近の気に入りの一首を。

 『漱石詩注』(吉川幸次郎著岩波文庫)「無題八月二十三日

寂寞たる光陰五十年(せきばくたるこういんごじゅうねん) 蕭条と老い去りて塵縁を遂う(しょうじょうとおいさりじんえんをおう) 他無し竹を愛す三更の韻(たなしたけをあいすさんこうのいん) 衆と与に松を栽う百丈の禅(しゅうとともにまつをううひゃくじょうのぜん) 淡月微雲魚は道を楽しみ(たんげつびうんうおはみちをたのしみ) 落花芳草鳥は天を思う(らっかほうそうとりはてんをおもう) 春城日日東風好ろし(しゅんじょうにちにちとうふうよろし) 帰来を賦せんと欲して未まだ田を買わず(きらいをふせんとほっしていまだたをかわず

 五十年という月日が経ってみれば波風もなくただ世の移ろいに流されて老い来った思いがする。唯一道楽と云えば竹をこよなく愛してきたがそれは夜更けた静寂の中で厳しく響く竹の韻(ひびき)が好きだからに他ならない。そんな私に比べて百丈禅師は民衆とともに防風林を作らんとして松を栽えられた、何という違いか!ところで「淡月微雲の中に道(哲学)を楽しむ魚と落花芳草の下鳥は天を思う」という教えがある、残り少ない人生を自然と調和して暮らそうではないか。春の日はのどかに東風が心地好い。陶淵明を真似て晩年は故郷の田舎に隠遁したいと願っていたが未だに肝腎の田も買っていないという始末だ、何とも太平楽なことだ。

 この本は語注があるだけで、難解な句や聯には訳も付けてありますが、それを頼りに自分なりに訳する読み方が求められます。初読のときはそれで読んだ気になっていたのですが今回再読してそれでは満足できなくなって好きな詩には自分で訳を付けてみようと思ったのです。結果は想像以上に理解が進み、面白みが倍加しました(それは和歌も同じです)。

 この詩に限っては、「そんな私に比べて」「何というちがいか!」という詩にはない文を入れることで頷聯(がんれん/第三句と四句のつながりが着き意味が通るようになりました。そして「残り少ない……」と「何とも太平楽なことだ」を置くことで頸聯(けいれん/五句六句)の「ことわざ」と尾聯(びれん/七句八句)の連結に納得がいき、「太平楽……」は漱石のこの詩を作った言外の「感懐」を私なりに想像したものですが漱石の心情はこんなものだったのではないでしょうか。

 

 くずし字を「書く」作業にしても和歌や漢詩を「訳し書く」ことにしても「コスパ」や「タイパ」という今どきの価値観からすればこんな「無駄」はないでしょう、こんな「あそび」になんの価値があるのかということになるでしょう。

 

 今「危機感」を抱いている人が非常に多いように感じています。特に「生成AI」が現れるようになってその危機感が猶予ならないものになって来たと感じています。最近になって「書く」ことに拘るようになったのは「書く」ことが人間の「知能の発達」に重要な影響があるように思うからです。古今集を読んで貫之たち選者がどんなに「仮名文字」に「執着」しているかをヒシヒシと感じます。漢字で「やまと言葉(日本語)」を書くことにどんなに不便を感じていたか知れません。「テニオハ」が無いと日本語は表せません。その致命的な「漢字表記の日本語」の欠点―不便を「仮名」を発明することで克服する可能性ができたのです。

 これで「やまと言葉」を「日本語」にできる!話し言葉と書き言葉が「統一」できる!

 この喜びを貫之たちは宇多・醍醐天皇の庇護の下「仮名文字を公式文字」にしようと喜び勇んで『古今和歌集』を選集・編集したのです。

 

 こうして生まれた日本語――10世紀から1100年かけて洗練を繰り返し完成してきた日本語が、今無惨な姿に変り果てようとしています。この危機を「国家的危機」と言わずしてなんとするのですか。

 チャットGPTなどと浮かれている時ではないのです。

 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿